第221話 願いの繋ぎ人

 「超機龍の鉄馬」から降り、ラドロイバーと相対する俺は、静かに――熱く。拳を握り締める。

 ――俺がいない間に、随分と好き放題に暴れてくれたな……。


「以前とは、随分と出で立ちが違いますね。兵器より兵器染みていますよ」

「あんたの兵器なんかには決して負けない拳――という意味なら、その通りだな」


 束の間の静寂。その中で僅かな音を立てる風が、一つの「爪痕」を運んできた。

 それが眼前を横切る瞬間、俺は咄嗟に片手でその実体を捕まえる。


「……」


 この手に握られたのは――端々が黒焦げている、一枚の画用紙。

 裏返してみると、そこにはクレヨンで描かれた「救済の超機龍」の絵があった。幼稚園児が描いた作品らしく、線はぐちゃぐちゃだったが――赤いスーツや黒い角という特徴はよく捉えている。

 イラストの下部には、「いつもありがとう!」と書き殴られた後も伺えた。


 ――この町の皆も、着鎧甲冑部も、伊葉さんも、将軍やダウゥ姫も――皆、俺を信じてくれている。だのに、俺は……。


「りゅ、龍太君……」

「……これ、大切に持っていてくれ」


 俺は駆け寄って来る救芽井に画用紙を渡すと、歩みを進めてラドロイバーとの距離を詰める。

 その間、俺も彼女も口を開くことはなかった。


「……」

「……」


 いつでも戦闘に入れる、絶妙な間合い。そこまでたどり着いたところで、俺は立ち止まる。

 そんな俺をジッと見つめる彼女の足元では、再び打ち倒されていた将軍が、小さく呻いていた。


「……」

「ぐあッ!」


 ラドロイバーは無言のまま、彼を俺の方まで蹴飛ばしてくる。その光景を目の当たりにしたダウゥ姫が、俺の後ろで短く悲鳴を上げた。

 俺はその隙を突いた奇襲を警戒しつつ、片膝をついて将軍を助け起こす。……動けない人間に、ここまでするかッ……!


「将軍、立てるか」

「……ああ、すまない。カズマサ殿が予見していた通り……君に頼る、ことになってしまったな……」

「――喋らなくていい。フラヴィさん、ジュリアさん、将軍を」

「……おぅ」

「あとは任せな、坊や」


 視線でラドロイバーを威嚇しつつ、俺はレスキューカッツェの二人を呼び寄せ――将軍に肩を貸した。かなり痛めつけられているらしく、声もほとんど掠れている。


「……イチレンジ殿。我々はこの十一年、あの日の惨劇を乗り越えるために生きてきた。もう二度と、あのようなことが起きぬように……次の世代が、争いに苛まれることが、ないように」

「……」

「そして、それすらも叶わぬのならば、せめて……姫様の、あの娘の望んだ未来だけは捧げねばならぬ、と……」

「……ダウゥ姫は、生きたいと願った。それが、全てだ」

「そうか……やはり姫様は……生きる未来を、お望みになられたか。ならば……もう……」


 ――戦う必要なんて、ない。

 そう。俺達は、本当は初めから戦う必要なんて、なかったんだ。

 あの娘が生きたいと願ったのなら、それで十分だったのだから。


「……将軍、もういい」

「た、のむ。姫様を……ダスカリアン王国の、未来を……」


 その真実にたどり着く頃には、既に将軍は意識が朦朧となっていた。それでも、最後の力を振り絞るように――震える手を、懸命に俺の顔に伸ばしている。

 彼はそのまま、俺の仮面の頬に手を当て――撫でた。まるで、幼い我が子を慈しむかのように。


「繋いで……くれ。テン……ニー、ン……」


 そして、その一言を最後に。

 ジェリバン将軍の意識は、完全に消え失せた。


「……」

「……大丈夫だぜ、旦那。こりゃあ気絶してるだけだ。四肢の骨とアバラがほとんどブチ折られてるが……十分回復の余地はある」

「隊長、とにかく病院前に移した方がいい。先に運ばれた久水会長と古我知さんも酷いが、間違いなくこのデカブツが一番重傷だ」

「わかってらぁ。んじゃ、アタイらはもう行くぜ旦那。……あんたの手で、この町の笑顔――取り返してやんなよ」


 俺は無言のまま、フラヴィさんとジュリアさんに将軍を引き渡し――再び、ラドロイバーの方へと向き直る。


「……」

「マスク越しでも伝わる、瞳に込められたその殺気……なるほど。瀧上凱樹では、あなたに勝てなかったわけです」


 そんな俺の視線を浴びてもなお、ラドロイバーは表情を崩さない。あくまで怜悧冷徹そのものといった面持ちで、俺と眼差しを交わしている。


「――あなたなら、瀧上凱樹さえ超える最強の強化装甲兵にもなれたはずですが……どうやら、その拳を向ける相手を間違えているようですね」

「……間違えちゃいないさ。少なくとも、俺にとっては」


 俺も、ある意味では瀧上凱樹と何も変わっちゃいない。鮎子を苦しめ、救芽井や久水先輩を泣かせ、茂さんをぶちのめし――そうまでして得た力で、着鎧甲冑に最も望まれない「戦い」に、身を投じようとしている。


 自分自身の正義に従い、他の皆を踏みにじり。そうした果てに、俺はここにいる。どう言い繕ったところで、その真実が変わることはないし――否定するつもりもない。


 だが。

 そんな奴にも、守れる命はある。繋げる未来はある。


 それを――今から、証明してやる。


「ダスカリアンのためにも、ダウゥ姫のためにも……皆のためにも、矢村のためにも」


 ――そして、兄貴のためにもッ!


「……お前は、必ずここで止めて見せる!」


「……そう。『優しい』のですね、あなたは」


 ラドロイバーが残した言葉の意味。

 それを咀嚼する間も無く、彼女の殺気が膨れ上がる。

 次いで、その威圧に反応した俺の両足も臨戦態勢に入った。


『龍太様……ご武運を』

『……先輩、死んじゃダメだからね』

『龍太君……信じてるよ』

「――わかってるって、任せときな」


 そして、着鎧甲冑部からの無線越しエールを受け取り――


「りゅっ……龍太ぁーっ! 負けるなぁあーっ!」

「……イチレンジッ! やっちゃえぇえーッ!」


 ――矢村とダウゥ姫の叫びが轟く瞬間。最後の戦いが、幕を開ける。


『行こう、先輩!』

「……ああ!」


 「救済の重殻龍」の、最初で最後の戦いだ。

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