第238話 一角と双角

 龍太とジェナが現場に到達する頃には、既に時刻は夜を迎えており……戦線は疲弊しきっていた。

 破壊され、転倒した装甲車に隠れ、震えながら銃を取る特捜隊の兵士達。それを迎え撃つシンジケートの私兵達も、疲労を隠しきれずにいる。


「……随分と攻めあぐねているらしいな。これ以上粘られると、取り逃がしかねないが……」

「ルナイガン中尉はどこに――あっ! あそこ!」

「ん……!?」


 その状況に立たされてなお、懸命に活路を見出そうと積極的に攻撃を仕掛けている兵士がいた。ルナイガンである。

 彼は憔悴しながらも、遮蔽物を頼りにアジトへの接近を試み続けていた。


 しかし、いかに戦意を維持していようと多勢に無勢であることに変わりはなく……シンジケートの反撃を受けては、退却を繰り返しているようだった。


「ひぃ、はぁ、ひぃ……くそッ、くそッ! こんなはずがないんだ、こんなことがあってたまるか! 奴らを逃がすようなことなど、万に一つもあってたまるか!」


 この村は国境に非常に近い。そこまで本拠地を引き上げているということは、この国を出る準備をしていると見ていいだろう。

 ここで逃がせば、国外に脱出されてしまう可能性がある。そこまで逃げられればこちらに打つ手はなく、向こうが装備を整えて再来するまで指をくわえて待つことになる。


 だからこそ、ダスカリアン側はなんとしてもこの戦いに勝利しなければならないのだ。

 それを誰よりも重く受け止めているがゆえに、ルナイガンは焦っているのである。


「ルナイガン中尉、遅れて済まない! 助太刀に来たぞッ!」

「……そうだ。要は奴らを逃がさなければいいんだ。一人残らず、始末してやれば……ひ、ひひひ……!」

「ちゅ、中尉……!?」


 そして、その勝利への異常な執念が――彼という男を狂わせて行く。龍太の声が聞こえていないのか、彼は龍太を無視してさらに後ろへ後退した。

 その瞬間に垣間見た、狂気の表情。そこに現れた悍ましい感情に、龍太は戦慄を覚える。


「ちょ、ちょっとルナイガン中尉! それって、まさか……!」


 彼が向かった先は、横転した一台のトラックだった。その中に入り込む彼の、背中越しに伺えた兵器に――ジェナは血の気を失う。


 ドラム缶を彷彿させる容器に詰められた、大量の燃料。それと繋げられた――ライフルのような形状の兵器。

 俗に、火炎放射器と呼ばれる代物であった。


「……奴らを逃がすくらいなら……ここで……一人残らず、焼き尽くしてやるッ!」


 その殺戮兵器を持ち出したルナイガンの人相は、もはや人間のそれではなかった。

 充血した目を見開き、涎を垂れ流し――敵を殺すことのみに邁進する。お伽話の魔物ですら敵わない程の狂気が、そこにあった。


「お、おいあれ……!」

「やっ……やばい、逃げろぉおおぉっ!」


 その兵器を目の当たりにしたシンジケート側は、積もり積もった疲労もあいまって、ついに戦線崩壊を迎える。

 武器を捨て、我先に地下のアジトへ逃げ込んで行くシンジケートの私兵達。その背中を付け狙うように、ルナイガンはジリジリと歩みを進めていた。


「ひひ、ひひひ……! 皆殺しだ、全員焼死だ……ざまあみろ!」

「た、隊長……」

「隊長……」


 本来ならば優位に立ったと喜び、戦意を回復させるところであるが……特捜隊の兵士達は誰一人、隊長に続こうとはしなかった。


 豹変した彼の姿に――言い知れぬ恐怖を感じていたからだ。人間のそれとは掛け離れた表情で、シンジケートを追うその姿に腰を抜かしているのである。


「やめてルナイガン中尉! 自分が何をしようとしてるかわかってるの!? 私達の任務は、シンジケートのボスを逮捕することなのよ!?」

「……黙れ! 後から来ただけの保安官風情が偉そうな口を利くなッ! このまま取り逃がすより百倍マシだろうがッ!」

「あうっ!」


 その狂気に触れてもなお、挫けずにいたジェナは彼にしがみつき、説得を試みる。が、にべもなく火炎放射器の銃身で殴り飛ばされてしまった。

 小柄な彼女の身体が、勢いよく跳ね飛ばされる。しかし地面に激突する寸前、その身体は龍太に受け止められていた。


「……」

「イ、イチレンジ先輩……」

「貴様……なんだその眼は。俺が、間違っているとでも言うのか」


 冷ややかな龍太の眼光と、ルナイガンの狂気の瞳が交わる。味方同士でありながら、既に一触即発の様相であった。


 ――その時。

 シンジケートの私兵達が逃げ込んでいたアジトの入り口から――新たな人影が現れた。


 それに気づいた三人は、咄嗟にそちらへと視線を集中させる。そこに立っていたのは――人間、ではなかった。

 否、人間の形はしているが……そのシルエットは常人のそれを逸脱するものだったのだ。


 全身を覆う漆黒のボディースーツ。その各部を保護するように装着された、銅色のプロテクター。

 一角獣を彷彿させる突起を持つ、プロテクターと同色の兜。


 その奇妙な衣を纏う男は、逃げ出した私兵達と入れ違いになるように、龍太達の前に姿を現す。

 他のシンジケートの私兵達とは一線を画する外見。その様相に、龍太は――「銅殻勇鎧」の面影を見るのだった。


(そうか、あいつが……)


 刹那、男を睨む龍太の眼差しに鋭さが加わる。だが、新手を前にして動き出したのは彼ではなかった。


「貴様も仲間かァァァァッ!」


 狂乱の叫びと共に、ルナイガンは火炎放射器の引き金を引き――


「だめぇえぇえぇえッ!」


 ――この荒野に火の手が上がる時。ジェナの叫びが、砂塵と共に風に運ばれて行く。


 唸りを上げて、男に迫る強力な炎。だが、それだけでこの男が倒れるはずはないと、龍太は確信していた。

 彼はジェナに飛び火しないよう、彼女を担ぎ上げて距離を取る。その直後に振り返る頃には、すでに放射は終わっていた。


 辺りはさらに焼き尽くされ、辛うじて形が残っていた廃屋も、完全に焼失しまっている。その痛ましさに目を向けることなく、ルナイガンは高らかに笑っていた。


「消し炭に……なりやがった! ハッ……ハハハハハ! 買った! 俺達特捜隊の勝利だッ!」


 銃口を空に翳し、ルナイガンは勝鬨を上げる。それに歓声で応える兵士はいなかったが、彼は構わず夜空を見上げて狂喜していた。


「あ、あ……なんてことを……! ルナイガン中尉ッ!」

「……く、くく。これで邪魔者はいなくなった。――この際だ、不要なウジ虫共も纏めて焼き払ってしまうか」

「なっ……!? 正気なの!?」


 それを目の当たりにしたジェナはルナイガンの行いに憤る――が、それすら意に介さない狂気の男は、火炎放射器の銃口を龍太達に向ける。

 いくらいがみ合っていても、同じ敵と戦う同志ではあるはず。ジェナが微かに抱いていたその淡い期待を、打ち砕く行為であった。


 火炎放射器の銃口を向け、再び敵と認識した相手ににじり寄るルナイガン。その姿にたじろぐジェナに対し、龍太はあくまで冷静に――冷ややかなほど冷静に、ルナイガンと視線を交わしていた。


 彼には、薄々わかっていたのだろう。


「纏めて焼却、焼却、しょうきゃッ……あッ……!?」


 炎をかわしていたあの男が、背後からの一撃でルナイガンを昏倒させてしまう結末が。

 だからこそ、ジェナだけは守らなくてはならない。それが、彼女を担いで距離を取った最大の理由であった。


(あの瞬間……奴は瞬速のジャンプで火炎放射をかわし、死角に入ることでルナイガン中尉の後ろを取っていた。やはり、相当出来る奴らしいな)


 一角の兜を持つこの男の力。

 それを垣間見た龍太は、眼前で起きた一瞬の出来事に翻弄され、驚きの表情を浮かべるジェナの隣に立ち――


「噂より随分動けるじゃねーか、『鉄拳兵士』さんよ」

「……」


 ――真打ち同士の一騎打ちを、始めようとしていた。

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