第125話 ヤークトパンタン

 それからの戦局は――圧倒的だった。


「やあぁああぁあッ!」

「……フゥアッ!」


 二本の巨大な腕が繰り出す鉄槌。流れるように鉄を切り裂く高電圧ダガー。その二つが入り乱れ、勢いを殺された「新人類の将兵」達を次々に粉砕していったのだ。特に、四郷の鉄腕が敵を矢継ぎ早に捩切っていく姿は、「鬼神」と呼んで差し支えない次元にまで達していた。


 G型やR型では動きを止めたり転倒させたりは出来ても、破壊することまでは叶わなかったのだが――救芽井のジャイアントスイングやあの二人の前には、そんな道理は通じないらしい。


 物言わぬ機械を嘲るように笑う、久水の冷たい眼差しの先には……もはや、無惨に砕かれ、切り刻まれた機械人形の成れの果てしか映されてはいない。

 初めこそ脅威の象徴とも言うべき出で立ちだった「新人類の将兵」は、今や哀れな敗残兵と化している。俺達を殺そうとしていた上、それ相応の武力も備えていたはずの連中にそんな感想を抱いてしまうのは、恐らく久水の嗜虐性が際立っていたためだろう。


「フォーッフォッフォッフォ! ワタクシ達の完全勝利ざます! さぁ皆の衆ッ! このワタクシを褒めたたえるざますッ! 崇め奉るざますッ! そう、骨の髄までッ!」


 ……うん、間違いない。周りも若干引いてるし。「必要悪」が最後の一体の頭を踏み砕いてから、彼女はずっとこの調子なのだ。

 手の甲を頬に当て、高らかに笑うその様は、まさしく民衆を従える、高慢ちきな女帝そのもの。救芽井が両手を腰に当て、どこと無くふて腐れ気味に振る舞っている所を見るに、人心までは掌握しきれてはいないようであるが。


「ほ、本当に全員倒した……のか? あの武装や動きからして、『解放の先導者』より遥かに厄介だったはずなんだぞ……!?」

「……そうよね。確かに私も、上手く全員を奴らから守りきれるかはわからなかったわ。久水さんが、連中の『穴』を見つけるまでは、ね」


 「新人類の将兵」の残骸を拾い、しげしげとそれを眺めている俺の言葉に相槌をうつと、救芽井はバツが悪そうな声色と共に、客席の久水を見上げる。そして、ここぞとばかりに「ドヤァ……!」と見下ろしてきた彼女と視線を交わした途端、プイッと首を背けてしまった。


 作戦にはきちんと従って行動していたようだが、プライベートでは若干反りが合わないのかも知れない。


「その通り。あの汚らしい機械人形共は、ワタクシ達に宛てがう戦力を割り振るために計三分隊に分けられて行動しており、一分隊ごとに『一定のターゲット』が定められておりましたのよ。ゆえに、その分隊の『ターゲットに含まれていない人物』からの攻撃により、奴らの攻撃プログラムを撹乱したのですわ。お粗末なAI様様ですわね」

「……それで、不意打ちされた『新人類の将兵』の狙いがその『ターゲット外だった人間』に切り替わった瞬間を見計らって、『ターゲット外からの攻撃要員』をしきりに入れ替えていた……ってことか?」

「そう。私達は最初、彼女のサインでの指示に従うだけだったけど、二回目の入れ替え移動の時には、みんな『新人類の将兵』の弱点には気づいていたわ。久水さんの狙いにも大体はね」

「――でも、向こうも学習機能を備えた戦闘兵器には違いありませんもの。こんな簡素な戦略など、精々二回程度しか通用しませんわ。だからこそ、救芽井さんにはたっぷりと規格外な行動で、存分に掻き乱して頂いたのです。……まさか、あんなゴリラのような戦い方をされるとは予想外でしたけど? さすが脳筋ざます」

「ちょっ!? ……龍太君の前でなんてこと言うのよッ! わ、私ゴリラなんかじゃないもんッ!」


 結局どういう狙いであの作戦を決行し、こうして勝利に結び付けたのか。そこを気にしていた俺の意を汲んでか、久水と救芽井が解説してくれ――てるんだが、何をケンカしてんだよこの娘らは。


「そ、それで救芽井があんなムチャをしたってことなのか。それで全員の注意を救芽井一人に向けさせて、その隙を突いて着鎧甲冑全員での奇襲。そこへ畳み掛けるように『必要悪』と四郷のダブルパンチ……か。それをあの短時間で考えついただけでもすごいっちゃすごいが、よく実行に移せたもんだ」

「そうよね!? 私頑張ったよね!? だから私、脳筋ゴリラなんかじゃないよねっ!?」

「……」

「……」

「……そだね」

「なんで間が空くのよぉおぉおッ!」


 俺の肩を必死に揺らし、涙声でしきりに「自分はゴリラじゃない」と主張する救芽井。いやまぁ、そんなことはわかってるんだけどさ。的を得ているというかいないというか。


「樋稟ッ! 案ずることはない、君の勇ましく美しい戦い振りは、ゴリラよりも力強く美し――ひぶらはァィッ!」


 そこへ駆け付け、華麗に地雷を踏み抜き散っていく茂さんを見ていると、まるでいつも通りの賑やかな世界に回帰したように錯覚してしまう。仮面越しに冷酷な視線を突き刺しながら、彼の顔面にあのローリングソバットを見舞う彼女を見ていると、そんな気がしてしまうのだ。

 ……まだ、一番肝心な人が残っているというのに。


「――そして龍太様と同じく、ディフェンドゥーズサインを存じない身でありながら、ワタクシに協力してくだった『必要悪』さんと鮎子には、感謝の意を表明しますわ。さて、いよいよ残る悪魔は一人だけ……となりましたわね」


 一転して、指揮官としての厳かな眼差しを見せた久水は、壁に手を突いたまま俯く「新人類の身体」――瀧上さんを見遣り、四郷を庇うように仁王立ちになる。


「梢っ……!」

「……よくやりましたわ、鮎子。よく、頑張ってくれました。あなたの勇敢な働きに、親友として敬意を表しますわ」

「止めてよ、そんなの……! ボクのことなんていいから、早く逃げてっ! 凱樹さんは、凱樹さんだけはダメなのっ!」

「あなたの気持ちも、彼の強さも、見ていればわかりますわ。普通に張り合える神経や身体の持ち主ではない、ということも。――だけど、このまま彼を野放しにしていれば、必ずあなたが傷ついていくことになるはずざます。親友の矜持として、それだけは許せませんの」


 なんとか久水を止めようと、四郷も必死に裾を引っ張る。だが、彼女に引き下がる気配は微塵も見られず、むしろ危険も省みることなく、そのまま突き進んでしまいそうな様相すら漂わせていた。


 優しく諭すように、四郷に想いの丈を語る彼女の姿を見ていると、数分前まで傍若無人の限りを尽くしていた女帝と同一人物だという事実が受け入れ難くなってしまいそうだ。


「な、なぁ! みんなめっちゃ強かったし、だ、大丈夫、やろ?」

「凱樹……」


 「新人類の将兵」が全滅したことにより、一同の注目は再び瀧上さん一人に集まっていく。

 矢村は引き攣った笑顔で、周りに同意を求める――が、瀧上さんに悲痛な眼差しを送る所長さんを含め、誰も彼女の言葉に反応を示さなかった。


「――君の戦いは、もう終わった! もう、無益に人を傷つける必要などない! 降伏してくれ、凱樹君ッ!」


 一方、伊葉さんは今もなお、必死に説得を試みている。所長さんと同様に、殺されかけていたにも関わらず。

 かつて自分が信じたヒーロー。その虚像は、今となっても彼に深く付き纏っているようだ。「必要悪」は、そんな彼の背中を、何も言わずに静かに見守っている。


「甲侍郎様。手持ちの駒がなくなったとは言え、奴が簡単に降伏勧告に応じるでしょうか?」

「――彼の軍勢と戦えば、肌でわかることだろう。あの男に、『降参』の概念などない。次の一手に対応出来るように、残りの隊員を配置しておくべきだ。G型の生き残りを前面に展開し、R型四名を一般人達の護衛に付けてくれ」

「了解しました。――全部隊、ワガハイの指揮に入れッ!」


 その頃、茂さんは甲侍郎さんとの僅かな密談を終えて、「救済の龍勇者」の面々に指示を送っていた。どうやら、瀧上さんが降参しない前提で、対応していくつもりらしい。

 彼の指令を受けて、散り散りに動き出すG型とR型の姿が、それを証明している。


 ……伊葉さんや所長さんには悪いが、俺もそうした方が得策だと思う。瀧上さん一人でも尋常な強さではないんだ。

 玉砕覚悟だとするなら、向こう側が反撃を仕掛ける余地は十分にあるはず。


「……龍太君。仮にあいつが襲ってきたとしても、もう無茶なんかしないでよね……?」

「わかってる。いざとなったら、お前も逃げられるように準備しとけよ」


 俺の腕をギュッと握る救芽井と、僅かに視線が交わる。「救済の先駆者」のバイザーの先には――今にも泣きそうな、いたいけな少女の瞳が隠れていた。

 そして、その眼が誘う情に流され、本当に逃げ出したくなってしまう前に――俺は、彼女を視界から外す。刹那、背後から彼女の悲しげな声が漏れて来た。


 ……ごめん、救芽井。「自分が生き残ることがレスキューの基本」だって、何度もお前は口酸っぱくして教えてくれてたけど……今は、それ以上に彼が気になってしょうがないんだよ。


 そして、俺が――俺達全員が、たった一人の男に注目を注ぎ、再び張り詰めた空気が辺りを包んだ時。

 このグランドホール全体を飲み込む、緊張感で固められた世界を打ち砕くように――彼が、動き出した。


「……そうか。あくまで、オレの正義を認めないと――屈しないと、そういうことなのだな」


 壁のコンピュータから手を離し、鋼鉄の鎧に身を固めた男は、ゆらりとこちらへ振り返る。

 まるで「感情」という「概念」を無くしてしまったかのような、酷く冷たいその声は……さっきまで怒り狂っていた姿とは、対極とも言える程に掛け離れていた。


 人は、一定の怒りのラインを越えてしまうと、却って冷静になる――という話を聞いたことがある。

 それを彼に当て嵌めるなら、あの冷酷な声色と……全身に漂う殺気にも、合点がいく。

 錆び付いた鋼鉄の、凍り付くような冷たさで覆い尽くされた身体。その肉体ならざる肉体に、心の芯まで冷やされてしまったのだろうか。もはや彼の口調からは、怒りも喜びも悲しみも、何一つ感じ取ることが出来なくなっていた。


「いいだろう。よく、わかった。――ならばオレも、相応の覚悟で戦わせてもらう」


 そして――その淡々とした声で呟かれた言葉と共に、彼の厳つい鉄製の掌が、天井へ向けて翳された時。

 その動作を合図にするかの如きタイミングで、このグランドホール全体に異変が訪れたのだ。


 足元から揺さぶられ、姿勢が安定しない。頭上から、小さな石がパラパラと降り注ぎ、この地下を構成している空間全体に、山崩れを彷彿させる程の轟音が鳴り響く。

 瀧上さんが何をしたのか。何をするつもりなのか。その実態は未だに掴めないが、この現象に近しい経験を、俺は知っている。

 そう、例えるならこれは――地震ッ!


「……ッ! なんだッ!?」

「何この揺れっ……じ、地震ッ!?」

「くッ――うろたえるんじゃありませんわッ! 各員、警戒を怠ってはなりませんッ!」


 俺や救芽井だけではなく、何か知っている風の所長さんや「必要悪」を除くほぼ全員が、この事態に困惑している。必死にパニック化を抑えようと声を張り上げている久水も、僅かに視線を泳がせていた。

 ――所長さん、あんたは何を知っている? 何が起きると、予想してるんだ……?


「さぁ……来いィイィイッ!」


 そんな俺の思考を断ち切らんと、瀧上さんが叫ぶ。

 今まで溜め込んでいた感情――怒りや喜びの全てを、一つに圧縮し……解き放つかのように。

 これまでにない「狂気」の詰め合わせであるようにも見える、その雄叫びは――彼の背後に聳える、アリーナの外にある巨壁を激しく震わせていく。


「――ッ!?」


 その異様な光景は、他の皆が地震に混乱しかけている中で、俺の注目を強く引き付けていた。


 何か巨大なものが動き出そうとしているかのような、激しい揺れ。


 それは、彼の後ろ――すなわち、このグランドホールから更に奥の、地下室自体を成り立たせている巨壁が、震源地になっているかのようだった。

 そう思わされてしまう程、あの場所の揺れは、際立った大きさを見せていたのだ。「手を翳した瞬間」に起きた現象である以上、瀧上さんの思惑と無関係な事態であるとは思えない。


 これから確実に、「あそこ」から「何か」が起こる。

 そう邪推した時。


 俺の予想は、外れていてほしいというほのかな願いをことごとく踏みにじり――的中してしまった。


 土砂崩れの如く、崩落していく巨壁。


 流れ出る海水。


 地下という牢獄に轟く、鉄人の狂喜の叫び。


 そして――巨壁に隠されていた空間と共に、閉ざされていた我が身を解放された、赤褐色に彩られし鋼鉄の巨人。

 その姿は、十年間の時を経てもなお……大きく姿を変えてはいなかったのだ。「実物」を見たことがなかった俺でさえ、一目でその正体を見抜ける程に。


「あれがッ……『新人類の巨鎧体』……ッ!」

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