第187話 求められた答え

 二段着鎧。その聞きなれない単語に、俺と四郷は互いに顔を見合わせる。そんな俺達の反応は予想済みだったのだろう。

 鮎美先生は俺達のリアクションをしばし見守ってから、改めて口を開いた。


「龍太君。部室の地下で青いボディのバイクを見たでしょう? あれが二段着鎧の鍵になる『超機龍の鉄馬マシンドラーゲン』よ」

「『超機龍の鉄馬』……だって? それが一体……」

「二段着鎧とは、『超機龍の鉄馬』に要求される増加装甲のこと。私が鮎子に求めてることも明らかにしなきゃならないし、そっちの説明から始めた方が良さそうね」


 この状況を切り開く鍵になると言う、二段着鎧。その実態を求める俺達に、鮎美先生は順を追って内容を語る。


「まず『超機龍の鉄馬』とは、着鎧甲冑との連携を前提に作られた飛行ユニットよ。R型の『救済の龍勇者』やあなたの『救済の超機龍』だけでは運べない量の医療キットや、消火剤等を運用することを目的としているの」

「ちょっと待て、飛行ユニットだって? ありゃどう見たって――」

「――バイクだ、って言いたいんでしょう? 実際、バイクとしても運用は可能よ。地上、空中を問わず、より迅速に目的地へ向かう……そのためだけに設計された機体なんだから。機体後部のダブルジェットによる最高速度は、時速三百キロを超えるわ。バイクというより、小型のジェット機と言った方がイメージしやすいかも知れないわね」


 どうやら、あの蒼いマシンは着鎧甲冑を素早く行きたい場所へ連れて行くためのものだったらしい。

 さすがに驚きを隠しきれないのか、今まで気難しい表情で成り行きを静観していた久水も目を見張って鮎美先生の話に聞き入っている。矢村に至っては無垢な男子のように目を輝かせていた。まぁ、確かにロマンがあるよね、こういうのは。


 しかし、妙だ。地下であのバイクを見つけた時、鮎美先生は「ガラクタ」などと吐き捨てていた。普通に考えれば、これだけ役立ちそうなモノを作っといて「ガラクタ」呼ばわりはないだろう。むしろ、普段から俺を実験台に使ってる発明品の方がよっぽどガラク――やべ、睨まれた。


 ま、まぁ少なくとも、機能上では信頼できるシステムなんだろうな。あくまで構想でしかなく、失敗する可能性もある――なら、こんなに自信満々に自分から二段着鎧のことを話したりしないだろうし。


「だけど、その運用には空気抵抗という壁が残るの。『超機龍の鉄馬』の加速に搭乗者が風圧に煽られて、宙に放り出されちゃうっていう厄介な問題よ。そこを何とかするための、二段着鎧ってわけ」

「二段着鎧の設計思想は、その『超機龍の鉄馬』という飛行バイクの加速に耐えるため――と言うことなのですか?」

「その通り。樋稟ちゃんはお利口さんだから説明が省けて助かるわ。――さっき彼女が言った通り、二段着鎧はこの飛行バイクに対応する役目があるの。その増加装甲の全身に取り付けられた小型ジェットには、姿勢を安定させる狙いがあるのよ」

「え? バイクだけじゃなくて、上から着る増加装甲? ってのにも、噴射口が付いとんの?」

「えぇ。さすがにバイク自体を飛ばしてるダブルジェットには遠く及ばない推進力だし、姿勢を維持するためにはちゃんと制御する必要もあるんだけど、ちょっとの間は飛べるくらいのパワーはあるのよ。『超機龍の鉄馬』の本体にも、風圧を殺して搭乗者を守るための防護シールドはあるんだけど、それだけじゃ心許ないからね。備えあれば憂いなしって奴よ」


 救芽井や矢村の質問に、鮎美先生は慣れた言葉使いで解説して行く。もしかしたら俺が目を覚ます以前から、この話題を出すことを視野に入れていたのかもしれない。

 つまり二段着鎧とは、搭乗者が振り落とされないために着る、ちっこいジェット付きの鎧ってことなんだな。それを「救済の超機龍」の上に着る、という流れなんだろう。


 それによって防御力と機動力を同時に高め、俺の失った体力をカバーする――か。なるほど、確かに話が繋がってくるな。


 ……しかし、まだ全ては明らかにはなっていない。その中でも俺が今、一番に疑問に思うのは――彼女が「二段着鎧なら将軍と張り合える」と主張する、その根拠だ。


「鮎美先生。疑うつもりはないんだけどさ。その二段着鎧ってのは、一体どれだけ凄いんだ?」

「どれだけ……ねぇ。それなら、『現物』とやりあったあなたの方が、よく知ってることなんじゃないかしら」

「『現物』……?」


 訝しがる俺の瞳を一瞥し――鮎美先生は、タネを明かす。

 一年前を彷彿させる、引き締まった眼差しを、ぶつけながら。


「『超機龍の鉄馬』と、それに搭載された増加装甲には――『新人類の巨鎧体』の装甲が流用されているのよ」


 その一言で、ただでさえ冷えていた病室の空気がさらに凍り付いてしまった。鮎子はトラウマを掘り返されたことで眉をキュッと引き締め、久水は怪訝そうな表情で鮎美先生を睨む。


 そして、古我知さんは両の拳を震えるほどに握り締め、息を飲み込んだ。矢村もさすがにこの種明かしには堪えたらしく、さっきまでとは一転して、怯えたような表情を見せていた。


 ダスカリアンを滅ぼし、俺達を深く追い詰めた「新人類の巨鎧体」。その残骸から作られた装甲を、纏えと――彼女は言っているのだ。


 ジェリバン将軍もダウゥ姫も、見るからに表情が険しい。自分達に起きた不幸の元凶など、名前すら聞きたくないだろうに。

 そんな彼らの痛切な姿を見てしまっては、伊葉さんの胸中も穏やかではあるまい。彼自身、掛ける言葉を見つけられず、唇を血が出そうなほどに噛み締めている。


「……なるほど、な。あのどうしようもねぇ硬さなら、先生の自信にも納得がいく。ガラクタ呼ばわりしてた理由もな」

「そう言ってやりたくなるのは、他にも理由があるんだけどね。ま、いいわ。少しは私の提案が理解できたかしら?」

「おう。……だけどさ、そんなもの持ち出されだって、俺は動かせっこないぞ? バイクの免許なんて持ってないし、飛行機なんて以ての外だ。小型ジェットの制御とか別にいいから、装甲だけで十分だし」

「小型ジェットがないと、機動力が殺されて外敵の的にしかならないわよ。――大丈夫。あなたにそんな器用な仕事は最初から期待してないわ」


 辛辣な言い草で俺を窘めてから、鮎美先生は四郷の方を見やる。彼女は震える両手を握り締めながら、過去の恐怖に屈しまいと、懸命に姉の瞳を睨み付けていた。

 そんな妹の姿に満足したかのように、鮎美先生は説明を再開する。――だがその表情と声色は、時間を追うごとに険しさを増しつつあった。


「『超機龍の鉄馬』には、もう一つの重大な問題があるの。それは、機動力と防御力を優先させるために余分なスペースを切り詰めたことで、全ての機能を自立制御で運用できるようなコンピュータを積めなくなったことよ」

「コンピュータが、積めなくなった……?」

「他の機能を優先して積み上げたせいで、肝心のそれを操るオツムが入らなくなった――と言えば、わかるかしら?」

「ははぁ、なるほど……って、それじゃそもそも動かせないってことじゃねーか」

「そう、意味がないの。あなたが上乗せで纏う増加装甲の小型ジェットも、それを遠隔操作で操る頭脳がなければ、制御なんて出来ない。戦いに集中しながらジェットを手動で制御……なんて、現実的じゃないからね」

「そこまで分かっててこの話をここでする――ってことは、何か考えがあるってことなのか?」


 俺の問いに、鮎美先生はため息混じりに「あるっちゃあるけど、これを言うのが一番キツイのよねぇ」とぼやく。その「考え」というヤツは、あまり歓迎できる代物ではないらしい。

 だが、教えてもらわなくちゃならない。ここまで来て、勝てる望みを捨てたら笑い話にもならねぇよ。


「まるで人間のような複雑な思考を同時に進行させ、かつ、機械のように優れた演算能力と冷静さを併せ持つ。それが、『超機龍の鉄馬』に要求される頭脳よ」

「清々しいレベルでバカ高い理想だな。そんなもん機械にやらせろ――ってのが、出来ない状態なんだっけか」

「出来るのよ。そんな頭脳が、用意できるの」

「はぁ? あんた、さっきはコンピュータは積めないって――」


 そこまで言いかけて、俺は勘付いた。


「――ッ!?」


 そして、呪った。自分の、無駄な洞察力を。


「鮎子。そこで、あなたに頼みたいことがあるの」

「……うん」


 ――彼女は、「頭脳」と言った。

 「コンピュータ」とは、一言も口にしていない。


「人工知能を載せたコンピュータじゃ、同じ性能の『人間の脳』をブッ込むより、かなりの物理的なスペースを食っちゃうのよ」

「……だいたい、わかった。わかったよ。お姉ちゃん」

「そう。やっぱり、あなたは一番のお利口さんね」


 それが、「理由」だったのだ。鮎美先生が「超機龍の鉄馬」をガラクタと罵った、最大の「理由」。


 俺は鮎美先生が妹に言おうとしていることに気付くと――無意識のうちに、二人の間に手を伸ばしていた。

 先生の口を塞ごうとしていたのかも知れない。そんなことは無理だと、分かり切った上で。


 そして、姉妹は言葉を交わす。


「鮎子。あなた、『新人類の身体ノーヴィロイド』に戻りなさい」

「……うん」


 俺の手など届くはずのない、彼女達だけの世界の中で。

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