第229話 招かれざる者

「いいかね? 私はあくまで、君の意思を尊重しているつもりだ。君も娘も若いのだ、こういうこともあるだろう」

「は、はぁ……」

「だがね、私は父親として君に物申したい。娘を振ったからには、それ相応の覚悟を持って今後の任務に当たって貰うと!」


 俺ん家を舞台に開かれた誕生日パーティーは、どんちゃん騒ぎが絶えない飲み会のような状況に陥っていた。主に、早々に酔っ払ってカラオケ大会を始めている久水夫妻のせいだが。

 そんな中、俺は酒の入った甲侍郎さんに肩を組まれ、延々と説教を聞かされている。婚約者だのなんだのと持ち上げられておいて、結局救芽井を振ったのだから当然なんだけどな。


「あなた、いけませんよいつまでも。本人達が納得してることなんですから。失恋だって、女を強くする経験ですわ」

「し、しかしなぁ……」

「まっ、ワシは前から賀織ちゃんとくっつくだろうとは思っておったがの」

「ち、父上!?」


 すると、彼を宥める華稟さんの肩から、ひょっこりとゴロマルさんが顔を出してきた。ゴロマルさんまで参加してたのか!?


「ゴロマルさんも来てたのか!?」

「せっかく近くまで来たところを驚かしてやろうと隠れておったのに、お前さんが全然来やせんかったからのぅ。このまま隠れっぱなしじゃ、せっかくのご馳走を食いっぱぐれてしまうわい。ほいっ、と」

「ああっ! ちょ、俺の唐揚げっ!?」

「もう、いけませんよお義父さん。夕食なら昨日も食べたじゃないですか」

「いや今日も食べさせてあげましょうよ!? 唐揚げはダメだけど!」


 俺が救芽井家のフリーダムさに翻弄されていた頃。

 後ろの方では、久水家によるカラオケ大会が熾烈を極めていた。


「やるのう茂……じゃが、まだまだ勝負はこれからじゃ」

「フフフ……父上、やめるなら今のうちですよ。もう若くはないのですから」

「ぬかせぃ! 鮎美ちゃんのパンティーはワシのものじゃい!」

「だから私を勝手に賭けないでくれる!?」

「ホホホ、いい度胸ねあなた。今夜は腹上死の刑かしら?」


 鮎美先生はノリについていけずに困惑しており、舞さんは何やら黒い笑みを浮かべて勝負を見守っている。あ、毅さんの顔から血の気が引いた。


「ぐぉお〜っ……うぐぅうぅっ……賀織よぉお……お父ちゃんを捨てんでくれぇえ……」

「もう、あんた! 大の男がいつまでもメソメソしとるんやないっ!」

「ぢぐじょう! 母さん、おかわり! 今日は食って食って食いまくってやる!」

「……はいはい、もう、しょうがないんやから……。久美さん、おかわりええか?」

「ふふふ。はい、ただいま」


 さらに向こう側では武章さんがやけ食いに熱中しており、おばちゃんが甲斐甲斐しく世話を焼いているようだった。……俺も近い将来、あんな風になるのかな。

 母さんは母さんで、そんな将来の親戚を微笑ましく見つめている。


「これは随分と口に合うな。きっと、ダスカリアンでも人気が出るだろう」

「作り方なら教えられますよ。材料も、向こうで手に入れられるものが多いですし」

「それは頼もしい。人間同士の和を保つ上で、食文化という要素は欠かせないからな」

「ええ――そうですね、本当に」

「……?」


 一方で、厨房では古我知さんとジェリバン将軍が料理に興じているようだった。どうやら将軍は、日本の料理がかなり気に入っているらしい。

 古我知さんも一見乗り気だが――さっきからカラオケ大会を睨む目つきがやべぇ。今にも料理をほっぽり出して電撃参戦しそうな勢いだ。


「ほら、腹いっぱい食いや。グレカン」

「勝手に略してんじゃねぇ! グレートイスカンダルだ、グレートイスカンダル!」

「そんな呼びにくい名前噛んでまうわ! だいたいあんたごと引き取ったのはアタシん家なんやから、呼び方くらい好きにさしたってええやろっ!」

「それとこれとは話が別だっ! とにかく、グレートイスカンダルに勝手な略称を付けるのは、このオレが許さない! 絶対ったら絶対だ!」

「なんやと!?」

「なんだよ!?」


 その頃テーブルの下では、キャットフードを与えられたグレートイスカンダルを間に挟んでの、恒例の口喧嘩が始まっていた。

 日本に留学している間のダウゥ姫が矢村家に居候することになったこともあり、彼女達はさながら姉妹のように毎日を共に過ごしている。……いつもあんな感じではあるけどな。


「しかし……本当によく戦ってくれましたわ、鮎子。龍太様だけでは絶対! こうは行かなかったことでしょうし」

「……当然。先輩なら例え一人でもバカみたいに! 突っ走っていくって……わかりきってたから」

「そうよね。龍太君ったら、今も昔も無茶しか! しないんだから」


 救芽井、鮎子、久水先輩の三人はご馳走をつまみながらガールズトークに興じている――が、その話題の多くは俺の悪口になっていた。

 聞こえよがしなボリュームである上に、口調がいちいち刺々しいんですけど……女ってこえぇ……。


「お前にも、随分たくさんの友達ができたのだな……。三年という月日は、こうも人を変えていくものなのか」

「……変わらないさ、昔から。俺は今だって、猪突猛進のバカ野郎だ」

「本当にお前がそれだけの男だったなら、今日のためにこんなに人が集まることはなかったさ。見るべきものを持った人間とは、そういうものだ」


 ようやく甲侍郎さんから解放された俺は、親父に肩を抱かれながらスネるようにジュースを飲む。俺に見るべきものがあるってんなら、もう少しオブラートに包んだ言い方したっていいじゃない!


「だ〜いじょぶだって龍太。泣きたくなったら兄ちゃんがべろべろばーしてやっからよ!」

「あーもう、バカにすんな! 俺だってもう大人なんだから!」

「そーそー、みんなを守るヒーロー様はそれくらいの元気がないとな! あん時みたいにメソメソしてんじゃないぞ!」

「……え?」


 相変わらずのおちゃらけた態度の兄貴。だがその言葉の端々は、俺にえもいわれぬ違和感を覚えさせる。あの時……兄貴を失いかけた、あの時か。

 ――兄ちゃん。俺は、今度こそ……俺は……。


「ん? 龍太、客人のようだが」

「他にも誰か呼んでたのか? ……まぁいいや、行ってくる」


 その時。チャイムの音を聞きつけた親父が、首を傾げて俺に問いかけた。誰だろう? レスキューカッツェのみんなかな?


 親父が把握していないことを不審に思いつつ、俺は玄関に向かい――扉を開けて。


「なっ……!」

「――これは失礼。お楽しみの最中だったかな」


 予想だにしなかった人物の登場に、旋律を覚える。

 なんで、この男がここに……!?


「申し訳ないが、君に向けて現総理大臣からの通告があってな。しばし時間を頂戴したい」

「牛居、敬信……!」

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