第7話 緊急事態

 その日の、放課後。

 携帯端末を通じ、ネットから情報を集めていた和士は、早々に答えに辿り着いていた。


(――なるほど、そういうことか)


 夕暮れ時になっても訓練から帰ってこない、田舎者のルームメイトを待ちながら。和士は携帯端末に映る情報に目を通し、息を漏らす。――彼の表情からは、もう少女と接した時の怒気が失われていた。


 和士の検索に応じて、明らかにされた少女の背景。それは、彼女が漏らした言葉に対する疑問を解消するものだったのだ。


 ――今から約十年前の、二○二二年。屋久島のとある山中で、大規模な航空機事故が発生した。乗員乗客五百名が、全員死亡するという大惨事だ。当時、全国で大ニュースになったのを和士も覚えている。

 その犠牲者の中には――当時五歳だった、警視総監橘花隼司たちばなしゅんじの長男、橘花隼人たちばなはやとの名前もあったという。大好きなサッカーチームの応援に行くため、初めて一人で飛行機に乗った際に起きた悲劇であったらしい。

 そんな彼には、双子の妹がいる。その妹――橘花麗たちばなれいは、兄を奪った航空会社を糾弾し、多額の賠償金を払わせたという。


(あの気性の荒さは、そういう理由だったのか……。どうせ兄は帰ってこない、というのも……)


 現時点では、自在な飛行能力を持った着鎧甲冑は開発されていない。初めて二段着鎧を採用した試作機「救済の重殻龍ドラッヘンファイヤー・デュアル」はジェット推力による空中への上昇を実現していたらしいが、コストが高すぎる上に小回りにも難点があり、OSオペレーションシステムも確立されていなかったため、量産化には至らなかった。

 だが、水中用のものとはいえ完成に近しいOSを搭載し、縦横無尽の潜行能力を得た二段着鎧採用機「救済の超水龍」が生産されている今なら――あるいは。「救済の重殻龍」の飛行能力など及びもつかないほどのOSが完成し、自由自在に空を飛べる着鎧甲冑が誕生するかも知れない。

 そんな着鎧甲冑が完成すれば、飛行機事故が起きても迅速に現場に駆けつけ、墜落を阻止することも出来るようになるだろう。過去の時代ならば絵空事と笑われていたような、荒唐無稽な救出劇を幾つも実現してきた、超科学の産物たる着鎧甲冑のポテンシャルならば。


 ――しかし。如何に科学が進歩しようとも、過去を改変できる技術は未だに世に出る気配がない。いくら科学が発達しようと、起きてしまったことを変えることは叶わない。

 例え近い将来、本当に空を飛べる着鎧甲冑が登場したとしても――彼女の兄は、もう帰っては来ないのだ。


(だから彼女は、R型を嫌っているのか。――参ったな)


 彼女がG型優先派に傾倒したのは、父の影響だけではないのだろう。十年に渡る思いを覆すのは、容易ではない。

 次に会う機会があったとして、自分はどう対応すればいいのだろう――。そう思い悩んでいた時だった。


『緊急事態発生、緊急事態発生。二台の訓練用着鎧甲冑が、何者かによって盗難された。全校生徒は、至急捜索に掛かれ!』


 この部屋だけでなく、アカデミー中に流された警報の内容に、和士は思わず顔を上げて思考を停止させる。


「盗難だと!?」


 焦燥を露わに、ハンガーに掛けてあった制服の上着を羽織ると。彼は弾かれたように部屋から飛び出し、慌ただしく駆け回る生徒達を目撃する。


「我々Bクラスは校庭周辺を見る! CクラスとDクラスで、全校舎を回れ!」

「くそ、何がどうなってんだ!」

「Eクラスは外周を見張れ! もし外部に持ち逃げでもされたら、アカデミー始まって以来の大不祥事だ!」

「そ、そんなことになったら卒業できても、ヒーローとして雇ってもらえないかも知れないじゃないか! な、なんとしても探し出せえぇえ!」


 彼らは戸惑いの声を上げながらも、懸命に捜索を開始している。この一件の結末に自分達の将来が懸かっているのだから、そうなるのも当然なのだが。

 和士はようやく状況を飲み込むと、冷静さを取り戻すべく息を飲み込む。そして毒気を抜くように吐き出すと、近場にいたBクラスの指導者に声をかけた。


「おい、Aクラスはどこを捜索している?」

「い、伊葉和士!? Aクラスなら、事務ビルの方に向かっているが……」

「そうか……。一応、校内全域に人手は回っているらしいな。Aクラスの連中が俺を探していたら、Eクラスに加勢していると伝えてくれ。あいつらだけでは当てにならん」

「お、おい!?」


 それだけ言い残すと、和士はBクラスの制止も聞かず走り出して行く。彼の迷いのない素早い動きに、Bクラスの指導者は引き留める暇すら与えられなかった。


(……もし、この捜索体制に穴があるとすれば、それは落ちこぼれ共が配置されている外周付近だ。じきに校内の警備を任されているG型の勤務員が動くだろうが――大人しくそれを待っているわけには行かない)


 思考を巡らせながらも、和士は足を止めることなく広大な敷地を駆け抜けて行く。あれこれと悩んで立ち止まるより、ひた走る方が未来を変えられるかも知れないからだ。人命を預かる、大切な着鎧甲冑が盗み出される、という未来を。

 ――身を以てそれを教えた、あの背中を思い返しながら。和士は、資材の山や花壇を飛び越え、がむしゃらに走る。


「……なぁ、いいのか本当に。倉知さんと間山さん、ガチでヤっちまう気だぜ」


 やがて、海原を一望できる外周まで来た時。制服を着崩した格好で、見張りとは思えない雰囲気でうろついている同期達を見つけた和士は――怒鳴りつけそうな衝動を抑え、背後から聞き耳を立てる。

 元々、ちゃんと見張りをしているとは期待していなかった。それにEクラスの不良による犯行だったとすれば、何か情報が得られるかも知れないと見たからだ。


「なぁにビビってんだよ。どうせあの部外者の女に二台握らせて、私がやりましたって言わせたら全部丸く収まるんだ。……それによ、へへ。うまくすりゃ、俺達もお零れに預かれるかも知れねぇんだぜ。見たか? あの両手に収まりきらねぇ胸!」

「あ、ああ。し、尻もすげぇもんだったしな……」

「倉知さんも間山さんも、どえらい上玉捕まえてきたもんだよなぁ。あれで中三ってのが信じられねぇ。今頃、ヒィヒィ言ってるんだろうぜ」


 聞くに、堪えない。拳を震わせ、鋭い目つきで彼らの背中を射抜いた和士は――敢えて冷静な声で、彼らに問いかける。

 その身に纏う殺気に気づき、彼らが振り返ったのは――その直前のことだった。


「ん……!? お、お前っ!?」

「な、なんでAクラスのこいつがこんなところにっ!?」


「――その話。俺も混ぜてもらおうか」

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