第59話 双生の大魔神

「ちょっと龍太君、聞いて! また面倒なことが――」

「あぁ聞いてるよ。コンペティション……だっけか?」


 快晴の朝八時に部室で集まるなり、突然プンスカしながら俺に突っ掛かってきた救芽井。彼女が出すつもりだったであろう話題を、俺は先回りして切り出した。

 そのことに彼女は一瞬驚きはしたが、すぐに気を取り直しておさらいに突入する。


「なんであなたがそれを知ってるの!? ――ま、まぁそういうことよ。先日、元総理大臣の伊葉和雅さんから直々に通達があったの。着鎧甲冑の日本での正式採用を賭けて、同じような研究をしてるっていう『四郷研究所しごうけんきゅうじょ』の製品との『技術競争コンペティション』に応じろ、ってね」


 昨日、川にドボンした俺の眼前に現れた、十年前の元総理大臣だという「伊葉和雅」さん。彼は俺に、さっき救芽井が話した「技術競争」とやらに参加して欲しい、という説明をしてきたのだ。

 なんでも、その競争に顔を出すには、最新型の「救済の超機龍」を使うことが条件なんだとか。それを使えるのが俺だけである以上、俺が行かなくちゃならないのは当然の流れなのかも知れない。

 だから俺にも説明したんだろう。一番最初には、救芽井を訪ねて話を持ち掛けたらしいが。


 「四郷研究所」というのは聞いたことのない名前だし、その場所も裏山の奥というヘンピなポイントなんだそうだ。どうでもいい話だが、近場には海すらある。

 伊葉さんから貰った地図によると――来週に行くことになる、久水家の別荘のさらに奥にあるらしい。

 そんな山奥に建てられた、無名のプロジェクトと技術競争なんかしなくちゃいけないことに、救芽井はとってもご立腹な様子。

 競争に行かないと支社の設立を認めない、というのが政府の要求らしいんだから、結局は受けて立つしかないわけなんだが。


「あぁもう! どうしてこうもうまくいかないのかしら! 部活は人数が足りないと言われるし、スポンサーを条件に結婚まで迫られるし、挙げ句の果てには得体の知れない研究所と技術競争しないと、シェア拡大を許可しないだなんてッ!」


 白いテーブルをバンバンと叩き、救芽井はこれみよがしなくらいに憤慨する。ここ最近、怒ってばっかだなコイツ……。

 しかし、いろいろと面倒事が連鎖しまくってるのは事実。こうなったら、一つずつ片付けていくしかないんだろうな。


 ちなみに、例の技術競争は本来、一週間後――つまり来週に行われる予定だったのだが、決闘の件があるので、数日だけズラして貰うことになっている。


「ま、まぁ落ち着けよ……。ところで、その四郷研究所って、どんなモン作ってるんだ?」

「……わからないの。昨夜、お父様やお祖父ちゃんに相談しても、自分で調べても、その研究所のことは何も出てこなかったわ……」


 調べても何も出なかった? 救芽井家の情報網でも?

 ……ま、そのうち実物に会うんだろうし、今考えることでもないかも知んないけど。


 ――しかし、変な話だ。

 世界的に有名になった救芽井エレクトロニクスと、何の名声もない四郷研究所とやらが、なんでいまさら技術競争なんてしなくちゃいけないんだ? 知名度を考えたら、素人目線で見ても、救芽井エレクトロニクスに任せた方が安心だと思うんだけど。


 それに、伊葉和雅って人。

 彼は十年も前の総理大臣だそうじゃないか。そんな昔の人がなんで、今回の話を持ち出してきたんだ?

 技術競争の際には、審判役として同伴するって聞いてるが……なんて元総理大臣がわざわざ出張って来てるんだろう?

 ま、そんなこと俺が考えたってしょうがないんだけどね。


 つーか正直、今の俺はそれどころじゃない状況のはずだろう。

 来週には救芽井を賭けて久水家の当主さんと闘い、そこから一週間も経たないうちに、未知のプロジェクトと対決することになるわけだ。

 ――こんなハードスケジュールを、一介の高校生に丸投げしようというのかね。大人達は。


「……そういや『四郷』って、こないだ来た久水の友達に名前が似てないか? 場所も近いし、もしかしたら何か関係あるかもよ?」


 俺はどうにか気分を一つ変えたくて、そんな話題を口にしていた。久水家の別荘と距離も近いんだし、なにか関連はあると見てもいいんじゃなかろうか?


「四郷……そうやな、確かに。ていうかあの娘のこと、反応がどーたらこーたらとか言いよらんかった?」

「あっ――そうよ! そうだったわ! いろいろ厄介事ばっかりだったから忘れてたけど……あの四郷って娘、全然こっちのコンピュータに反応しなかったのよ!」


 矢村の言葉に呼応するかのように、救芽井は声を上げる。驚いたり怒ったり、いつもホントにお疲れさん……。


「故障じゃねーの?」

「最近用意したばかりの最新型よ!? それに、特定の反応だけに異常を起こすなんて有り得ないわよ!」

「じゃ、じゃあ、あの娘なんなん……!? まさか、お化けとか言わんといてよ〜!?」


 矢村は青ざめた顔で俺を見上げると、震える腕を俺の腰に絡めてきた。ふるふるという小さな振動が、微かに伝わって来る。

 こうして見ると、まるで小動物みたいだよなぁ。あの男勝りな彼女は、どこへ行ったんだ……?


「……って、なにドサクサに紛れて人の婚約者を誘惑してるのよっ! 龍太君に抱き着いていいのは私だけなんだからねっ!」


 すると救芽井までもが、別に怖がってるわけでもないのに、空いてる俺の腕に絡み付いて来る。二人とも、微妙に顔が赤いんだけど……屋内で熱中症でも拗らせたのか?

 ――つーか、マズイッ! ダブルマウンテンがッ! 石鎚山がッ! 俺の、俺の腕にィィッ!?


「……あら? なにかしら、これ」


 ――彼女のフェロモンと腕に当たる柔らかさに対し、理性を賭けて闘っていた俺。

 そこに全神経を集中させていたせいか、その時、足元に「あるモノ」が落ちていたことに全く気づけずにいた。

 ソレを、救芽井が拾ってしまうまでは。


 彼女の手にあるのは、蒼い一枚の花びら。

 これは……間違いない。昨日の四郷が着ていたワンピースに付いていた、花飾りから取れたものだろう。


「あぁ、それね。昨日、四郷に偶然会ってさ。その時に偶然付いたんだと思う」


 別に隠すようなことでもないし、俺は正直に教えてやった。

 ――ただ、それだけだったのだが。


「……なんですって?」

「いや、だから四郷に会ったんだってば。飛ばされてたアイツの帽子を取ってやった時に、それに付いてた花飾りから取れたヤツが、たまたまくっ付いてたんじゃねーかな」


 そこまで丁寧に説明したところで、何が悪かったのか、訝しげにこっちを睨んで来る救芽井。ちょ、俺がなにをしたってんだ!?


「……ふーん。アタシらと別れて帰る途中で、こないだ会ったばっかの女の子に、そんなことしよったんやなぁ……。きっと、すんごぉく仲良くなったんやろなぁ〜……?」


 待て。待て待て待て。なんで反対にいる矢村まで、尋問官みたいな面構えになってんの!? 俺、ちょっと助けてあげたってだけだよね!? 悪いこと何もしてないよねッ!?

 二人とも、どす黒い目で俺を見上げながら、怪しく口元を吊り上げる。いや、だからなんでこんな空気に――


「……どうしてかしら? 今日はちょっと、いつもよりビシバシ鍛えてあげたい気分ねぇ」

「……奇遇やなぁ〜。アタシも今日は、いつもの三倍くらいはみっちり勉強させた方がいい気がするんや。もう特訓三日目やし、龍太もそろそろ慣れてきたやろうしなぁ〜……?」


 ――ま、待て。待てよお二人さん。


 俺は全然そんな気分じゃないですよ? 三日目だからって慣れてなんかないですよ? むしろ、伊葉さんの説明が長引いたせいでエロゲーすら出来ず、心身ともに参っちゃってるんですけど?

 つーか、慣れる方がおかしいから。この状況も、何かが果てしなくおかしいからァ!?


「じゃあ今日は……」

「いつもの――三倍で行くで?」


 二人はやがて満面の笑みを浮かべ、俺を挟むように両腕を抱きしめる。「表」情で言うなら、まさしく天使のような清々しさを放っている……と言えるのかも知れない。


 ――ただし、「目」は笑っていない。

 まるで、真実だけを残酷に映し出す鏡のように。


 ……ここ、重要ッ……!

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