第226話 唸る鎧

 ……俺は、どうなったんだ……。

 死んだ、のか……?


 それにしては随分と――身体が、重い。

 死ねば楽になる、なんて嘘っぱちじゃないか。息苦しくて、口の中に血の味が広がってて……。


「生きているかも、死んでいるかもわからない――そんなところでしょうか」


 ぼんやりと映るラドロイバーの影が、静かに俺を身下ろしていて……。


 ――そうか。俺はまだ死んだわけじゃなくて。これから、殺されるところなのか。

 はは……やっぱ俺みたいな奴は、楽には死ねない運命にあるらしい……。

 鮎子の想いにも応えられずに……情けないったら。


「しかし、それこそが真実。戦いを望んではならないヒーローが戦うことでしか、己を守れない――。そんな矛盾の中で生きる人間など、生きているとも、死んでいるとも言えないのです」

「……」

「真の平和とは、戦いの中で勝ち取るもの。勝ち取るためには力が要る。あなたが持て余した、その鎧に秘められた力が」


 意識が朦朧としている俺に対し、ラドロイバーは諭すような口調で自分の信念を語る。その声色には、一片の躊躇いもない。

 最期まで自分の正義を曲げずに死んで行った、瀧上凱樹のように。


「――そして、私はついにここまで辿り着いた。『花淵』に纏わるヨシエさんの想いと、その血を引くあなたの命を贄として……今こそ、彼女が願う平和を掴み取って見せる」


 ……なに? 花淵、だと……!?


「もう二度と――あんな殺戮は起こさせない」

「……」

「矛盾している、と言いたげですね。その通りでしょう。しかし、あなたにはもう、私のやり方を曲げる力は残されていない。それが『結果』です」


 ラドロイバーが、花淵のことをどこまで把握してるかなんて知らないが……ダスカリアンを滅ぼしておいて、何が平和だ。

 ……何が、殺戮は起こさせない、だ!


「もう十分でしょう。あなたはよく戦いました。それは、この私が認めます」

「……がふぁッ!」

「だから、もう――眠りなさい」


 ――しかし、そう叫ぼうとしても……口の中に溢れる血の逆流が、それを阻んでしまう。仮面の中を血で汚して行く俺を、彼女は穏やかに見下ろし……レーザー銃を構えた。

 介錯、だとでも言うのか……。


 俺は……まだ……。


「……!」


 そして、彼女が銃口に赤い閃きを灯し――

 ――俺の額を貫く。


 直前。


「――くッ!?」


 ラドロイバーは何かを察したらしく、俺から離れるようにその場から飛び上がる。

 刹那、俺が倒れていた場所の側に――突如、サッカーボール程のサイズの岩が激突したのだった。


 なんだ……!? 一体、何が起きたんだ……!


「……まさか、わざわざ殺されるためにこちらまでいらしたと?」

「そんなわけ、ないじゃない。あなたの好きにはさせないと――そう、言いに来たのよ!」


 ラドロイバーの苛立った呟きに応じるように、気高い叫びが採石場に響き渡る。

 この声――救芽井か!? 無茶だ、ラドロイバーはさらに強くなってるんだぞ!


「勝算もなく、ただ愚直に攻め入るその姿勢――それがかの有名なカミカゼというものですか?」

「違うわ。私は、犠牲になんてならない。勝算なら、ちゃんとあるもの」


 そんな俺の心の叫びなど、伝わるはずもなく――俺が血反吐を吐きながら身を起こした頃には、既に「救済の先駆者」と「呪詛の後継妹」が対峙していた。


「……きゅ、う……め……!」

「――私なら、大丈夫よ。見てて、龍太君……!」


 戦力差は絶望的。個人のスキルでどうにか覆せるような次元じゃない。それがわからない彼女じゃないだろうに!


「そう――それなら、拝見させて頂きましょうか。今後の参考のためにも」

「残念だけど……あなたの戦いに『今後』はないわッ!」


 その問答を合図にして――二人の戦いが始まってしまう。ラドロイバーがレーザー銃を構える瞬間、救芽井は先程と同じサイズの岩を拾い――彼女の周囲を周るように走り始める。

 その瞬発力とスピードは――今までの「救済の先駆者」とは比べものにならない速さだった。


 ――よく見ると、救芽井の身体を覆う人工筋肉が、いつもより少しだけ膨れている。身体能力を少しでも伸ばすために、オーバーヒートで中身を焼かれないギリギリのところまで、電力供給を高めているのか……。


 恐らく、他の「救済の龍勇者」からバッテリーを掻き集めて強化したのだろうが……あのやり方によるパワーアップは一時的なもので、決して長くは持たない。

 しかも、使ったあとの反動も大きいことから、今の着鎧甲冑運用ガイドラインでは非常時のみ許される「最終手段」とされている。

 本来なら、瓦礫などで閉鎖された空間から強引に脱出するための機構だ。戦いに使うなら、近接格闘による短期決戦しかない。

 ――だが、レーザー銃で防衛ラインを固めているラドロイバーが相手では、そこまで持ち込むのは困難。下手すりゃ、近づく前にバッテリー切れになったところを蜂の巣――だ。


 彼女がそれをわかっていないはずがない。一体、彼女は何が狙いでこんな無謀な戦いを……?


「……そこッ!」

「そんな石ころで、この装甲がどうにかなると?」


 救芽井は生体センサーの処理が追いつかない程の速さで動き――完全に死角に入ったところで、持っていた岩を投げ付ける。

 だが、投擲された岩がラドロイバーに届く頃には、もう生体センサーも反応していたのだろう。彼女は背を向けたまま、右腕で払いのけるように岩を粉砕してしまった。


「……く」


 しかし、その時。僅かばかり、ラドロイバーの右腕は――痛みに耐えるように震えていた。

 ん……? あの腕は……。


「今だぁぁあッ!」


 その震えが生む一瞬の隙。そこへ畳み掛けるように、救芽井は矢の如き速さで襲い掛かって行く。

 本来なら簡単に右のレーザー銃で撃ち落とされていたところだが――この時の彼女はなぜか、わざわざ振り返って左のレーザー銃を構えていた。

 その遅れにより生じたタイムラグを活かし、救芽井はレーザー銃が閃光を放つ前に、外腕刀で銃身を逸らし――ラドロイバーの懐へ入り込むのだった。


「賀織がくれた、この力を――着鎧甲冑部を、ナメるなあぁぁあッ!」

「――ぐッ!」


 そして、顔面に炸裂する強力な肘鉄。その一撃を受けたラドロイバーは、額を抑えながら数歩後ずさる。

 傍目に見れば絶好のチャンスである――が、救芽井はそれ以上追撃することなく、残心を取りつつ後退した。


 ――今の一連の攻勢。ラドロイバーが左でレーザー銃を撃とうとしていなければ、確実に俺のように撃墜されていたはず。

 だが、彼女の佇まいに博打のような緊迫感はなかった。恐らく、全て計算尽くだったのだろう。

 ……だとしたら、なぜラドロイバーが右のレーザー銃を使わないとわかって……右?


 右……右腕。右肩。……そうか!


『お気付きになられましたか、龍太様』

「……!?」

『いえ、喋らずとも結構ざます。今の状況で不要に体力を使うこともありませんわ』


 俺が救芽井の胸中に感づいた瞬間。久水先輩からの通信が入ってくる。やっぱり救芽井は、彼女の差し金だったのか。


『あなた様と鮎子の戦い。僭越ながら、鮎美さんのコンピュータを介して、モニタリングさせて頂いておりましたわ』

「……!」

『あなた方はミサイルをかわすことに精一杯で、気づいておられなかったようですけど……。あなたが外した、ラドロイバーの右肩。自力で整復して可動するようにしたと言っても、ダメージ自体は残っておりましたのよ』

「……」

『そこをパワーアップさせた「救済の先駆者」で攻め、一矢報いる。それこそが、ワタクシ達の目的でしたの』


 俺が残したダメージに賭けて、唯一まともに戦える「救済の先駆者」をパワーアップさせて畳み掛ける。なるほど、確かに効率的だ。

 ――しかし、それだけじゃラドロイバーは破れない。額から手を離し、救芽井を見据える漆黒の鉄兜からは、ただならぬ殺気が漂っている。

 その鉄兜にも、俺達の拳や救芽井の肘鉄が効いていたのか――小さな亀裂が入っていた。もう、旧式が相手だからといって容赦することはないだろう。

 同じ手は、使えない……万事休す、だ。


『龍太様。あなたは、もう諦めてしまわれたのですか?』

「……?」

『鮎子は少なくとも、あなたが諦めるような人ではないと――今でも信じ続けているはずざます。樋稟さんを、このまま見捨てたりはしない――と』

「……!」


 その時。


 久水先輩は、俺を焚きつけるような言葉を並べながら――親友の名を挙げる。

 それに導かれるように……俺は仰向けになっていた身体を捻り、身を起こそうとして――血反吐を吐いて倒れ伏した。


 それでも、まだ……俺の身体は動いている。

 全身が悲鳴を上げているというのに……機械仕掛けとなった俺の中身が、まだ倒れてはならないと叫び続けているのだ。


「……」


 言葉を発する気力と引き換えに、俺はうつ伏せの状態から顔を上げ――撃墜された「超機龍の鉄馬」の残骸を見遣る。

 完膚なきまでにボロボロだが――まだ、鮎子の脳波を受信する機材だけは、辛うじて生きているようだった。

 かつては蒼く輝く装甲に守られていた、その部分だけが――痛ましくも懸命に、作動し続けていた。


 ――まだだ。まだ、終わっちゃいない。終わらせちゃ、いけない!

 救芽井を、こんなところで死なせるわけにはッ……!


「……っ、くぅ……ッ!」

「無理なパワーアップの反動……のようですね。所詮、試作機の性能限界を超えるには至らなかったということですか」

「……ごめ……ん、賀織……。せっかく、貰ったパワー……でも、倒し、切れなくって……」


 一方、俺の後ろでは、力尽きたらしい救芽井の喘ぎ声が聞こえている。とうとう、パワーアップが限界に達してしまったらしい。

 ……このままでは、先に救芽井が殺される。俺が行かなきゃ……俺が立たなきゃ、皆が死ぬんだ!


 こんなところで、終わらせてッ……!


「……た、まる、か……!」

「――ッ!? りゅ、龍太君……!?」


 仮面の中を、血で汚しながら――俺は両膝をついて上体を起こす。

 次いで、全身を軋ませながら、膝に手をつき――そこを杖にするように力を込めて。


「……たまる、かァァァアアァアッ!」


 命を削るように、叫び。


 両の足で――ついに、立ち上がる。


『――そう。それでこそ、ワタクシが全身全霊で愛した――殿方ですわ』


 そんな俺の姿を、今もどこかで見ているのか――久水先輩は、満足げな声色で何かを呟いていた。


「……そう、か」


 そこでようやく、俺は内臓が機械化されていたおかげで生き延びていることに気がついた。胸を貫かれたはずなのに――呼吸が安定してきているのである。

 貫かれたのが胸の機械化されたパーツでなければ、今頃は出血多量でくたばっていたところだ。生身の頃の感覚に飲まれて、精神から死にかけていたがな……。


 いや――ラドロイバーに勝たない限り、それは早いか遅いかの違いしかない。鮎子はもう眠ってしまったが……ここまで来たなら、後は俺一人で――!


『……せん、ぱい……!』

「……なッ! あ、鮎子!? 目覚めたのか……!?」


 ――というところで、鮎子の声までが俺の通信に現われてしまった。そうか、受信機材は生きていたから……!


『――諦められない。そんな先輩の感情が、先輩と一体化して戦ってきたボクの精神を、一緒に目覚めさせてくれたんだ』

「そっか……。済まねぇな、叩き起こすようなマネしちまってよ」

『ううん。――信じてたから。先輩は最後には結局、助けるために立ち上がっちゃう人だって』


 鮎子の精神が目覚めたということは、装甲のバーニアも復活したということ。「超機龍の鉄馬」はもう使えないが――まだ、諦めるには早い。

 俺と長い間、一体化して戦っているためか――彼女の語気も、いつになく強まっている。


『ようやく目覚めましたわね、鮎子』

『……梢のいじわる。最初から、先輩を焚きつけて復活させることと、その時間を稼ぐのが目的だったんでしょ』

『さて、何のことでしょう。ワタクシはただ、このままバッドエンドで終わらせるつもりはなかった――それだけのことでしてよ』


 ――どうやら、すっかり久水先輩の策に乗ってしまったらしい。

 だが、今回ばかりはその配慮には感謝しないとな……!


「……どうやら、ただ撃ち抜くだけでは終わらなかったようですね」

「……ああ。さっきの一発を撃てなかったのが、痛かったな」


 振り返り、俺は――俺達は、再びラドロイバーと相対する。既にお互い、手負いとなっている状態だ。

 もう――これ以上、戦いが長引くことはない。


「これで最後となるでしょう。あなたの命運も、私の真の戦いも」


 ラドロイバーも、それはわかっているのだろう。俺達との戦闘を真の戦いと称し、月光を背に飛び上がって行くその姿からは、決戦に臨む者ならではの威勢が滲んでいる。

 その様を見上げる俺も、ボロボロの身体に鞭打ち――飛び上がるため、両足に力を込めた。


 そして。


「龍太君……」

「世話かけたな、救芽井。俺はもう、大丈夫だ!」

「……うん!」


 膝をついている救芽井に、俺は精一杯の元気で応え――


『龍太様。負けたら罰として、死ぬまで精を絞り取りますわよ』

「負けたらその前に死んでるっつの。――鮎子のことは、任せとけ」

『――お願い致します。ご武運を』


 軽口を叩く久水先輩にも、勝利を約束し。


『これが、本当に最後の戦いになる……。――さあ、行こう先輩!』

「おうっ!」


 鮎子と共に決意を固めて……両足で地を蹴り、俺達は夜空へ飛び出して行く。

 真の決着を、付けるために。


「そろそろ――終幕と行きましょう」

「ああ――もっともだ」


 夜空は既に、少しずつ――ほんの少しずつ。その闇を失い、夜明けという光を帯び始めていた。

 ――今はまだ、暗いけれど。

 俺達を照らしている、この月が去り――次の日が登る頃には……きっと、答えが出ているはずだ。


「……ホワチャアアアッ!」

『……ホワチャアアアッ!』


 俺達か。


「――ハアアアァアアッ!」


 彼女か。


 どちらが、正しかったのか。

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