第231話 旅立ち

 成田空港のロビーに集まる、着鎧甲冑部の面々。俺の家族。そして――相変わらずの男装で身を固めたダウゥ姫。

 その姿を一瞥し、俺は懐からパスポートを引き抜いた。


「いよいよ、か」


 ダスカリアン王国へ赴くために、必要となる鍵。

 それを隅々まで見つめ、俺はこれから始まる戦いを実感していく。


 ――ジェリバン将軍から、ダウゥ姫送還の要請が来たのは一月の頃だった。

 将軍や古我知さんの尽力により、ダスカリアン王国の混乱も収まりつつあるようだが、やはり決め手にはダウゥ姫というシンボルが必要なのだという。

 負けて帰ってきた将軍が、姫が帰って来る前に国を乗っ取ろうとしている――という噂を断ち切る目的もあるらしい。

 そうした噂を野放しにしていれば、例の組織に付け入る隙を与えてしまう。それが、将軍の言い分であった。


 そこで俺達は、高校を卒業するタイミングでダウゥ姫を日本から送還することに決めた。そのボディーガードを、俺が兼ねることになったのである。


 そして、卒業式の翌日である今日。

 ついにダスカリアン王国へ発つ時が来たのだった。


「龍太君、とにかく現地の人達には失礼がないようにしてね。あなたはただでさえ、人一倍礼節に欠けてるんだから」

「……わかってるって。相変わらず歯に衣着せないなぁ。今日ぐらい優しくしてくれたっていいじゃない」

「ダメよ。我が救芽井エレクトロニクスのエースヒーローとして出向くんだから、次期社長として管理は徹底しないとね。少なくとも今の時点じゃ、あなたは戦闘力にしか期待されてないんだから」

「あのなぁ! 俺はヤクザの用心棒じゃないんだぞ!」

「だったら、そう思われないように礼儀正しくすること! わかった!?」

「はい……」


 そんな俺に向け、救芽井は暖かいエール……の代わりに、痛烈な説教を見舞う。婚約破棄してから、ずっとこんな調子だぜ……とほほ……。


「――優しくなんてしたら、賀織に悪いし……何より、私が辛いのよ……」

「あん? 何か言った?」

「ホ、ホラ! そういうデリカシーのない詮索がいけないのよ! もっと気を遣うっ!」


 ぽつりと呟く一言に、言い知れぬ憂いを感じた俺は思わず彼女に尋ねるが――顔を赤くした彼女にぽかぽかと叩かれ、はぐらかされてしまった。

 ……デリカシーとは一体。うごご……。


「この先に待ち受ける戦いは、龍太様のホームグランドからは大きく離れた場所。今までのセオリーを捨て、新天地に向かう思いで任務に当たるべきですわね」

「……先輩は強い。だけど、無敵なんかじゃない。それを、忘れないで……」

「――ああ。お前達に負けないような、頼れる仲間を見つけてやるさ」


 一方、久水先輩と鮎子は甲斐甲斐しい程に俺の世話を焼いている。まるで初の遠足に出掛ける息子を見送る、母親のようだ。


「龍太様、ハンカチはお忘れでなくて?」

「……トイレに行きたかったら、早く済ませて」

「だああああ! お前ら俺を幾つだと思ってやがるぅうぅう!」


 ……ホントに母親のようだ。

 卒業式を終えて早々の、この子供扱いはなんとからならないんかい?


「お兄様があなたの矯正に手を焼いたのもわかりますわね……全く」

「るせぇ! ……そういや茂さん、最近また忙しくなってるみたいだな」

「ええ。松霧町の復興事業、着鎧甲冑のシェア拡大――ダスカリアン王国へのG型配備の検討。救芽井エレクトロニクスとの共同事業においては、今が一番忙しい時期ですから」

「そんな時にわざわざ見送りに来させて、悪かったな」

「勘違いなさらないで下さる? ワタクシは自分がしたいことしかしませんのよ。ワタクシ、わがままな女ですから」


 久水先輩は巨大な胸を張り、目を閉じてそっぽを向いてしまう。その頬は、ほのかに赤い。

 ……その高飛車な態度も面倒見のよさも、変わらないな。


「そうかい。じゃあ、わがままついでに最後まで見送ってもらおうかな」

「……初めから、そのつもりですわよ」


 次いで、俺は鮎子と――その隣に立つ鮎美先生に視線を移す。


「じゃあ龍太君。向こうにいる剣一君とジェリバン将軍によろしく。ちゃんとお姫様を送ってあげるのよ?」

「わかってるって。少なくとも、怪我するような目には合わせないさ」

「……迷子にならない自信はないんだ?」

「やかましい!」

「……怪我しちゃいけないのは、先輩も一緒。自分も、ちゃんと守らなくちゃダメ……」

「――ああ、わかったよ。死なない程度には気を付けるさ」


 やけに周りから心配されてるような気がするが……俺だって、今まで命を張って戦ってきたんだ。そう簡単に死ぬつもりはないさ。

 周囲の憂慮を跳ね除けるように、内心でそう意気込んでいる頃。


 ダウゥ姫は、矢村と対面していた。

 異国の姫君を見送る彼女の腕の中には、小さく鳴いて主人を見つめるグレートイスカンダルの姿がある。


「じゃあな、グレートイスカンダル。いつかまた、会いに来るから」

「心配せんと行ってき。この子の面倒ならみちゃるけん、あんたはあんたの仕事を頑張るんやで」

「……ちぇっ、わかってるよそんなこと。カオリのくせに、いつまでも姉ちゃんヅラしちゃってさ。オレだってもう立派な王族なんだから、子供扱いすんなよ!」

「そーゆーとこ、ホントに龍太にそっくりやなぁ。子供やないって言うんなら、今度日本に来る時までに女らしくなりぃよ」

「う、うるせー! お前だけには言われたかねぇよ!」


 相変わらずのやり取りだが、来日したばかりの頃とは比べ物にならないほどに雰囲気が柔らかくなっている。

 一つ屋根の下で暮らせば、やはり変わっていくものなのだろう。元々矢村は友達も多く、人当たりもいい方だったからな。


「――これは、今生の別れなんかやない。そうやろ?」

「――決まってんだろ」


 そして、深く繋がった絆を象徴するかのように。彼女達はこつん、と互いの拳をぶつけ合う。

 離れ離れなどではない。必ずまた会える。そう確かめ合うかのようだった。


「さぁ、そろそろ時間よ。……体に気を付けてね」

「今日ここに、お前の仲間達が集っていたこと――決して忘れるな。お前は、独りではないのだぞ」

「……うん。それじゃあ、行ってくる」


 俺が乗る便についてのアナウンスが始まり――いよいよ、その時が近づいてきた。

 両親の穏やかな言葉は、むず痒いようで……暖かい。少しだけ、ほんの少しだけ心細さを覚えていた俺にとっては、何物にも代え難い助け舟となっている。


「もう大丈夫さ、お前なら。自分が守りたいもの、したかったこと。それを忘れない限り、ダメになんかなりゃしない。この俺が保証してやる」

「兄貴……」

「ヒーローらしく、バッチリ決めて帰ってこい。お巡りさんも商店街のおっちゃん達も、みんなお前を待ってるからな」

「……ああ。楽しみにしてるよ」


 そして。

 兄貴と言葉を交わす時間を、少しだけ名残惜しんだ後。


「さあ。行くか、ダウゥ」

「……おう。ワーリも、待ってるからな」


 俺達は踵を返し、他の乗客に混じるように搭乗ゲートに向かっていく。俺の手を握るダウゥの手は、僅かに震えていた。

 ……未だ混乱に苛まれている故郷に帰るのが、怖いのだろう。


「リュ、リュウタ……」

「怖がることなんかない。――って言っても無駄だろうけどな。自分一人で戦うわけじゃないってこと、忘れんなよ」

「……うん」


 そんな彼女の手を、強く握りしめ――俺は俺なりに、彼女の背中を押して行く。絶対に、一人にはさせない。そのために、俺達がいるんだから。


「頑張ってね、龍太君!」

「龍太様……ご武運を」

「先輩……負けないでね」

「これ以上身体をぶっ壊さないこと! いいわね!」

「行ってらっしゃい。お母さん、応援してるからね」

「自身が信ずる全力を尽くせ。例えどのような状況に立たされようと、それさえ出来れば……お前は英雄だ」

「……とかなんとか難しいこと言ってる親父のことは気にしないで、とにかく頑張ってこい! ケツは兄ちゃんが持っててやるからな!」


 ……そうして、皆から少しばかり離れた時。背中に受ける数々の激励が、俺の肩を震わせる。

 みんな、行ってきます。そして――


「……行ってくる。賀織」


「……待っとるけんな。龍太」


 ――賀織。


 声にならない、その短い言葉を交わし終えて――俺は僅かな荷物を抱えてダウゥ姫と共に、ダスカリアン王国行きの便へ乗り込んで行く。


 恐れもある。不安もある。

 だけど、決して立ち止まりはしない。


 どんなに辛い時代にも、いつかは終わりがくる。この手を握る少女に、その希望を持たせるためにも――俺は、絶対に。

 ――ダスカリアンを、見放しはしない。


 そんな俺を、賀織は信じたのだから。


「震えが止まったな」

「誰かさんのせいでな」

「ふふ……そうかい、そりゃあ何よりだ」


 手に感じるダウゥ姫の感触から、凍えるような震えが消えていく。その変化を確かめながら、俺はダウゥ姫の笑顔に頬を綻ばせていた。


 ――この日。俺達はダスカリアン王国へ出発し、ジェリバン将軍や古我知さんとの再会を果たす。

 そして、武器密売シンジケートとの戦いが幕を開け――奴らとの決着にもつれ込んだのは、それから三年後のことであった……。

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