第8話 こんなデートは絶対おかしいよ

 夕べ、火災が起きていたという商店街。その現場には、警察やら野次馬やらがあちこちうろついていた。


 俺は若干黒焦げになってしまった建物を見上げつつ、真剣な眼差しでそれを眺める救芽井の様子を、チラチラと横目で伺う。

 ブスッとした表情で腕を組む彼女の手首には、一晩で修理を終えていた「腕輪型着鎧装置」がある。ホッ、どうやら簡単に直ったみたいで一安心だ。俺のせいで使い物にならなくなったりしたら、コトだもんな。


「くっ……『技術の解放を望む者達』……!」


 苦虫を噛み潰したような顔で、彼女は建物から目を離さない。自分が解決させた後のことが気になって、ここに来たんだろうなぁ。


 昨日の夜中に起きた火災で、噂のスーパーヒロイン――つまり彼女が着鎧する「救済の先駆者」が活躍していたことは、今朝の朝刊にしっかり取り上げられていた。

 「巷で噂のスーパーヒロイン、またまた大活躍!」……という見出しはもう見慣れたつもりでいたのだが、今になって読んでみると、友達が新聞に載ったかのような感慨深さを感じてしまう。いや、別に彼女とは仲良くないんだけどね。それどころか――


「ちょ、なにジロジロ見てるのよ! こんなところで、いやらしいわよ変態君!」


 ――ご覧の有様だし。


 道行く人々の雑談に耳を傾けてみれば、皆口々に救芽井のことを噂してるのがわかる。まさか巷で噂のスーパーヒロインが、俺の隣でイラついてるアブない美少女だとは夢にも思うまい……。

 頭脳明晰、容姿端麗、身体能力抜群……なのは確かなんだし、その辺が完璧なのはわかるんだけど――ただ性格が、ちょっとね。

 救芽井は胸を両腕で隠しながら、キツい視線を送って来る。俺が胸をガン見してると思ってるらしい。おいおい、確かにけしからんおっぱいなのは認めるが、そこまでしなくたって見えるわけないだろうが……。

 しかし、コートの上からでもわかる程の大きさとは……思わず腕を上げ下げして「おっぱい! おっぱい!」と歓喜したくなりそうだ。


「全く……。もう、行くわよ! 迷子になっても知らないからっ!」


 俺に見られてることが堪えられないのか、彼女はいきなり速いペースで歩き出してしまった。ちょっと待て、自分から離れるなとか言っといて、それはないんじゃないの?

 救芽井は置いてけぼりな俺を放置して、ツカツカと先へ進んでいく。クリスマス前で賑わってる今の商店街は、人通りが多い。このままじゃあ彼女の言う通り、はぐれて迷子になっちまう!


「なにあの娘? めっちゃ可愛くね?」

「どっかのアイドルかしら?」


 一人で歩き回る絶世の美少女は、この小さな田舎町にはあまりにも場違いだ。当然ながら、周囲の目を惹きつけてしまう。あちこちからどよめきや囁き声が聞こえてくるのも、まあ仕方ないっちゃ仕方ない。

 ……あ、なんかチャラそうな男が絡んで来た――って思ったら裏拳一発でノックアウト。救芽井さん、マジパネェっす……。


「ちょ、待ってくれよぉ!」


 俺は火事の跡を一瞬見遣ってから、すぐさま好き放題闊歩する彼女を追い掛けた。


 ――追い掛けたのだが。


「見失っちゃいました……」


 はい、終了。


 ……って、人通りの多い時期に一人で飛び出すとか無情過ぎるだろッ! どうやって探すんだ? この状況……。


「お? 龍太君じゃないかい。お兄さんは元気でやっとるかえ?」

「魚屋のおばちゃん、緑のコート着た女の子見なかった?」

「うんにゃ、あたしゃ見とらんなぁ」


 商店街の顔見知りに聞いてみても、結果はサッパリ。ああもう、どんだけ人を面倒事に巻き込みゃ気が済むんだか!


「小さい町だから、いつもなら人通りなんてあってないようなものなのに。よりによってこの時期にとは……恐ろしい間の悪さだな」


 この場に彼女がいないのをいいことに、俺は思いっ切りため息をつく。商店街に来る途中、昨日の散々な扱いに辟易していて「朝から辛気臭い顔しないッ!」と平手打ちを貰ったことがあるからな。今ぐらい(精神的に)一息ついてもバチは当たるまい。

 ……そういえば、救芽井はどこに行こうとしてたんだ?

 ふと、それが気になって、彼女が向かっていた方向を見つめていると――


 ――ぬいぐるみ屋が目に入った。

 まさか、あそこに行きたかったとか? 町の平和を守る、正義の味方が?


 いやいや、ないない! だって、あの生真面目スパルタおっぱい星人だぞ!? それに、今日は商店街の「パトロール」だって本人も言ってたし!

 ……でも、もしかしたら、ついでに見て行きたかったのかも知れないな。それに、二学期の終わりにこっちに引っ越してきたんだから、この町をよく知らないはず。ひょっとしたら、パトロールを兼ねて、この辺りを散歩してみたかったんじゃあ……?

 正義の味方だろうとボインちゃんだろうと、俺と同じ年頃の女の子には違いないんだろうし。うーん、わからなくなってきたぞ。


 ――あれ? ちょっと待てよ……。


 あの娘って、この町に来て日が浅いはず。

 最近来たんだから、この時期は人通りがやたら多いってことも、多分知らない。

 地元の人間(ここでは俺)と離れて、単独行動。


 そして、なかなか帰ってこない。


 ……。


 もしかしたら……いや、多分そうだ。

 俺は迷わず、商店街の近くのとある場所へ向かった。救芽井がそこにいる、と確信して。


 ◇


 その確信は、やはり的中していた。

 商店街の傍にある、小さな交番。そこには、真っ赤な顔で俯くスーパーヒロインの姿があったのだ。


「お、おそ、遅いわよ変態君! 迷子になってたらどうしようって心配してたのよッ!?」

「あー……いや、どの口が言うんだ?」


 ろくにこの町を知らない奴が、知ってる奴のもとを離れて、人通りの多い時期にうろついてたら、そりゃ迷うわッ!

 当の迷子の子猫ちゃんは、さも自分は迷ってなんかいないと言わんばかりに、ふくよかな胸を張ってるし……おぉ、揺れてる揺れてる。

 ゴ、ゴホン。とりあえず、目の保養にはなったし、今回のところは大目に見てやるか。知らない町での暮らしで、不自由が多いのは仕方ないんだし。


「お、迎えの人かい? ……って、龍太君じゃないか! お兄さんは元気にしてるかい?」

「あ、どうも。ええ、今頃は就活でバタバタしてるでしょうね」

「ハッハッハ! 出来れば龍亮りゅうすけ君にも警察になってもらいたいなぁ! なにしろ、交番勤務は大変でねぇ。とにかく人手が欲しいんだよ」

「兄ですか? あいつはわりかしフリーダムですから、多分向いてないですよ」


 迷子になっていた救芽井を預かってくれていたのは、顔見知りの若いお巡りさんだった。松霧町自体が小さな町だから、俺はここの知り合いが結構多い。ゴロマルさんと知り合ったのも、彼ら一家がこの町に引っ越してきてすぐのことだった。救芽井と会ったのは昨日が初めてだが。


「そうかぁ……にしても、君も隅に置けなくなったねぇ! こんな超プリティな彼女捕まえるなんて!」

「ちょ、声が大きいですって! それに彼女じゃ――」


「断ッッッじて違いますッ! 誰がこんなドッ変態君ッ!」


 軽く冷やかすお巡りさんを止めようとした時。これ以上は生物学的に不可能というくらいに、顔を真っ赤にした救芽井の怒号が、俺達二人の鼓膜に突き刺さる! キーンと来る聴覚の痛みに、俺もお巡りさんも思わず尻餅をついた。

 ひぎぃ、ついに「ド変態」にランクアップかよぅ……。


「か、彼女じゃない? それじゃあ誰だい? こんな綺麗な娘、なかなかいないし……」

「ただのご近所さんですよぉ……!」


 耳を抑えながら、俺は消え入りそうな声で必死に弁明する。


 敢えて、「最近引っ越してきたお隣りさん」とは言わない。口にすれば、例の迷惑発光の元凶と知られ、彼女がクレームを受けてしまうからだ。夕べ、俺がそうしたように。

 そうなれば、「変態」からの脱却が不可能になってしまうだろう。彼女達の都合上、光を止めることは出来ないし、それならクレームの末に、町を追い出されることになりかねない。

 発光に悩まされることはなくなるが、嫌われたままで別れるのは後味が悪すぎる。そんなの、俺は絶対に嫌だ。

 だからこそ、俺は彼女に応えなきゃいけない。どうせ近所付き合いするんなら、仲良しな方がいいに決まってるんだから。


「そ、そうか……ちょっと残念だよ……」

「なにがですか、もうッ……!」


 聴覚をやられ、悶絶必至な俺達。その様子を、救芽井は拗ねた顔で見下ろしていた。


「し、信じられない! 何が彼女よ……もうッ! とにかく、さっさと行くわよ変態君ッ!」


 彼女は俺の腕を引っつかみ、ズルズルと引きずっていく。俺は強制連行されつつ、既にグロッキーだったお巡りさんに別れを告げた。


 それから商店街に戻ってきた救芽井は、またも同じ方向へ向かおうとしていた。彼女の目線を追っていると、やはりぬいぐるみ屋に注目しているのがわかる。

 やっぱり女の子だなぁ……。


「な、なによ?」


 いつの間にか、彼女の顔をまじまじと見ていたらしい。俺はそそくさと視線を正面に戻し、話題を出すことにした。


「何でも。それより、さっきの焼け跡以外にどこを『パトロール』するんだ?」

「う……!」


 俺が振った質問に、彼女は言葉を詰まらせた。ははーん、さては真面目な「パトロール」は、火事現場のことくらいだったんだな。「ついで」どころか、散歩の方もかなり重要だったらしい。


「……あ。そういえば、あんたってあんまりこの辺には来たことないのか?」

「しょ、しょうがないでしょ!? 出動時以外は、専ら地下室で訓練してるだけだったんだし……」


 ちょっとかわいそうな気がしたので、別の質問にしてみる。すると、今度は割とまともな答えが返ってきた。

 ――なるほど、あの薄暗い部屋にねぇ。道理で、お隣りさんなのに昨日まで一度も顔を会わさなかったわけだ。

 にしても、この反応……よっぽど、迷子になったことを気にしてるんだな。同じ失敗をしたくないのか、微妙に俺の袖を掴んでるのがわかる。

 でも、プライドに障るのかしっかりとは掴んでない。指先で、ちょいと摘んでる感じだ。

 表情も、「仕方なくよ、仕方なく!」といいたげ。見ていて、正直めちゃくちゃじれったい。


「だーもう、まどろっこしいなぁ」


 俺は間の抜けた声で、一瞬彼女の摘んでいる手を払い――その手をしっかりと掴んだ。


「き、きゃあっ!? なにするのよ変態君ッ!」

「――ぬいぐるみ屋!」

「……え?」

「行きたいんだろ? 一緒に見てやるから……離すな」


 怒られるのは覚悟してたけど、やっぱりハッキリと言ってしまった方が気分がいい。救芽井はボッと顔を赤くして抵抗していたものの、やがてシュルシュルと大人しくなり、俺の言葉に小さく頷くようになった。

 よ、よかったぁ〜……。これで「はぁ? なに勘違いしてんの?」とか言われたらトラウマもんだったわ。まぁ、それなりに確信はあったんだけどね。


 その後、ガラス張りの奥に陳列された、可愛らしいウサギやクマのぬいぐるみに夢中になる彼女の姿は、かなり意外だった。

 その様子は、無邪気にぬいぐるみと戯れたがる、小学生の女の子と大差ない。いつもの強張った顔とは全く違う、なんだか「自然」な感じの笑顔を見ることが出来た。


 ――そういえば、救芽井の笑顔なんて初めて見たな……。スッゴく可愛いし、綺麗だ。改めて、彼女がアイドル顔負けの美少女なんだって事実を思い知らされる。


「ねぇ、変態君」


 嬉々とした面持ちで、救芽井が話し掛けて来る。笑顔で変態呼ばわりは、なんか今まで以上に突き刺さる……。


「な、なんだよ?」

「ぬいぐるみ、どれがいいって思う?」

「はっ?」


 妙な質問に目を丸くする俺に対し、救芽井はフッと微笑んだ。なんだこの笑顔。天使か?


「今日買うぬいぐるみ。ご褒美に選ばせてあげるわ」

「なん……だと」


 マズい! 俺はぬいぐるみを選別するスキルなんてカケラも持ち合わせていないというのに!

 し、しかしここで失敗したら、「変態」呼ばわりの汚名返上が遠退いてしまうッ……!


「うーん、参ったな……俺、人形なんてちんぷんかんぷんだし」

「別に何でもいいわよ。あなたが可愛いって思うものを選んで」

「そ、そうか? だったら――」


 直感で、行くしかない。

 俺は腹を括り、一番それっぽいのを指差した。


「――この、緑のリボンのウサギ、かな」


 俺が選んだぬいぐるみ。

 それは、耳の辺りに大きな緑色のリボンを付けた、デカいウサギだった。二匹の同じようなウサギが、さながら兄弟のようにぴったりと寄り添っている。


「あ、ホントだ! これ可愛いっ!」


 救芽井は昨日までとは想像もつかないテンションで喜び、ガラスをバンバンと叩く。おい、可愛いのはわかったから落ち着きなさい!


「でも、どうしてこれがいいの?」


 彼女はようやく叩くのをやめたかと思うと、今度は真ん丸な瞳で俺を見上げて尋ねてきた。あの鋭い眼光はどこへ!?


「ん……このウサギの白がさ、なんかあんたの肌みたいで綺麗に映ったんだ。それに、リボンが緑なのも『救済の先駆者』っぽくていいだろう?」


 と、俺はつい思ったままの理由を述べてしまった。

 ――あああ、マズい! マズいぞ! リボンはともかく、「肌」はマズい! イケメンならまだしも、ブサメン予備軍の俺がそんなこと口走ったら犯罪にしかならない! 「ド変態」からのさらなるランクアップがきちゃうううう!


「〜〜っ!」


 救芽井は目をさらに丸くして、赤い顔のまま俯いてしまった。声にならない叫び声を上げて。


「あ……」


 そして、なにかを言おうと口を開いた!

 いやあああ! やめてえええ! 変態以上なのはわかったから、もう何も言わないでええええッ!


 そして、俺が耳を塞ごうとした時――


「……ありがと」


 ――信じがたい台詞を、彼女は言い放っていた。


 ◇


 その後、俺達は買ったぬいぐるみを抱えて昼間には帰路についていたのだが、その間一言も言葉を交わさなかった。

 行きの時は、昨日のボロ負けのことでガミガミ怒られながらも、いろいろなことを教えてくれていたのだが。


 ――彼女によれば、商店街の火災も「技術の解放を望む者達」の仕業らしい。俺は拝見する前に気絶してしまったのだが、「解放の先導者」には火炎放射器まで組み込まれているのだとか。恐ろし過ぎる……。

 救芽井は顔を赤くして目を合わせてくれないので、俺はこうして会話が出来ない代わりに、今朝の話題を思い起こして帰るまでの時間を潰すしかなかった。


 にしても、あの火事が「技術の解放を望む者達」の仕組んだことだったとはね……。死人も怪我人も出なかったから良かったものの、こりゃあ大変なことになってきたもんだ。

 救芽井が言うには、人殺しを目的としない「技術の解放を望む者達」が火事を起こしたのは、「救済の先駆者」をおびき寄せて、運動能力のデータを調べるのが目的だった……という可能性が高いらしい。向こうは、救芽井が死人を出さないようにすることも計算済みだったってことか。

 それに「偶然、火が油に引火した」と思わせるように火炎放射器を使えば、「解放の先導者」の存在を知らない人々は「放火」だとは思わない。だから、仮に死人が出たとしても「技術の解放を望む者達」が世間に取り沙汰されることもない。

 ――なんとも、セコいことをするもんだなぁ。さすが悪の秘密結社(ただし人間は一人だけ)。


 ところで、そういうハードな話を朝っぱらからする救芽井だったけど、蓋を開けてみれば結構女の子らしいところもあるじゃないか。

 ちゃんと彼女の事情に付き合ってあげれば、なんとかなるかも知れないな。


 そんな淡い期待を抱いていると、救芽井家が見えてきた。さぁて! ぬいぐるみを家に運んだら、俺はいい加減勉強しないと!「救済の先駆者」の訓練も大事だが、それにうつつを抜かして入試に落ちたくもないからな。


 ――って、あれ? 俺ん家の前に、誰かいる……。


 よく見てみると、救芽井家の隣にある俺の家に、人影が見えていた。兄貴か? でも、今は就職の説明会に行ってる頃だし……郵便にも見えないな。あのシルエット――女の子?


 ――あ、なんか見つかった。つーか、こっちに走ってきた。


「一煉寺!? あんた何しとん?」


 俺の姿を見つけるなり、息せき切らして走ってきた彼女は……俺の顔見知りだった。


「へ、変態君? この娘――誰?」


 いきなり登場してきた第三者に、救芽井はかなりテンパっている。彼女の口から飛び出してきた「変態」というワードに眉を潜めつつ、例の女の子は俺に詰め寄ってきた。


「い、一煉寺! あんた受験やのに、何をほっつき歩いとんや! あと、『変態』って何や!? この娘、誰やっ!?」


 あー……まさか、この期に及んで、この娘に見られるとはぁ。めんどくさいことになってきやがったなぁ……トホホ。


 ――この女の子の名前は、矢村賀織やむらかおり

 俺のクラスメートにして、唯一の「女友達」だ。


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