第5話 空気は読まないスタイル
公園を舞台にした、無駄に壮大な決闘。
最初に仕掛けたのは、救芽井の方だった。
「はああああッ!」
地を蹴って駆け出す彼女は矢のように襲い掛かる――けど。
「おお、よく見える見える」
感心するような声を上げる古我知さんに、あっさりと投げ飛ばされてしまった。
「あううっ!?」
巴投げを喰らってブランコにぶつけられる「救済の先駆者」。あぁ、子供達の憩いの場が見るも無残な姿にぃ……。
――それにしても、「見える見える」って……古我知さんは何が見えたっていうんだ? 救芽井のぱんつか?
確かにそれは、この季節にミニスカを履いていた彼女の自己責任だとは思うが、覗きなんて分別のないことをいい大人がするなんて――
「君の対『解放の先導者』用格闘術のデータは全て、この『呪詛の伝導者』にインプットされてるからね。君の動きは僅かなモーションだけでも完璧に見切れるのさ」
――あ、なんか違うっぽい。思ったより真面目なものを見ていたようで、なんだか申し訳ないなぁ。
考えてみれば、そもそも今の救芽井は変身してるんだから、どんなに頑張ったアングルでもぱんつは見えないはずだ。うーん、知らない間に煩悩が渦巻いていたようだ。
そうやって俺が一人で悶々としてる間に、救芽井が起き上がってきた。ブランコの鉄柱の部分にぶつかっていたから、さぞかし痛かっただろうに……。
「やりますね。でも、まだまだこれからです!」
あら。なんだか平気でいらっしゃるみたい。着鎧甲冑ってずいぶん頑丈なんだな……。
「もう諦めたら? 大人しく『救済の先駆者』を捨ててくれれば、怪我させずに済むんだけどなぁ」
「ふざけないでッ! お父様達の願いを――そんなことのためにッ!」
「やれやれ……強情っ張りなのは親子そっくりだね」
古我知さんはため息混じりに、腰からピストルを引き抜いた。おいおい、こんなところで発砲する気かよ!?
「させないッ!」
ピストルを使わせまいと、救芽井は再び「呪詛の伝導者」に襲い掛かる。心なしか、「銃声を上げられては困る」と慌てているようにも見えた。
「だよね〜……僕も使いたくないなッ!」
すると、古我知さんの方も――駆け出したッ!?
「――ッ!?」
銃を撃つのかと思いきや、そのまま突進してきた相手に動揺したのか、救芽井はピタッと動きを止めてしまう。その一瞬の隙を突いて、古我知さんは持っていたピストルの銃身で彼女を殴りつけた。うわぁ痛い!
「あううッ!」
救芽井は思わぬカウンターを喰らい、地べたにたたき付けられてしまう。ちょちょ、これってかなりマズイ状況なんじゃないか!?
「ようやく大人しくなってくれたね。さ、お父様とお母様のところに行こうか」
倒れた彼女の頭を踏み付けている古我知さんが、挑発的に笑っているのがわかる。顔こそ見えないが、声が物凄く得意げになっていたからだ。「どや顔」ならぬ「どや声」か。
「くッ……! お父様達に怪我はさせていないでしょうね!?」
「もちろん。それに、記憶も消去していないねぇ。なにせ、まだ着鎧甲冑の全データを教えてもらってないから」
「私達は、あなたなんかに負けない……! 着鎧甲冑のテクノロジーを、兵器になんて使わせないッ!」
「わかってないねぇ、樋稟ちゃんは。この力を売り出せば、儲かるなんてものじゃない。世界の歴史に名を残すことだって出来るかもしれないんだよ? 世界中の機動隊やレスキュー隊に採用してもらって、配備してもらうだなんて味気ないとは思わないのかい?」
古我知さんはグリグリと救芽井の頭を踏みにじりながら、なにやら難しいことを詰問している。おぉ……まるで意味がわからんぞ。
「ううっ――名を残す、なんて夢想家もいいところです! 兵器の歴史に残る名前なんて、私はイヤッ! お父様も、お母様も、おじいちゃんも、人を救うためにコレを造ったんだからッ!」
悲痛な叫び声を上げる救芽井。く、なんだか放っておけない事態になってきてない? 俺の良心という名の緊急警報が作動中なんですけど……。
「家族思いだねぇ……感動しちゃったよ、僕。じゃあ、せめて家族全員の記憶を均等に消してあげるよ。君だけがかすかに覚えていて、周りが君を忘れてる、なんて嫌だろう?」
「イ、イヤァァァッ! そんなの、そんなのダメェェッ……!」
記憶を消す、という脅し文句が効いたのか、救芽井はかなり怯えている様子だった。「家族全員」てのが痛いんだろうな……きっと。
それにしても「記憶を消す」……ねぇ。こんな状況じゃなきゃ、冗談だと笑い飛ばせるんだけど……。
「大丈夫大丈夫。全てが終わった頃には、僕は世界的な兵器開発者として歴史に名を残し、君達一家は『盗作』を企てた連中として刑務所の牢屋行きさ」
諭すような口調で話す古我知さんは、戦意を喪失したのかグッタリしている救芽井の頭を掴み上げ、彼女の顔を覗き込む。
「――じゃあ、行こうか。僕の、着鎧甲冑の成功のために」
そして、その一言と共に彼は救芽井を抱えてその場から立ち去――
「あー、ちょっとちょっと!」
――るってところで、やってしまいましたよ。俺。
明らかに場違いな空気で、俺は道を尋ねるかのようなノリで古我知さんに話し掛けていた。向こうは二人とも俺を前にして固まっている。
たった今、ゴロマルさんを言い付けを思い出した俺も俺だけどさ……そんなにビックリしなくたっていいじゃないか。だってほら、ちょっと出遅れたらあのままゲームオーバーになってたような気がするし。
「……え? 変態……君?」
「だぁーくぁーるぁ! 俺は変態じゃないんだって! いい加減勘弁してもらえないかね!」
あーもう、開口一番に変態呼ばわりとは血も涙もないな! 全く、ちょっとかわいそうだったから、助けてやろうって思ったらこれなんだから!
……って、今はそこじゃないっ!
「それからあんた! 古我知さんだっけ? さっきから黙って聞いてりゃあ、勝手なことばかり口走りやがって! 手柄の横取りなんてお兄さん許しませんよ! ――多分俺の方が年下だけども!」
ビシィッ! と「呪詛の伝導者」の厳ついボディを指差し、俺は無謀にも啖呵を切る。マスクを付けてるせいで表情は見えないけど、多分両方とも「お前は何を言ってるんだ」みたいな顔してるんだろうなぁ……。
しょうがないでしょ!? カッコイイ登場の仕方なんて「咄嗟」には考えつかないんだから!
「……君は、樋稟ちゃんの知り合いかい?」
ドスの効いた低い声で、古我知さんが質問してくる。や、やべぇ、超こえぇ!
「お、おうとも! 早くその娘を放せ! じゃなきゃ……」
「――じゃなきゃ?」
「ひゃ、110番するぞ!?」
うぎゃー! カッコ悪ッ!?
ここまで威勢よく踏み込んでおきながら、肝心なところでお巡りさん召喚かよ!? 我ながら最低だ! 俺のバカ俺のバカ! 早くこの震えた手にあるケータイしまえっ!
「……ふーん。なるほど。樋稟ちゃん、運が良かったね」
ちくしょー、俺のバカ! アホ! チキン野郎! こんな脅しで悪の親玉が言うこと聞くわけ――あれ?
「きゃっ!」
「警察呼ばれちゃ敵わないからね。焦らず次の機会を待つよ」
「えっ? ……え?」
古我知さんは救芽井を俺の足元に投げ捨てると……。
……帰っちゃった。
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