第42話 目が覚めたら、親御さんにご挨拶

 ……目の前が、なにかの膜に包まれている。まるで、棺桶にでも閉じ込められているかのように。


 これが――あの世、なんだろうか? こんな窮屈な場所だとは思ってもみなかったが。

 ていうか、やっぱ俺……死んだのかなぁ。なんか膜の向こうから、お出迎えが見えてきてるし。


「むお! 意識が戻ったようじゃのう!」


 ――あれ? ゴロマルさん?


 ゴロマルさんも、とうとう歳で亡くなられたのか? でも、その割には頭にわっかは付いてないし……。

 膜が広い範囲まであるから、ちょっと身を起こせば、彼の足がちゃんと付いていることもわかる。ゴロマルさんは、まだ生きている……?


 じゃあ、何で死んだはずの俺が見えるんだ? ――ハッ! まさかこのミニマムじーさん、霊能者だったのか!


「ジッとしておれ。今出してやるからの」


 ゴロマルさんは妙に嬉しそうな表情で、俺から見えない場所から、なにかの操作を始めた。おい、何する気だよゴロマルさん!

 ――まさか、成仏させる気なのかよ!? ふ、ふざけんな! せっかく幽霊になったんだぞ、あの世に行く前にいろいろとやりたいことがあるんだっちゅーに!

 女風呂とか、女風呂とか、女風呂とかッ!


「女風呂とかァァァァッ!」


 俺は謎の膜が扉のように開かれた瞬間、焦りと憤りを帯びて立ち上がる!


「ぬおぉう!? お前さん何の夢を見とったんじゃあ!?」


 未練のあまり絶叫する俺に、ゴロマルさんは思わず、すっ転んでしまう。コロコロとボールみたいに転がっていく、齢六十代の老人。シュールだ……。

 ――いや待て。なんで俺は今、足が付いてるんだ? よくよく見てみると、ゴロマルさんのみならず、俺まで両の足が健在だったのだ。

 もしかして、足が付いてる代わりに天使のわっかが……! ……なかった。頭の辺りをまさぐって見たが、どこにもそれらしいドーナツ形は見当たらない。


 ……え? 何? どゆこと?

 天使のわっかはないし、足はちゃんと付いてるし――何より、いつの間にかメディックシステムのカプセルの上に立ってるし。


 あれ? もしかして俺……死んでない?


「全く……元気になったかと思えば、いきなりたまげさせるとはのぅ」

「ゴロマルさん、俺――生き、てんの?」

「心配いらん。足は付いとるじゃろう? ――よく、生き延びたな」


 俯いて、自分の両足の存在を確かめる。確かに、俺の足だ。

 ……俺は、結局助かったのか。辺りを見渡すと、ここが救芽井家の地下室だということがわかる。

 あのあと、ゴロマルさんがここまで連れ出してくれたんだろうな。それで、俺をこのメディックシステムに入れてくれた、と。

 俺を助けたんなら、きっと救芽井や矢村も保護してくれてるとは思うが……。


「なぁゴロマルさ――あぅっ!?」


 「自分が助かった」。その安堵感によるものだろう。急に腰がガクッと下がり、扉が開きっぱなしのメディックシステムの上にへたりこんでしまった。


「……はは、なんだよも〜。ヒーローらしく、カッコよく臨終したのかと思ってたわ」

「格好のよい臨終なんて、ありはせん。死ぬときは、みんな同じじゃよ」


 ゴロマルさんの言うことも尤もだな……。つーか、メディックシステムってホントに便利だな。医者いらずじゃないか。


「――お前さんを生かすために、辺り一帯が半日間停電になったのはナイショじゃぞ」


 ……って、相変わらず電気使い過ぎだろッ!? 道理でこんな便利な機械を普及しないわけだ……。

 一般家庭の皆様、割とマジでごめんなさい!


「――それより、古我知さんはどうなったんだ? それに、救芽井と矢村は?」

「剣一なら、すでに捕縛済みじゃよ。樋稟と賀織ちゃんは、暖かい部屋で休ませておる。二人とも真冬の採石場まで連れ去られて、体力を消耗しておったからのぅ」


 ゴロマルさんは俺に背を向けたまま、何かしらのコンピュータをいじり回している。近くに「救済の先駆者」の「腕輪型着鎧装置」があるところを見ると、どうやら修理中みたいだな。

 ……まぁ、あんな無茶苦茶な戦い方してた上に、自動で着鎧甲冑が外れる機能が止まってたんだ。きちんと修理しなきゃ危ないだろう。しかし、「呪詛の伝導者」の「腕輪型着鎧装置」まで一緒に修理されてるのはどういうことなんだ……?


 なんにせよ、救芽井と矢村も無事だったのか……よかったよかった。古我知さんはもう捕まってる、とのことだが――警察に引き渡すのはマズいんじゃないのか?


「それから、剣一はこちらで身柄を拘束し、アメリカにある救芽井研究所まで連行してから、処分を検討することになったわい。日本の警察に任せようものなら、着鎧甲冑そのものがオジャンになりかねんからのぅ。それと、『解放の先導者』のプラント等も接収の手筈を整えておる。クリスマスが終わる頃には、全て綺麗サッパリ、じゃよ」


 ……あ、そういうことね。ていうか、救芽井ん家ってアメリカにあったのか。

 確かに救芽井は海外の大学にいたって言うし、もうその頃には向こうに住んでたんだろうな。それで古我知さんを追い掛けて、日本まで来てた、と。つまるところ、帰国子女ってヤツだったわけか。


「ほう、目が覚めたのか。一煉寺龍太君」

「うぃ!?」


 ――その時、どこからともなく聞き慣れない声が聞こえてきて、思わず仰天してしまう。だ、だだ、誰だ!? なんで俺の名前を……!


 慌てて声の出所へ目を向けると――そこには、あの時、古我知さんのカプセルで眠らされていた夫婦……そう、救芽井の両親が立っていたのだ。


「あ……!」

「話は全て父上から伺ったが、こうして顔を合わせるのは初めてになるな。着鎧甲冑の開発者・救芽井甲侍郎きゅうめいこうじろうだ」

「あなたが、樋稟の王子様ですのね。私は彼の助手であり妻でもある、救芽井華稟きゅうめいかりんです。あなたには、娘がお世話になりましたわ」


 父は厳格に、母はにこやかに。二人揃って俺に自己紹介をしてきた。

 ……うへぇ、眠ってる時もさることながら、こうして意識がある状態で向き合うと、もうこれだけで「品位の違い」を見せ付けられてる感じがするなぁ……。


「……あー、ども。一煉寺龍太っす。えーと、こちらこそ、娘さんにはお世話になりました〜……」


 そんな劣等感をブチ込まれてる俺に、まともな礼儀で応えるなんて出来るはずもなく。いかにも庶民って感じの挨拶を返してしまった。

 ぐへぇ、なんか超恥ずかしい! 普通に受け答えしてるはずなのにっ!


「――君のことは、さっき言ったように全て聞いている。私達を、樋稟を、着鎧甲冑を救ってくれたことに……礼を言いたい。ありがとう」


 俺がうまく挨拶を返せなかったと勝手に身もだえている間に、救芽井のお父さん――甲侍郎さんが、いきなり頭を下げてきた。


「えぇえ!? ちょ、甲侍郎さん!?」


 当たり前だが、俺は年上のオッサンに頭を下げられたことなんてそうそうない。なので気の利いた台詞が思い浮かばず、狼狽してしまう。


「……私は、間違いを犯したつもりはなかった。着鎧甲冑は、人々を救うためにこそあり、兵器として運用されるようなことがあってはならない――そう断じてきた」


 頭を下げた状態のまま、甲侍郎さんは文字通り目を伏せた格好で話しはじめる。

 俺は「どうすりゃいいんですか?」と華稟さんに視線で助けを求める……が、彼女は「うふふ」とうやうやしく微笑むばかりで、俺の意図に気づく気配がまるでない。


「だが、それは所詮「私個人の独断」でしかなかったのだ。その結果として、着鎧甲冑の未来を憂いた剣一は暴走してしまった。そして樋稟が、父上が、そして君達のいるこの町が巻き込まれ――誰もが望まぬ戦いを、強いられていた……」

「こ、甲侍郎さん……」


「――下手をすれば、「着鎧甲冑」という存在そのものが、救うべき人々を脅かしていく時代が訪れていたやも知れん。君は……そんな危機に晒されたこの世界を、救ってくれた。星の数ほどの礼を並べても、足りはしないだろうな」

「世界って……いくらなんでも飛躍しすぎですよ。俺はんな大層なコト、しちゃいませんから」


 甲侍郎さんの過大評価に、思わず俺は苦笑い。人間一人を張っ倒したくらいで「世界を救った」だなんて、世界観広がりすぎでしょうに。


「飛躍などしておらん。予想されていた最悪の未来が、覆されたということなのだからな」

「本当に素晴らしいですわ。あの娘が夢中になるはずです。義理の母として、誇りに思いますよ」


 ――「義理の母」? 華稟さんは何を言ってるんだ?

 俺が首を傾げていると、甲侍郎さんがゴホン、と咳ばらいして俺に歩み寄って来た。あれ、なんかお礼言われてる空気だったはずなのに、急に雰囲気が変わったぞ。

 ……なんか、責められようとしてる感じが……。


「ところで一煉寺君。君は……娘の裸を見たそうだね」

「ブフッ!」


 尋問官みたいな形相で迫る、甲侍郎さんの第一声が、それだった。思わず俺は後ずさり、彼が娘のことですんごく怒ってると悟る。


「心が通じ合う前の段階……どころか、まさか出会い頭に樋稟の裸身を凝視するとはな……!」

「い、いやいや! だってアレは不可抗力――」

「その上あの娘を押し倒し、純潔まで奪い去ろうとしていたとか!」

「それは脚色だーッ!」


 なに吹き込んでんだゴロマルさんゴルァッ! 遠く離れた場所でコーヒー啜ってマイルド風味が香ばしいブレイクタイム満喫してんじゃねーッ!


「なんだと!? それでは君は、裸すら見ない状態から即座に純潔を狙ったというのか!? なんとマニアックな……!」

「脚色してんのは裸か否かなの!? 残念だったな、俺の性癖は至ってノーマルだよ!」


 何が残念かはこの際置いといて、捏造された事柄で責め立てられるのはごめんだ。なんとか事故だったことをわかってもらいたいもんだけど……。


「――確かに、最近の若者の性的価値観を鑑みれば、そういう話も珍しくはないかも知れん」

「脱がす前に犯そうとする若者なんて日本じゃごく少数だろ……」

「だがしかし!」

「駄菓子菓子!? うまい棒でも欲しいのか……?」


 お菓子を要求したり性的事故に憤慨したり、忙しい人だな……。


「私の娘だけは、そのような爛れた世界に踏み入れさせるわけにはいかぬ!」


 俺の前に仁王立ちして、彼は「娘は渡さん!」とでも言い出しそうなオーラを発現させた。やべぇ、完全にキレてるぞコレは……。


「普通なら、君を強制猥褻の疑いで警察に処分を依頼したいところなのだがな」

「だ、だから待ってくださいよ! こないだのアレは事故だったんです!」

「それも父上から聞き及んでいる。それに、君には先程話した分の大恩もある」


 怒りを噛み殺したような表情で、甲侍郎さんは俺を凝視する。例の功績と裸の件とでプラマイゼロ――になってくれれば助かるんだけど……?


「そこで、君に責任を取ってもらう形で、この件に決着を付けることにしたのだ」

「せ……責任?」


「その通り。一煉寺龍太君、君に命ずる。――樋稟と結婚し、我が救芽井家の婿養子となれ」


 有無を言わせぬその口調に、偽りやからかいの色はない。真正面から放たれた、真実の声色だった。


 ――って、ぬぁあぁああ!?


「聞くところによると、君は次男だそうだな。長男ではないなら、婿に取っても文句はあるまい」

「ちょちょちょ、ちょっと待ったァ!」

「む、なんだ? まさか華稟にも劣らぬ樋稟の美貌に、不満があるとでも抜かすつもりかね」

「あらあなたったら、お上手なんですから」

「のろけてないで俺の話も聞いてください!」


 俺はメディックシステムから降りて床に立つと、自分でもわかるくらい顔を赤くして反論する。


「見たモンは見ちゃったし、責任を取るってのはわかりますけども! そんな、いきなり結婚なんて……!」

「なら牢屋行きを望むかね? 君に残された選択肢は二つだ。樋稟と支え合う人生を選ぶか、冷たい牢屋の中で生涯を閉じるか!」

「強制猥褻で終身刑!?」


 この人一体、俺が救芽井にどんなヤバいことしたと思い込んでんだ!?


「おーいゴロマルさん! そろそろ龍太が起きる頃じゃ――って、おぉ! 龍太!」


 俺がある意味、人生最大級の選択を強いられていたその時、まさかの助っ人が現れた。……兄貴だ。


「あ、兄貴!」


 この地下室まで繋がっている階段を下って来ていた兄貴は、俺を見下ろした途端にテンションを爆発させる。


「くはーッ! おいおいもー、水臭いぜゴロマルさん! 龍太が起きたなら起きたって、キチンと連絡入れてくんないと!」

「すまんのぅ、なにせ甲侍郎と華稟が一番に挨拶したがっておったんでな。それに、龍太自身も目覚めたばかりで、いわば病み上がりなんじゃ」


 ――どうやら兄貴も含め、みんな無事に事件を乗り切れたみたいだな。……本当に、よかった。

 救芽井の両親二人もなんとか助かったし、一応「平和が戻った」って感じなんだろうな、コレは。


「へへへ、そうかそうか! なんにせよめでたいなぁ! お〜い、樋稟ちゃん賀織ちゃん! 龍太のバカが目ぇ覚ましたみたいだぜー!」


 兄貴は俺の回復を知らせようと、上の階にいるらしい救芽井と矢村を呼びに行ってしまう。ああいう俺絡みで忙しくなるところを見ると、いつも通りで安心するよ。


 そして――


「へ、変態君……ッ!」

「りゅ、龍太……龍太ァ……!」


 二人の姫君が、感極まった表情で舞い降りて来た。魔法が解ける前に、王子様のもとへと向かおうとするシンデレラのように。

 どちらも目に一杯涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔をしている。いつもは毅然だったり活発だったりする彼女達が、そんな顔をしているのは、ひとえに俺のせいなのだろう。


 だが悲しいことに、異性とのコミュニケーション経験に欠ける俺には、こういう時の気遣い方がわからない。王子様には、程遠いのだ。


 ――なので、ここは手探り感覚で返事をすることにしようと思う。これ以上心配を掛けないように、もう大丈夫だと伝わるように。


 だから。


「えーと、ゴホン。……おはようございまーす! 一煉寺龍太君、復活ですよーう!」


 精一杯、バカみたいに笑顔で。

 俺はシンプルに、そう応えていた。

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