第220話 残された時間

「政務担当、の秘書官……!? 鮎子を乗っ取っておいて、言うことがそれか!」

『そうだ。――あぁ、心配はいらない。こちらから干渉しているのはモニタリングと会話機能のみだ。そのマシンを動かしている彼女がこれだけで墜落することはない。私としては君の口から穏便に、着陸を命じて欲しいからね』


 通信を妨害し、行動を中止せよと命じる男――牛居敬信。

 総理大臣の秘書官様がわざわざ仕掛けてくるってことは……それが、国の意向ってことかい。ふざけてやがる!


「――それで『はいそうですか』と応じるタイプに見えるか?」

『君の人柄は関係ない。これは、国家の命令なのだ。君に選択の余地はないのだよ』

「……なぜ見捨てさせる。見殺しをさせようとする!」


 俺だってお国の命令に背くなんて破天荒な真似はしたくないが、状況が状況だ。今さら、引き下がるなんて選択肢はない。

 それどころか将軍の安否が不透明である以上、何をおいても急行しなくてはならない事態なんだ。こんな時に余計な茶々を入れられたら、相手が大統領でも文句の一つは言いたくなる。


『……この一件に深く関わっている君のことだ、何も知らないわけではあるまい。十一年前の瀧上凱樹が起こしたジェノサイドにより、ダスカリアン王国は甚大な被害を被った。当時の政府はこの件を公には認めていないが、既にダスカリアンの国内では噂として周知されつつある』

「――だから、なんだっていうんだよ!」

『十一年前のジェノサイドがまことしやかに知れ渡った今の状況を、真相を知るダスカリアン首脳部に付け込まれてしまっては、日本の国際社会における信用は失墜するだろう。それならば日本の汚点が世界に知れる前に、彼らの王女が望むまま、日本と縁を切って衰退して頂いた方が、我々としても都合がいいのだ。臭いものが自らに蓋をしたいと言っているのだからな』


 一方、牛居さんはそんな俺の憤りなど気にも留めず、好き放題に物を言っている。素で言っているのか、俺を挑発するつもりなのか。

 ――どっちにしろ、腸が煮えくり返る思いだ。


「……その前にここでダウゥ姫やジェリバン将軍に何かあったら、それこそ失墜じゃ済まねぇはずだぞ! 今の状況を知っててそう言ってんのか!」

『その場合、犯人はエルナ・ラドロイバーだろう。日本人の仕業でないのなら手の打ちようはある。瀧上凱樹の情報のみを削除し――彼女に纏わるデータを証拠として切り抜き、王家暗殺とジェノサイドの首謀者というサンドバッグに仕立てる――というようにな』

「な、なんだそりゃ……!」

『少なくとも彼女が諸悪の根源であることは事実だろう? 我々も嘘をつくつもりはない。威力はどうあれ、瀧上凱樹は所詮彼女の使い走りでしかなかったのだ。雑兵一人の情報に新聞のスペースをくれてやることもなかろう。……もっとも、ラドロイバーに対して多少の脚色は入るかも知れないがね。日本に暗殺の罪を着せるために、来日のタイミングを狙った――と』

「……、……」

『何より、その方が口封じとしては手っ取り早くて我々も助かる。ダスカリアンの首脳部二人が倒れれば、後は所詮烏合の衆。仮に真実を知ったとしても、もはや国家の解体は免れん』


 淡々と恐ろしい言葉を、平然と並べている。……これが、俺達のお上だっていうのかよ。

 寒気すら感じるその冷徹さに、俺は僅かに言葉を失ってしまう。こいつら、ダウゥ姫を助ける気がないばかりか、この戦いで死んでも上手くそれを利用する気でいやがる。


「……ダウゥ姫は……あの娘は……死にたくない、って、言ってんだぞ……!」

『――そうか。だが、生きていたいという望みが叶わない悲劇はザラにある。仕方のないことだ』


 だから……その悲劇のシナリオには俺が邪魔だから、松霧町に行くなって言ってんのか。この男は!


『私を汚いと思うかね。許せないと思うかね』

「……」

『――許せないはずだろう。そう感じる人間でなければ、あの潔癖な救芽井甲侍郎が君を買うはずがない。彼の非武装主義は狂気の域だからね。瀧上凱樹さえ救おうとする程の酔狂さがなければ、ついていけない領域なのだろうな』


 俺の怒りを知ってか知らずか、彼の煽るような口調はなりを潜め、少しずつ穏やかな声色に変化していった。

 ――潔癖、ね。確かに甲侍郎さんを端から見たらそう感じるだろうが……ラドロイバーのような人間に着鎧甲冑の力を狙われてると思えば、ああなるのも納得だ。


『だが、そんな君が君であるために必要だったこの国を守ってきたのは、私達のような政治屋だ。救うべき人間も、捨てるべき人間も、私達が皆、選別してきた。君のような国民を守るためにな。それは、これからも変わりはしない』

「ダウゥ姫は……ダスカリアン王国は、見捨てるべきだっていうのかよ!?」

『その通りだ。あの国との関わりで我が国が得することなど、背負うリスクの重さに比べればないに等しい。世界を股にかける救芽井エレクトロニクスのエースである君一人の方が、よほど保護する値打ちがある』

「……その俺が、助けたいと言ってもか」

『それでも、だ。私達としてもヒーローとして名高い君を、国家に逆らった前科者にしたくはない。君も日本国民なら、日本国民のためにその力を振るってくれたまえ。君が命を張るステージは、ここではないのだよ』


 ……この連中には、この連中なりの考えがあってのことなんだろう。この男が語るような汚い策略がなければ、俺達の当たり前の幸せが続かなかったって時もあったんだろう。

 それは、わかる。綺麗なことだけじゃ世の中は回らないし、純粋な幸せも守れないってこと、わかるさ。


 ――けどな。それでも俺は、「救済の重殻龍」なんだ。

 ダウゥ姫と、ダスカリアン王国を守るために、この力を手にしたんだ。俺を想ってくれたあの娘を、泣かせてでも。


 その俺がここで逃げたら――きっとこの先、守れるはずの人々も守れなくなってしまう。そんな気がして、ならないんだ。


 綺麗なことばかりってわけにはいかない。わかってんだよ、んなことは最初から。

 だからって、綺麗になろうとしちゃいけないなんて、そんな理屈は通らないだろ。


 俺は確かに綺麗なんかじゃないけど、それでも。

 ――汚いことを、当たり前にしたくはないんだ!


「……悪いな、牛居さん。やっぱり、俺は――」

『牛居君。交渉する相手が違うのではないかね?』

「――ッ!?」


 日本という国家に逆らう。その咎を背負う覚悟を、決めようとした瞬間。

 俺の言葉を遮り、別の男性の声が俺達の通信に割り込んでくる。こ、この声は……!?


『伊葉氏……なぜこの通信に』

『ダスカリアン復興のためには、諸外国から物資を輸出入する外交制度の見直しも必要だったからな。その施策に協力するために、ジェリバン将軍から王室の国際通信に繋がるパスコードを預かっていたのだ』

『……なるほど。国内からの回線なら決して割り込めないこの通信も、王国の国際通信を操れるアクセス権限を持つあなたならば、その限りではない。相変わらず、強かなお方だ』

『十一年前から、私は何も変わってはいないさ』


 ……えっと。つまり、伊葉さんは自分が持ってるパスコードを使って、王室の国際通信に日本から接続して、そこからこの通信に割り込んだってことか?

 回りくどくてしょうがない……っていうか、この二人知り合いなのか?


『しかし、日本からダスカリアン王国の王室に繋げられる回線など、この官邸以外にそうはないはずですが』

『甲侍郎が着鎧甲冑の配備のために繋いだ世界中の情報網パイプを通じて、王室の国際通信に接続させてもらった。彼も救える命を見殺しにするつもりはないようでな』

『……あなたは、また過ちを犯そうというのですか。災厄を呼び込むとわかっていて、なぜあの国を……』

『瀧上凱樹という男をダスカリアン王国に招いてしまったのは、私の責任だ。その贖いを終える日まで、まだ私は立ち止まるわけには行かん。何より、そのために今最も必要とされている彼を、躊躇わせるわけには行かんのだ』


 ――どうやら、この戦いには甲侍郎さんも協力してくれているらしい。何が何でもダウゥ姫を死なせまいと、皆が全力を挙げている。

 それに応えるためにも……やはり、俺は行かなくちゃならない。例え、それが罪なのだとしても。


『どういう理念があなたにあろうと、私達の選択は変わらない。着鎧甲冑を狙い日本に現れたエルナ・ラドロイバーのテロに乗じ、ダスカリアン王国の首脳陣二名には、ここで舞台から降りて頂く』


『……ふむ。どうやら君は一つ、思い違いをしているようだな。――私がそんな殊勝な建前だけでここまで本気になっていると思うかね』

『……なんですと?』


 ――すると。

 伊葉さんの声色が――深く沈んだ色に変わる。今まで、聞いたことのない声だ。


『まだわからんのなら、教えてやろう。エルナ・ラドロイバーを日本に呼び込んだのは、私だ』


 そして、次の瞬間。

 彼の口から、とんでもない情報が飛び出していた。

 ――嘘、だろう。何を考えてそんなこと……!


『……何を仰るのかと思えば。そんなことをして、あなたに何の得があるというのです』

『彼女は「新人類の巨鎧体」の基礎設計を担当し、四郷鮎美を利用してあの超兵器を実現させた。その力、闇に葬るには惜しいと思わんかね』

『一煉寺龍太君を餌にラドロイバーを日本へ誘い込み、その技術を狙った……そう仰るので?』

『その通りだ。龍太君の力でラドロイバーをねじ伏せれば、あの技術は日本のものとなる。その時のお零れを期待しても、バチは当たらんと思うのだがな?』


 牛居さんに自らの陰謀を語る伊葉さんの声は、深い濁りの色を漂わせている。まるで、地獄の底から唸りを上げる鬼のようだった。


 ……バカな。ダスカリアン王国を救おうと尽力したのも、俺にそれを託したのも、ラドロイバーの技術を奪うことへの報酬が目当てだったっていうのか!?

 そんな人が、十一年もかけて復興に力を入れたりするもんかよ!


『――仮に、そういうことだとするならば。私は日本の国土に危難を運んできたあなたを、野放しにはしておけなくなる』

『いいのかね? 私はラドロイバーの情報を握っているのだぞ。取引する価値があるとは思わないのか。それに避難している松霧町の住民も、私の手中にある』

『我々の務めは、この国の平和と安寧を守ること。それを乱す外敵には決して屈してはならない。それが、かつて私が担当していたあなただったとしてもだ』

『――ならばさっさと捕まえに来るがいい。松霧町の人々に、危害が及んでも知らんがな』


 ……一体、伊葉さんはどうしちまったんだ。こんなことを言う人じゃなかったはずなのに……?


『……やはり、あなたは変わらない。どこまでも自分を犠牲にすることしか知らない、愚かな男だ』

『――さて、何のことかな。それより、この会話は総理大臣の耳にも入っているはず。君もさっさと国に仕える者としての務めを果たさねばならんだろう。早くしないと私の操り人形が現場に到着してしまうぞ?』

『承知しています。……伊葉和雅。国家の平和を乱した疑いのあるあなたの身柄、拘束させて頂く』


『……好きにするがいい』


 その嘲るような言葉を最後に、伊葉さんの通信は途絶えてしまった。一体、彼に何が起きてしまったんだ……!?


『……君も、せいぜい後悔しないようにすることだ』


 彼の真意を問う暇もなく、牛居さんとの通信もそこで途切れてしまった。

 焼け付くような夕陽が沈み、夜の帳が降りる頃。暗転したままの画面を見つめる俺を乗せて、「超機龍の鉄馬」は松霧町に到着しようとしていた。


 なぜ……どうして……伊葉さんは、あんなことを……。


『国家反逆の罪を、肩代わりしたのよ――彼は』

「――ッ!」


 その時。音信不通となっていた会話機能が突如蘇り――鮎美先生の声がスピーカーから飛び出してくる。その不意打ちに、俺は思わず仰け反ってしまった。


「肩代わり、だって……!?」

『ええ。あなたを利用してラドロイバーを捕縛し、彼女の技術を手土産に恩恵に預かる。それが真の狙いというシナリオを翳して、この件の罪を一人で被るつもりなのよ』

「そんな……」

『もちろん、そんなものは方便だってこと、向こうだってお見通しよ。だけど官邸から繋がってる特別回線であんなことを言われた以上、向こうも国家の体裁として動かないわけには行かない。結果、彼の拘束に政府が動いている間に、あなたがラドロイバーと戦える、というわけ』


 ――つまり伊葉さんは、自分自身を悪役に仕立て上げることで、スケープゴートの役を買って出たということなのか。

 そんなことをしたら……!


『……当然、彼は積み上げてきた全てを失うわ。その全てを、あなたが使う僅かな時間に懸けたのよ、彼は』

「伊葉さん……」

『彼は、私に話したの。あの日の決闘に敗れ、あなたに頼るしかなくなった瞬間から、自分は償い難い罪を背負っていたんだと……』

「……」

『ダスカリアンの未来は、文字通りあなたに懸ってるのよ。龍太君。――ここで逃げ出す、あなたじゃないわよね』


 伊葉さんの行く末を案じる俺に、鮎美先生は焚き付けるように声を掛ける。――これは出てくる答えを、初めから知っている人間の声だ。


「――当然。なんとしても、繋いで見せる! 行こう、鮎子!」

『……うんっ!』


 牛居さんの妨害から解放された鮎子の返事が、弾けるように響き渡る。


 ……俺はここにたどり着くまで、色んなものを、色んな思いを犠牲にしてきた。もう、レスキューヒーローを語れる体裁なんて、毛ほども残っちゃいない。

 それでも、せめて。今、生きている命が未来に繋がるように――今の俺に出来る精一杯を、全うしたい。

 それだけがきっと……俺に残された、最後の正義だから。


「――見えた!」


 映像と同じ光景が、視界に広がっていく。


 砕かれた町並み、住宅街の焼け跡。鎮火された校舎。

 ――そして、ナイターに照らされたグラウンドと――


「……龍太君ッ!」


 ――涙ながらに俺を呼ぶ、救芽井の姿。


 それを見つける瞬間。鮎子が操る「超機龍の鉄馬」はグラウンドの上を滑るように、ナイターというスポットライトの中に着陸した。

 突然空から飛来してきた新手に、静まり返る一同。そんな彼らを一瞥し、俺は着陸した体勢のまま後ろを振り返る。


 ……目に映るは、ラドロイバーの冷たい瞳。


「――お待ちしておりました」

「そうかい。――待たせて、悪かったな」


 あの日から、約二ヶ月。


 再会は、果たされた。

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