第63話 朝っぱらから肝試し

 矢村ん家の騒動からなんとか逃げ延び、俺達は駅前マンションの前に到着していた。緑色に塗られた、およそ十二階建ての集団住宅だ。


 集合時間の十分前とあって、俺も矢村も急ぎ足になっている。


「な、なぁ龍太、マンションの何号室かわからんのに、どうやって探したらええんやろか?」

「全部の部屋にピンポンして回るわけにはいかないしな……。そういやなんでアイツ、高二のクセしてケータイも持ってねぇんだよ……」


 救芽井はどういうわけか、十七歳にもなって、ケータイを持たせてくれていないらしい。本人曰く、知識等は持っていたのに、家族が許可してくれなかったのだとか。

 迷惑メールとか詐欺の類とかが心配で持たせなかったんだろうけど、過保護過ぎだろ甲侍郎さん……。おかげでこっちは連絡が取れなくて四苦八苦してんのに!


「たくもー! ケータイさえ持ってくれてりゃ、こっちから電話して一発なのに――ん?」

「そ、そうや! 着鎧したら通信できるんやない!?」


 俺がなにか手があるのでは、と感じた瞬間、矢村がその答えを言い当ててしまった。なるほど、確かに「救済の超機龍」に着鎧すれば、救芽井とも会話が繋がるかも知れない!

 ……あいつの部屋にノーパソがあればの話だけど。


 俺は矢村の言葉に強く頷くと、身を隠せる場所を探し、辺りを見渡す。この辺は駅前というだけあって、人通りが割と多い。

 マンション内に入っても、誰かが常に往来しているくらいなのだ。……そのほとんどが、なぜか作業着を着たマッチョマンなんだけど。


 とにかく、こんなところで迂闊に着鎧したりなんかしたら、一般人にアッサリ見つかっちまう……。もしそうなったら、合宿帰りに相当な質問責めに遭うこと請け合いじゃないか。


「あーくそっ! 変に正体バレたら、余計ややこしいことになるってのにっ!」

「一煉寺龍太様、及び矢村賀織様ですね?」

「そーだよ! それがどうし――え?」


 ――ふと、背中に降り懸かってきたダンディな声に、俺は思わず振り向いた。矢村がこんなジャック・バウアーみたいな声を出すはずがない。


「――なっ!?」

「き、きゃあ!? なな、なんやこの人っ!?」


 そして、俺の目の前に現れていたのは――矢村の隣に立つ、グラサンを掛けた作業着姿のオッサンだった。

 やたらゴツい体格をしており、武章さんといい勝負と思われる。この人も、周りと同じ作業着を着ていた。

 ……ホント、今日はオッサン日和だなァ。しかしこの人が着てる作業着、どっかで見たことあるような……?


「樋稟お嬢様様がお呼びです。どうぞこちらへ」


 ――そんな俺の疑惑を氷解させるように、オッサンは礼儀正しく俺達に一礼した。


「……あぁ! 部室を改築した人達じゃないか!?」

「ホ、ホントや! あん時の人らやんっ!?」


 俺達二人は顔を見合わせ、目を丸くする。このマンション内にいる全員が、あの時、部室を改装していた連中の作業着を着ていたのだ!


「な、なんであんた達がこんなところに……! もしかして、救芽井の護衛かなんか?」

「いえ、ここは現在、私達使用人の詰め所として使われておりまして」


 ――素直に驚いてる暇さえ与えず、オッサンはさらにとんでもない爆弾発言を射出してくる。


 ……詰め所ォ!?


「ちょ、待て待て待て! 詰め所――って、まさか全員がここに住んでるの!?」

「無論です。樋稟お嬢様も最上階にお住まいですよ」

「ひ、ひえぇえぇ!」


 なな、何を考えてんだ救芽井はッ! マンション丸ごと買い占めて使用人の居住地にしやがったのか!? なんつーおっかないマンションなんだよここは!


「ま、前の住民は!? 元々ここに住んでた人達はどうしたんだよ!?」

「その方々については、樋稟お嬢様が直々に説得に出向いておられました。『より多くの人々を救うべく、救芽井エレクトロニクスの理念に、是非力を貸してほしい』、と」


 へ、へぇ〜……。なんかかなり宗教臭い話を持ち込んでたみたいだけど、一応ちゃんと了解は得てたんだな。


「加えて、住民の方々によりご理解して頂くために、札束を用いた洗礼をなされておりました」


 ――と思ったらほとんど金の力かいィッ!?


「ここにお住まいだった方々には、こちらの方で新たに高級住宅街を提供させて頂いております。皆様、とても喜んでおられましたよ」


 な、なんつーマネを……!

 住民一人一人に札束でビンタしまくってる救芽井の姿が、頭に浮かんで離れねぇ!

 つーかやってることがもう成金そのものじゃねーか! きっとここにいた人達、引っ越す時には目が「¥」になってたんだろうな……。


 ダ、ダメだ……! まるで理解が追い付かない! 俺達みたいな庶民には、到底馴染めそうにない事態が巻き起こってやがる……!


「りゅ、龍太? なんかアタシもう、頭痛くなってきとるんやけど……」

「……奇遇だな。俺もだよ」


 俺達にはあまりにも場違い過ぎる金持ちの世界。その圧倒的スケールの世界観に辟易していると――


「従業員各位に告ぐッ! お客様二名、樋稟お嬢様のもとへご案内しろォッ!」


 目の前でこちらの様子を伺っていたオッサンが、いきなり鬼軍曹みたいな声を張り上げた。別に怒られてるわけでもないのに、俺も矢村も思わずビクリと肩を震わせてしまう。


「はッ!」


 すると、周りで清掃作業に取り組んでいた大勢の従業員(?)が、一斉に動きはじめた。まるで軍隊である。


「お客様ッ! エレベータはこちらにッ!」

「荷物をお預かりしますッ!」


 十メートルほど先にあるエレベータへの道を作るように、彼らはピシッと並んで二本の行列を作ってしまった。しかも、いつの間にか後ろに来ていた従業員達に、リュックとキャリーバッグを掠め取られてしまう。

 ……いやあの、別に案内してもらわなくてもエレベータなら肉眼で見えるし。荷物持てとか言った覚えないし……。


 だが、そんなことを今さら言い出せる空気でもない。俺も矢村も荷物を取り上げられてしまった身だが、到底何かを言えるような状況じゃなくなっているために、黙りこくっている。


「では、樋稟お嬢様のお部屋までご案内します」

「あ、あはは……どーも……」


 もはや、お礼を言うことぐらいしか出来そうにない。逆らったら殺されそうだし。

 ……たくもー、使用人と暮らすんだったら、普通はメイド呼ぶだろ常識的に考えて!

 何が悲しくて、朝っぱらからオッサンに囲まれた謎のハーレム地獄に叩きこまれなきゃならんのだ!


「みんなすごい体しとるなぁ……。アタシん家の弟子より凄い奴もおるで!」

「頼むから、今だけはそんな話しないで……」


 矢村ん家では大工に囲まれ、救芽井ん家では従業員に囲まれ。これで久水ん家までオッサンで溢れかえってたりしたら、発狂する自信があるぞ。俺は。


 そうして見るからに世の中に絶望したかのようなオーラを噴出しつつ、俺達はグラサンのオッサンに導かれ、エレベータに乗り込んだ。

 小綺麗な割に狭いその箱庭には、荷物を持った二人を加えて、計五人が納まっている。

 ……まるで、ギャングのアジトにでも連行されてるみたいだな。普通のマンションにいるはずなのに。


 そして待つこと十数秒。


 ようやく最上階にたどり着いたかと思えば、グラサンのオッサンがエレベータの外までズイッと進み出て、こちらに一礼してくる。


「お待たせいたしました。樋稟お嬢様のお部屋は、こちらになります」


 もはや見慣れてしまいそうなほどに、整い尽くされた動きを見せ付けられ、俺も矢村も無言で頬を引き攣らせるしかなかった。


 ――そのあと、ようやく救芽井の個室に案内されることに。

 彼に案内された、その救芽井の部屋というのは、最上階の中央辺りの号室だった。なんでも、左右両方からの外敵から彼女を守るためらしい。

 ……そもそもこの町にどういう外敵がいるんだよ。


 そんな俺の心のツッコミが空を切ると同時に、オッサンは玄関を解錠してドアを開けてしまう。使用人に合い鍵持たせてんのか……。


「この部屋っすか?」

「ええ。私達はここで待機しておりますので、樋稟お嬢様にご挨拶していただくようお願いします」


 どうやら、俺達の荷物は預けたままになるらしい。まぁ救芽井の部下なんだから任せても大丈夫だろうし、俺達はさっさとご本人に会わないとな。

 約束の時間まで、三分を切ってることだし。


「お、お邪魔しま〜す……」

「救芽井〜? アタシら来たで〜……?」


 今までが今までなので、俺達は若干ビビりながら玄関の中へと突入する。電気を付けていないためか、まだ朝ではあっても微妙に薄暗い。


 だが、その先の廊下は埃のカケラもないくらい、完璧に手入れされていた。恐らく、一階にいた従業員達がやってたように、ここも清掃されてるんだろうな。


「き、綺麗やな〜。やっぱ金持ちは違うわぁ〜」

「だな。しかし、救芽井のヤツどこにいるんだか……」


 俺達は靴を脱いで廊下に上がると、何度か彼女の名前を呼ぶ。しかし、返事はない。ただのしかば――なわけあるかっ!?


「なぁ龍太、あそこの部屋だけ電気ついとることない?」

「お、ホントだ。リビングかな?」


 ふと、矢村が指差した先には、半開きになったドアから差し込む一条の光。こんな明るい内から電気が付いてるなんて不自然だし、あそこに救芽井がいる可能性は割と高そうな気がする。


「よーし、返事がないってことは、俺達に気づいてないのかもな。ここはいっちょ、おどかしてやろうぜ!」

「――賛成っ!」


 ようやくここまでたどり着いたという安堵感からか、俺は自分でもわかるくらい、すっかり調子に乗っていた。いつしか胸中に、ちょっとした悪戯心が芽生えていたのだ。

 そして、矢村もそれに同調していたのをいいことに、俺達はいきなりドアを開けて、救芽井をビックリさせてやろうと企んだ。


 息を殺し、足音を立てず、ゆっくりとドアに近寄っていく。そこから漏れている光は徐々に視界を埋め尽くしていき、やがては目と鼻の先にまでたどり着いていた。


「よーし、いくか矢村……!」

「準備オッケーやで龍太っ……!」


 夏休みといえば、「肝試し」だからな。ちょっとくらいおどかしたって、バチは当たるまい。いざっ――!


 バァン!


「来たぜ救芽井ィッ!」

「アタシもおる! ……で……?」


 勢いよく扉を開き、部屋に突入した俺達。


 ――その時、第一に侵入した俺に続き、部屋に入り込んできた矢村の声が、途中から萎みはじめてしまった。


 彼女がそうなってしまった理由。それは至って、単純明快なものである。

 なにせ、俺のオツムでも瞬時に悟ることができるほどに、シンプルな答えなんだから。


 ファンシーなぬいぐるみがあちこちに飾られた、可愛らしいピンク色の部屋。クローゼットの傍に置かれている、二体のクマのぬいぐるみ。


 そして――その二つに身を寄せながら着替えを漁っていた、下着姿のボインなお嬢様。


「え、えっ……ふえぇぇえっ!?」


 上下共に、薄い肌色のブラジャーとパンティー。遠目に見れば、全裸と見紛う程の危うさを感じさせられる姿だ。

 しかもブラのサイズがやや小さいのか、大事な場所をガードしてる部分の端から、微妙に柔肌が盛り上がっている。

 普段の学校生活でも十分目立つ巨乳だというのに、あれでも抑えてる方だったというのだろうか。


 そんな彼女はわけがわからないと言わんばかりに、驚愕と羞恥に翻弄された表情を浮かべ、あられもない姿を俺達の前に晒している。


 ……こんな時に、言うべきことは一つ。


「すいませんっしたァァァァッ!」


「龍太君のバカァァァッ!」


 ――刹那。

 俺の視界が一瞬にして、救芽井の鉄拳によりブラックアウトしてしまった。


 そして遠退く意識の中で、俺はひっそりと誓いを立てる。


 ……もう、イタズラはやめよう。

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