第5話 ダイバーシステムの胎動

 着鎧甲冑を纏い、人命救助に立ち上がるレスキューヒーロー。その次世代を担う若者を育てる学び舎、ヒルフェン・アカデミー。

 その新たな学校が幕を開けて――二ヶ月が過ぎた。


 すでに、その学び舎に通う生徒の数は――七割まで減っている。


「川宮や、伽山も辞めたらしいな……」

「この教室も、なんだかさみしくなっちまったべ……」


 着鎧甲冑の生産台数は、スポンサーの久水財閥の事業拡大に比例して、年々激増している。それに合わせて資格者を育成するならば、長い月日は掛けられない。

 十五、六歳からの入学を可とするこのアカデミーは高等学校に当てはまる学園だが、その教育期間は一年と短い。その短期間で、レスキューヒーローの卵を孵らせるカリキュラムは、当然ながら熾烈を極める。

 座学。体育。実技訓練。全てにおいて、「選別」するための授業が行われていた。弱卒に与えられる居場所はなく、志半ばでアカデミーを去る生徒は後を絶たない。


 通常の高校とは比較にならない生徒数ではあるが、そのうち無事に卒業できる新世代ヒーローの頭数は、一般的な高校の卒業生よりも少なくなると言われている。

 和士と凪がいる最上級クラスですら、すでに六割が空席になっていた。


「……夏期休暇にも入らないうちから、この人数か。内容を鑑みれば、やむを得ない気もするが」

「でも、やっぱさみしいもんはさみしいべ。できたら、みんな一緒に卒業したかっただなぁ」

「去る者を追ったところで、仕方ないさ。自分が何の為にここに来たかを忘れた者達に、ここで戦って行く力はない。――そういえば、まだお前に聞いてなかったことがあったな」

「うん?」


 日を重ねるうちに寂れて行く教室を見回した後、和士は後ろの席で物鬱げな表情を浮かべる、ルームメイトの方を振り返る。


「こう言ってはなんだが、東北の漁村――みなも村、だったか? そんなところに住んでたお前が、わざわざここに来る理由。まだ、聞いてなかった」

「ああ、そったらことだか。んとな、おらがここさ来たのは――」


 そこから凪は、自身がアカデミーに身を寄せる経緯を和士に語った。


 彼の生まれ故郷――東北地方の辺境にある、小さな漁村「みなも村」は年々若者の疎開が進み、年配層しか残らなくなってきているという。

 このまま村が寂れて行けば、今までそこで暮らしてきた人々は居場所を失う。今さら、他の人里に移り住んでも、馴染むのは難しい。

 その事態を回避するには、何か大きな話題性を以て、村の存在を宣伝して若者を新たに招き入れるしかない。


 そこで目についたのが、若きヒーローを集うというヒルフェン・アカデミー開校のニュースだったのだ。

 合格すれば学費も生活費もただ。しかも一年で卒業できるため、長く村を空けることもない、さらに卒業できれば、「東北出身の一期生」という触れ込みで、日本中にみなも村の存在を知らしめることができる。

 村の存亡を救うには、またとないチャンスだったのだ。


「――っていうことだべ。いやぁ、勉強した甲斐があっただなぁ」

「村を救うための名誉、か……」


 故郷に生きる人々の未来のため、アカデミー入学を決めた凪。その言葉を聞き、和士は視線を落とす。

 痛感したのだ。「名誉」が理由であるという点は共通していても、父の汚名を返上するためだけに、アカデミーに入ってきた自分とは背負っているものが違うのだと。


「和士くんこそ、お父さんのためだなんて立派じゃねえべか」

「別に……ただ、正しいことのために戦った父さんが、悪者扱いされてることに我慢ならなかっただけだ」

「――そういうのが、きっと大切なんだべ。助けたい、家族がいるっていうのが……」

「……?」


 その時。いつも能天気に「にへら」と笑っている凪が、ふと見せた切なげな表情に、和士はえもいわれぬ違和感を覚えていた。

 彼が零した言葉には、どういう意味があるのか。それを問うべく、和士が口を開いた瞬間――


『Aクラス、海原凪候補生。伊葉和士候補生。至急、理事長室に出頭せよ』

「……んっ? おら?」

「理事長室だと……?」


 ――自分達の名が校内放送でアナウンスされたことに、二人は顔を見合わせる。次いで、何事かと訝しみながら席を立った。


「なぁ、ほんとなのか? 今日、警視総監の息女が視察に来るって話……」

「マジらしいぜ……参ったなァ。そのお姫様、なんでもかなりのG型優先派で、R型専門のアカデミーを嫌ってるって噂なんだぜ。何言われるかわかったもんじゃ――ん? おい、あいつら……」

「見ろよ、首席と次席だぜ」

「あの二人が揃って呼ばれるなんて、やっぱ噂は……」


 廊下を歩き、理事長室を目指す二人を遠巻きに見遣り、同期達は口々に囁き合う。そんな彼らに視線を向ける和士は、この先にある展開に思いを馳せた。


(例の噂――最新鋭機のテストパイロットの件が本当ならば、呼ばれるのは凪一人のはず。俺が呼ばれる理由はなんだ……?)


 その答えを求め、無機質な威圧感を与える扉を開いた彼らの眼前に――整然とした空間に佇む、一人の男が現れる。


「――来たか」


 ヒルフェン・アカデミー理事長にして、久水財閥会長――久水茂。その強面を前に、和士は緊張した面持ちになる。凪は、相変わらずきょとんとした表情だが。


「え、Aクラス候補生、伊葉和士ッ!」

「同じくAクラス候補生、海原凪だべ。あ、いや、海原凪です」


 過度に緊張している和士と、緊張が無さ過ぎる凪は、それぞれ全く違う声色で挨拶をする。そんな二人を交互に見遣るスキンヘッドの巨漢は、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「――やはり、ワガハイが見込んだ通りであったな」

「え……?」


 彼の発言に首を傾げる和士と、凪の前に――二つの書類が差し出された。理事長の様子を伺いながら、それを受け取った二人は――各々の手に託された資料の内容に、目を見張る。


 そこには、流線型を描く小型潜水艇「超水龍の方舟マリン・ストライダー」と、その機体に搭載される潜水用強化外骨格「救済の超水龍ドラッヘンダイバー」の見取り図が描かれていた。


 アメリカ本社においても、日本支社においても、一握りの上層部しか持ち得ない機密。その全てが、彼らの手にある資料に記されている。


「『救済の超水龍ドラッヘンダイバー』……」

「『超水龍の方舟マリン・ストライダー』……!」


 二人はそれぞれの資料に目を奪われ、自分達に渡された「機密」の名を静かに呟く。和士に至っては、無意識のうちに手まで震えていた。


「この資料を読めば、おおよその事情は察して貰えると思っている。――優秀な君達二人には、これよりダイバーシステムのデータ収集に協力してもらう」


 有無を言わせぬ、力強い古強者の宣言。その気勢に飲まれたように、和士は言葉を失うのだった。


(これが……このシステムの構造が、俺も呼ばれた理由だったのか! テ、テストパイロットとはいえ、お、俺が……ついに、ヒーローに……!?)

(んー、参っただなぁ。こりゃあ、責任重大だべ……。ま、やるしかねぇべ!)


 ――だが。その一方で凪は、眉を吊り上げ不遜な笑みを浮かべている。望むところだ、と言わんばかりに。


(……いい目だ。やはり、似ている……あの男に)


 そんな彼の瞳を、理事長は神妙な眼差しで見つめるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る