第124話 釈迦の掌上

「男と男の真剣勝負であれば、一生を共に歩む妻として、殿方の勝利を信じて見守るつもりでおりましたが――瀧上凱樹! あなたがそのような醜い兵器を用いて、龍太様を含む我々を蹂躙しようというのであれば……このワタクシも覚悟を以って、戦場に立つことを辞さなくってよ! ――久水梢、参るッ!」


 壁のコンピュータに手を当て、今も「新人類の将兵」に向けて指示を送り続けている瀧上さん。

 その彼に鋭い眼差しを向け、久水は両腕を別々に動かしてサインを送りつつ、強気に啖呵を切っている。イロイロ突っ込み所のある物言いだが、今は触れないでおくか。


 ……そして、「参る」という最後の一言を放つ瞬間、彼女は勢いよく右腕を振り――その指揮下に置かれているヒーロー達が、一斉に動き出した。


「行くぞ救芽井家の配下よッ!」

「はッ!」


 さっきまで俺を守るように戦っていた茂さんとG型の人は、互いに打ち合わせていたかのように、同じタイミングでその場から離れてしまう。茂さんは甲侍郎さんの所へ向かい、G型の人は客席側へ移動していった。

 その頃の客席側では、R型が一般人――つまりは矢村の護衛に奔走しており、「必要悪」が客席に登ろうとしている「新人類の将兵」達に応戦していた。


「今度は私ねッ……!」


 そして――今度は甲侍郎さんと一緒に戦っていたはずの救芽井がこちらにやってきた!


 身体にぴっちりと張り付いた、翡翠色ののヒーロースーツ。宙を舞うしなやかな体躯に、たわわに揺れる双丘。そして、バイザー越しに僅かに見える、凛々しさを湛えた瞳。

 二年前と何も変わらない、彼女の「正義の味方」としての姿が、そこにはあった。

 ――いや、二年という間隔を経て、その勇ましさに磨きが掛かっているようにも見える。俺と離れて、アメリカで着鎧甲冑を広めるために戦い続けてきた日々が、今の彼女を作り上げたのだろう。


「龍太君、お待たせッ! ここは私がやるわッ!」

「きゅ、救芽井! 危ないから下が――」


 彼女は空中で身体を捻ると、「新人類の将兵」の顔面に、捻りの反動を加えた後ろ回し蹴りを見舞う。いわゆる、ローリングソバットと呼ばれる蹴り技の一種だ。

 そして、そのまま俺を庇うような場所に降り立ち、間髪入れずに機械兵団に真っ向から挑んでいく。以前とは見違える佇まいではあっても、可憐な素顔に反した攻撃的な格闘スタイルは相変わらずのようだ。


 蹴り倒した「新人類の将兵」の両足を抱え、そのままジャイアントスイングを敢行する様は、普段の「甘えん坊なお嬢様」とは掛け離れた印象を与えている。しかも、振り回されている機体のあちこちに付けられた、蒼い電熱を帯びた刃で、他の個体を次々に切り裂いていくというおまけ付きだ。

 最初は彼女が来た瞬間に、「危ないから下がれ」と言うつもりでいたのだが――こんな暴れっぷりを見せ付けられては、近づくことすら憚られてしまう。迂闊に止めに入ろうものなら、振り回されている個体の刃で、こっちの身体が二分割されかねん。


「――った方がよろしいんじゃないでしょうか……」

「え、何か言った?」


 次第に声が萎んでいく俺に対し、救芽井はジャイアントスイングを続けながら「え? 何だって?」と言わんばかりに首を傾げている。なんというハーレム系主人公。


「樋稟があれほど戦っているというのに、私は……!」

「悔やむ暇があるなら、まずは生き抜くことですぞッ! 自分の生還に勝る栄光など、ヒーローとして有り得ないのですからッ!」


 そんな猛々しい娘の戦いを見て、甲侍郎さんは沈痛な声を漏らしながら、必死に電磁警棒で電熱の刃を凌いでいる。

 そして、茂さんは彼を助けるように檄を飛ばしながら、彼に迫る「新人類の将兵」達にフェンシングの如き刺突を連続的に浴びせていた。


「――その通りよッ! こんなことになるなんて、全然思わなかったけど……そんなの、もう関係ない。何があっても、私達は絶対にみんなで生きて帰る! それが、それが――」


 さらに、茂さんの言葉を受けて士気を高めたのか、救芽井の回転がますます加速していく。そこから生まれた風圧の勢いで、周りの「新人類の将兵」達が転び始めた……!?


「――『着鎧甲冑』なんだからぁああッ!」


 次の瞬間。俺は、眼前の状況を整理するのに数秒のタイムラグが生じていた。

 彼女のけたたましい叫びと共に放たれた一撃が……想像を絶していたからだ。


 周囲を巻き込む程の勢いから飛び出す、ジャイアントスイングからの強烈な投げ飛ばし。その犠牲となった「新人類の将兵」は、閃光の如き速さで悲惨な運命を辿る。

 砲弾のように打ち出された鋼鉄の身体は、周囲の同胞達はおろか、そのまま射線上に居た「甲侍郎さん達を狙うグループ」や「客席側にいたグループ」などの同胞達まで切り裂いた挙げ句、アリーナの壁に無惨に減り込み、動かなくなってしまったのだ。


 大多数の「新人類の将兵」に痛烈なダメージを与えたこの一撃には、さすがに驚かざるを得ない。もうあいつ一人でいいんじゃないかな――とは思わんが、これほどの大惨事をやってのける彼女が味方側に居ることは、素直に喜んでおいた方がいいだろう。

 一方、久水は彼女の一発を見て「計画通り」といいたげな顔で口元を吊り上げている。あんなに悍ましい彼女の顔を見るのは初めてだ……。


「――来たわねッ!」


 しかし、その時だった。救芽井の気を引き締めた声と共に、全ての「新人類の将兵」がこちらに赤い眼光を固定したのは。

 俺が久水のリアクションに気を取られている間に、救芽井は俺の前面に出てファイティングポーズを構えており、向こうの攻勢に備えていた。それに俺が気づくと同時に――「新人類の将兵」の動きにも、大きな変化が訪れる。


 今までは若干早歩き程度のスピードしかなかった移動速度が、大幅に高まっていたのだ。

 ……要するに、「走り出した」のである!


「は、走れたのか、こいつら!?」


 狙いは無論、自分達に大打撃を与えた救芽井以外にない。鋭利な電熱の刃を唸らせ、一人の少女に群がる機械兵団。対抗する術を持たない俺にとって、これほど絶望的な光景はないと言っていい……!


「マズい……! 救芽井、すぐに逃げ――」

「大丈夫! 私達に任せてッ!」


 だが、そんな状況になってもなお、救芽井の威勢は揺るがない。彼女は変わらず俺を庇うような位置に立つと、腰を落としてどっしりと身構える。「このまま迎え撃つ」、そう主張するように。


 俺の制止も省みず、その場から動く気配のない救芽井。そんな彼女目掛けて、一斉に飛び掛かる「新人類の将兵」。

 どちらがより危険は、考えるまでもない。


 ――これも作戦の内だっていうのか……!? 久水の奴、何考えてんだよッ……!


 さすがに見ていられなくなり、彼女を突き飛ばして逃がそうと、俺も動き出す。こんなことで、彼女を傷付けるわけにはいかないッ!


「今ざますッ!」


 だが、意気揚々とした久水の一声に応じて動き出す、多くの仲間達の行動が――俺の動作を遮る。彼女の叫びと共に、激しく上下に揺れる二大巨峰を目の当たりにして、救芽井が一瞬歯軋りした様に見えたが……気のせいだろう。

 救芽井一人を、総掛かりで襲う「新人類の将兵」。その全員に、他の着鎧甲冑達が同時に横撃を敢行したのだ。激しい雄叫びと共に、白いスーツに全身を固めたヒーロー達が、一斉に躍りかかっていく。

 部下二人と共に電磁警棒を振るう甲侍郎さん。刺突の連撃で相手を腰から砕くように倒していく茂さん。四人掛かりでタックルを仕掛けるR型の面々。

 全員が完全に息を合わせたこの奇襲は、「新人類の将兵」の軍勢を総崩れに追い込んだのだった。


「こ、これは……!?」

「久水さんッ!」

「わかっておりますわッ! ――お二方、協力して頂けますわね?」

「……僕はいつだって構わないけど」

「ボクは……怖い。怖い、けど……梢のため、なら、頑張るっ……!」


 ただ一人あっけに取られる俺を他所に、救芽井の叫びに応じた久水は左手を強く振りかざす。

 その合図に応じて、高電圧ダガーを構えた「必要悪」と、久水に右手で背中を支えられた四郷が、並んで客席の前に出て来た。


「しかし、よく着鎧甲冑を使ってない僕達まで、作戦に組み込もうなんて考えたね。僕が君なら、口頭で素性の知れない奴に作戦を伝えたりなんかしなかったよ」

「……あなたのようなお堅い頭脳とは、少々出来が違っておりましてよ。ワタクシは龍太様と鮎子のためとあらば、どんな者でも思うままに操ってご覧にいれますわ。あの半人前のスーパーヒロインも、あのツッパゲールも、あの役立たずな豚共も、あの機械人形共も、みなワタクシという釈迦の手で踊らされる孫悟空に過ぎませんのよ……フォッフォフォフォ……!」


 「必要悪」の問い掛けに、久水がなんて答えてるのかは遠すぎて聞こえないのだが――あの悪魔のようなドス黒い笑みを見れば、大変教育によろしくない内容を口走っていることだけはなんとなくわかる。


 ……って、おい! まさか四郷にまで戦わせようってのか!?


「――恐れることはなくってよ。あなたのパワーなら、あんな奴らなど容易く蹴散らせますわ。……龍太様を愛しいと想うなら、自分の気持ちに背いてはなりません」

「――ッ! う……うんっ!」


 久水は一転して穏やかな顔になると、僅かに震えていた彼女の双肩を抱き、その小さな耳元に何やら優しげに囁いている。何を言われたのかはわからないが、四郷も彼女の言い分を受けて、奮起するように細い拳を握り締めた。冷たい機械に覆われているはずの彼女の頬は……なぜか今、ほんのりと赤みを帯びている。


 正直なところ、四郷のことは心配で仕方ないし、戦わせたくなんかないのだが――あんな仲睦まじい親子のような絵面を見せ付けられると、何故か口出ししにくくなってしまう。割って入るのが困難な世界……とでも言うのだろうか。

 だが、本人同士が納得しているとは言え、決して大丈夫とは限らない。


 「必要悪」が傍に居るとは言え、四郷の安全が絶対に保証されるわけではないのだから、いざという時は何がなんでも俺が助けに行かなくては……!


「いくよ……! マニピュレートアーム、展開ッ……!」


 そして、四郷は「新人類の身体」の姿へと変身を遂げると――「必要悪」と共に、アリーナへと降り立った!

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