第228話 不思議な感慨

 あの激闘の日から、一ヶ月が過ぎた。


 気絶したラドロイバーを拘束した後、俺達は破壊された松霧町の復興に追われ――休む暇もなく働き続けていたのである。


 被害を受けた建物の修繕、住民の帰還支援云々の作業を終えるまでに要した時間と労力は凄まじく、過労でノビてしまう隊員も少なくはなかった。


 そして住民全員が町内に帰還し、生活体制が元通りになった頃には、既に季節は夏真っ盛りの八月に突入していたのだ。

 ようやく学校に帰って来た中高生は、帰還早々に行われた一ヶ月遅れの期末考査に泣かされる羽目になったのである。……俺も含めてな。


 ――こうして、松霧町の平和は確かに取り戻された。しかし、全てが丸く収まったわけではない。


 伊葉さんは政府の意向に背いた俺達の罪を肩代わりする形で、国家反逆の罪に問われ、無期懲役を言い渡されてしまったのだ。現在は、同じ罪状のラドロイバーと同じ刑務所に拘置されているのだという。

 会いに行くことは出来るが――もう、彼がそこから出て行くことはないのかも知れない。罪を償うことこそが、彼にとっての生きる意味だったというのなら。


 一方で、そこそこ前向きな話もある。

 今後、ダスカリアン王国における伊葉さんの立ち位置は、古我知さんが引き継ぐそうだ。伊葉さんほどではないにしろ、彼もかなり国内での信頼は築いているそうだし、適任だろう。

 伊葉さんの意志を継ぎ、ダスカリアン王国に本当の平和を齎すまで戦い抜く。彼は常々、俺にそう語っていた。


 ジェリバン将軍は、近々ダスカリアンに帰るつもりのようだ。ダウゥ姫の「生きたい」という望みが明らかになった以上、俺と戦う意味も失われたらしい。

 元々絶大な信頼を勝ち得ている彼だが――負けて帰ってきたとなれば、国内の敵も増えることになるだろう。日本に反対している勢力も勢いづくはずだ。さらに伊葉さんを欠いた今、国を生かす外交に携われる人材も限られてくる。

 間違いなく、これからのダスカリアン王国は苦難の時代を迎えることになるだろう。それを乗り越える時がいつになるかは――将軍や古我知さんに掛かっている。


 また、この先始まるであろうダスカリアン王国の混乱から遠ざけるために、ダウゥ姫は当分「留学」という形で松霧町に住み着くことになった。このことをダシに将軍を糾弾する勢力も出るだろうが、それでもダウゥ姫が危険にさらされるよりはマシなのだろう。

 彼女も渋々……という態度ではあったものの、それには了承している。来月の二学期からは、松霧高校一年生としての女子高生デビューを飾るわけだ。……見た目は完全に小学生なんだけどね。


 見た目が小学生といえば、鮎子。

 彼女と俺を繋いでいた二段着鎧の装備は、ラドロイバーの呪装着鎧と共に完全に廃棄されることになった。もう、彼女を苦しめるような力が世に出ることはないだろう。

 ただ鮎美さん曰く、二段着鎧で初めて実現した飛行能力については利用価値があるらしく、人工知能による完全自律システムを用いた実用化を目指すつもりのようだ。


 皆、今回の戦いで受けた痛みを乗り越えて、その先に進もうとしている。兄貴も無事に退院したことだし、俺も自分に出来ることをしなくちゃな!


 ……ってところだったんだけどな……。


「午後六時までパトロールして来い……って、何なんだよもう……」


 復興した校舎の屋上から、町中を見渡し――俺は本日最大のため息を全力放射する。


 確かに「救済の超機龍」としての大切な務めではあるんだけどな……。

 試験終わりに自宅で美味いもんでも喰おうとした矢先、救芽井からの「午後六時までパトロールして来なさい! それまで帰宅厳禁!」とかいう謎の指令が来たんだもんなぁ。


 おかげで腹が減ってしょうがない……。矢村に何か作って貰おうかと思ったら、あいつも家にいなかったし……。

 ――大体! 何が悲しくて、戦いが終わって早々に腹ペコでパトロールせにゃならんのだ! どんな事情があってのことかは知らんが、後であいつのおやつに大嫌いなマスタードでもぶっかけてやる!


「……くぅ」


 ――などという情けない怒りに任せ、青空に向けて拳を振り上げた途端。突如響き渡る腹の虫にエネルギーを奪われ、俺はその場で膝をついてしまった。

 いかん……怒ると余計に腹が減る。ああ……早く六時来ねぇかなぁ……。


 と、俺はお預けを食らった犬の心境で快晴の空を見上げる。

 しかし不思議なもので、時間というものは意識すればするほど長く感じてしまうものらしい。ラドロイバーと戦っていた時はあっという間に夜中になって、あっという間に夜が明けていたのに――今は、一分一秒が永遠のように長い。


 時間を忘れられたのは、道行く生徒や商店街のおっちゃんやおばちゃんに手を振っている時くらいだ。あとは――


「あっ、『救済の超機龍』さん! パトロールお疲れ様です! いや〜聞いて下さいよ、実は本官の知り合いの龍太君って男の子がですね、賀織ちゃんって女の子とこないだ公園でイケないアバンチュールを……」

「根も葉もない噂の言いふらしはイケませんなァアァアアァアアァアッ!?」


 ――帰ってきても相変わらずなお巡りさんを追い回している間くらいか。

 いや、ホントにイケないアバンチュールなんてしてないし。ホントだし。復興作業の合間に、ちょっとこないだのキスの続きしただけだし!


 ……ま、こんな騒がしい日常でもいざ失うと寂しいってことは、今回の戦いでよくわかったからな。

 伊葉さんの想いに応えるためにも、これからはその有り難みを忘れないよう心掛けて――って。


「なんだよ……もうこんな時間か」


 ――そう。時間とは不思議なことに、ちょっと物思いに耽るだけで物凄く短く感じることがあるのだ。午後六時まであと十分、ということにようやく気付いた、今の俺のように。

 一見すれば吸い込まれるように蒼い空も、遠くに目を向けてみれば徐々に黄昏が滲み始めているのがわかる。夏という季節ならではの、日の長さだな。


「やれやれ。……とにかく、そろそろ帰るか。――トゥアッ!」


 今日一日、何も起きなかったことに感謝しつつ、俺は屋上から勢いよく飛び上がり――夕焼けに滲んで行く空を舞う。

 ……そして、平和を少しずつ感じて行く度に。俺の脳裏に、あの日の伊葉さんの声が蘇っていた。

 ――伊葉さん、どうしてるかな。もう晩飯は食ったのかな……。


 そして、幾度となくジャンプを繰り返し――ようやく自宅に辿り着いた時。

 入り口の近くに、人影が伺えた。あれは……矢村?


「あっ! 龍太おかえりっ!」

「矢村じゃないか。どこに行ってたんだよ、部室にも家にもいなかったし……」

「そ、それはホラ……お楽しみってヤツやけん」

「……?」


 俺を見つけるなり、彼女は満面の笑みでとことこと駆け寄ってくる。そんな彼女の前で着鎧を解除しつつ、俺は目の前の違和感に首を傾げた。


「……その両手に持ってるクラッカーは何なんだ?」

「ギクッ! い、いやこれは――って、そんなんええから早よ行こ! 皆待っとるんやからっ!」

「みんな……って、ちょ、ええっ!?」


 矢村は質問に答えぬまま、強引に俺の手を掴んで自宅に引っ張り込んでいく。

 ……皆って、どういうことだ? 着鎧甲冑部の皆もいるってことか? 昼間の部室には誰もいなかったんだが……。


 そんな俺の疑問に応じる気配もなく、矢村は俺の手を引いて玄関の先を進んでいく。そこから先には――かつてない程の「人の気配」で溢れていた。


 なんだ……? この先に、一体何が――


「一煉寺龍太君、十八歳の誕生日おめでとぉおーっ!」

「おめでとう、龍太っ!」

「おめでとうございます、龍太様」

「……おめでとう、先輩」

「おめでとう! イチレンジ!」


 ――って、うぇぇえ!?


 なんだ、この所狭しと俺ん家に集まった人の数は。なんなんだ、このクラッカーの一斉射撃は!?

 ……大体、俺の誕生日なんてとっくに過ぎて……あ。


「そっか。誕生日パーティー、してなかったんだ……」


 そう。着鎧甲冑の資格試験を終え、松霧町に帰ってきた時から、すでに戦いは始まっていた。

 ジェリバン将軍との決闘、茂さんとの再戦、ラドロイバーとの決着。何もかもが、立て続けに続いていたのだ。確かに、俺の誕生日パーティーなんてしてる暇はなかったよな。


「ほらほら、龍太君! ローソクローソク!」

「あ、ああ……!」


 俺はうまく思考が纏まらないまま、救芽井に促され――食卓に並べられたご馳走の中央を飾る、白いワンホールケーキの前に立たされた。目の前には、十八本の蝋燭。


「ハッピバースデー、トゥーユー!」

「ハッピバースデー、トゥー、ユーっ!」


 直後、俺の周りではお約束の歌と手拍子が始まっていた。といっても歌っているのは着鎧甲冑部の女性陣やダウゥ姫くらいで、あとはほぼ手拍子のみとなっている。


 しかし、問題はそんなことじゃない。この大して広くもない家に集まったメンツだ。

 着鎧甲冑部の面々に、ジェリバン将軍とダウゥ姫、古我知さんに茂さん、久水家の先代夫婦に救芽井甲侍郎夫妻、さらには矢村夫妻までが、この場に集結していたのである。


「ハッピバースデー、ディア、龍太!」

「ハッピバースデー、トゥーユー!」


 冷静に考え――なくとも凄まじ過ぎる顔ぶれのはずなのだが、俺の正面で満面の笑みを浮かべ、手拍子に興じている俺の家族は相変わらずの佇まいだった。


 こんな大物ぞろいのサプライズパーティーが、まさか俺ん家の中で始まっちまうなんて……わからねぇもんだな、世の中ってのは。


「……このところ、伊葉さんのことでちょっと沈んでたみたいだから。――それに、ちゃんとお祝いはしてあげたかったからね。おめでとう、龍太君」


「――ああ、ありがとう。皆」


 ……それに、不思議なもんだ。

 あの時は、誕生日のことなんてすっかり忘れていたのに。


 今は、どんな時よりも強く――戦いが終わったことを実感している。


 ――あの平和な町が、戻ってきたのだと。


 蝋燭の火を全て吹き消した時。

 俺は、その思いがさらに強くなっていることに、改めて気づかされたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る