第一章 巷で噂のスーパーヒロイン

第4話 ひとまず観戦

 さてさて……勢いよく飛び出して来ちゃいましたけども。


 ――目の前で起きてる状況に、俺はどうコメントすりゃいいんだ!?


 あの意味不明な機械人形(?)を追って家を飛び出した救芽井の後をつけて、俺は住宅街のはずれにある公園まで来ていた。それなりに雪が降り積もってくれているおかげで、足跡を辿るだけで追いつけたのはラッキーだったんだが――


「たあああッ!」


 ――眼前で繰り広げられてる乱闘が、とにかく普通じゃなかった。


 不気味な格好をした等身大のロボット集団を相手に、パンチやキックをお見舞いしている救芽井――が変身しているであろう、この町で噂のスーパーヒロイン。

 「救済の先駆者」なんて名前を持った彼女の立ち回りは、まさしく悪の組織に立ち向かう特撮ヒーローのようだった。事情を知らなければ、ロケにすら見えるだろう。


「やあああッ!」


 ……いや、そう例えるには気迫がマジ過ぎるか。公園を舞台に喧嘩だなんて、子供の教育によろしくないしなぁ。

 ただ、この町に関しては、あながちそうでもないのかもしれない。俺は大して覚えちゃいないが、十年前までは「ヤクザの詰所」だなんて言われるくらいに治安の悪い町だったらしいし、この程度は可愛いもんなのかもしれないな。今でもたまに強盗とかが出るくらいだし。


 しっかし、こうしてついつい余計なことに首を突っ込んじまう俺の性質さがはマジで何とかならないもんかね。こんな調子じゃ、すぐに巻き添え喰らってお陀仏だ。

 ……だけど、俺の不甲斐なさのせいで変に巻き込んじまった「あの娘」のことだってあるんだし、ああいうのは放っておいちゃいけないって気持ちもあるんだなぁ……うーん。


 ――にしても、スゴいなあの恰好。スーツが身体にピッチリと張り付いてるから、なめらかなボディラインが丸見えになってやがる。うん、いろいろとごちそう様。

 敵のロボットに組み付いたり、殴り倒したり。その都度、けしからん乳が揺れるもんだから、俺も目のやり場に困るっつーか……。


 救芽井に殴り飛ばされた機械人形は激しく宙を舞い、滑り台やブランコにたたき付けられる。当然、それらの遊具はもれなく木っ端みじんに……っておいおい、世間に知られちゃまずいとか言う割りには派手に暴れてんなぁ。

 彼女の戦い方はまさに攻撃的で、自分から積極的に掴みかかったりしている。うわぁ、頭を脇に挟んで殴りまくってるし……中身が女の子だとは思いたくない光景だなぁ……。


 ま、銃器の類をぶっ放されてないだけマシか。「機動兵器」にしちゃあ、武器とかを使ってる気配はないし……。


 「世間に知られたら困るのは向こうも同じ」。確かゴロマルさんはそう言っていたはずだ。

 ……そうか。なら、目撃者である俺が存在をアピールすれば、少なくとも乱闘を中断させることはできるかもしれない。「向こうも同じ」というからには、救芽井側も機械人形側も目撃者がいるとわかれば、引き上げざるを得ないんじゃないか?


「兵器転用だか情報漏洩だか知らないが! 人が暮らしてる町ですき放題やってんじゃ――」

 そう思った俺は声を張り上げようとして――吹っ飛ばされてきた機械人形の体を顔面にぶつけられた。

「ブファッ!?」


 そのまま後ろにひっくり返った俺は、倒れたまま動かない機械人形の下敷きにされてしまう。うげ、重たい……鉄なんだから当たり前か。

 俺に乗っかってる奴は体の端々に火花が飛び散っており、現在進行形で救芽井にボコられてる他の奴らと違って、動き出す気配がない。どうやら機能停止してるみたいだな。

 救芽井もロボット集団も俺の存在には気づいていないらしく、一般人の危機ほったらかしのままで戦闘に興じている。ロボット共はともかく、救芽井は人命救助が仕事なんだから助けてくれよ!? トホホ、まさかここまで嫌われていようとは……。

 いや、気づいてないだけってのは分かってるけどね? 初対面が初対面だから傷つくんだよ……。


 そんな俺の悲哀をガン無視するかのごとく、救芽井はますます積極的にロボット集団に攻め入っていた。殴られ、蹴られ、投げ飛ばされていくロボット達は、為す術もなくスクラップにされていく。下敷きにされてるせいで、詳しい戦況はなかなか見えづらいのだが。

 ……まあ、なんだか優勢みたいじゃないか。まだ例の「呪詛の伝導者」ってのは出てこないみたいだけど、これならひょっとして楽勝なんじゃないか?

 他人事ではあるけれど、やっぱりお隣りさんが勝ってくれる方が嬉しい。それに、この一件が解決すれば、救芽井が出す変身の発光に悩まされることもなくなるかも知れないんだから。

 うーん、それはそれで救芽井家の人と話す切っ掛けがなくなるわけだから、寂しくなりそうな気はしないでもない。おっかない救芽井はともかく、ゴロマルさんは割といい人だからなぁ。あの人、「受験頑張るのじゃぞ」ってお菓子とかいろいろ差し入れてくれるし。



「……ん?」

 すると、今まで引っ切り無しに響き続けていた乱闘の騒音がピタッと止んでしまった。救芽井が勝ったのか?

「止まった……のか? くそ、これじゃ何も見えんッ! ぐぐぐ……ぬ、おおおおおおおッ!」


 今すぐにでも確認したいところなのだが、この鉄の人形を退けないことには確かめようがない。しかし、コイツの重さというのはやはり洒落にならない……。

 俺は両腕はもとより、全身の筋力をフル稼働させ、この厄介な木偶の坊の自力撤去に掛かる。腕の筋肉が悲鳴を上げようが骨が折れようが、ここでコイツを退かさなきゃ、一生この場を出られないかも知れない。そんな覚悟を胸に、俺は鉄人の下敷きになりながらも、ただひたすら唸り続けていた。

 そして、やっとの思いで圧し掛かり続けていた機械人形を排除し、目の前の状況を確認する。


 「解放の先導者」とかいうロボットは全滅し、その屍の上には救芽井が立っている。そして、彼女の視線の先にはピッチリと黒いスーツを着こなした男の人が立っていた。肩まで掛かった焦げ茶色の髪が、なんだかホストみたいだ。


「おやおや、本当に頑張り屋なんだね。樋稟ちゃん」

「剣一さんッ……!」


 公園を舞台に、対峙する美男美女。剣一さん……ってことは、あのイケメンお兄さんが例の「古我知剣一」ってことなのか。てことは一連の事件の黒幕……ってことになるんだろうけど、あんまりそういう風には見えないなぁ。身長が百五十九センチしかない俺が言うのもなんだけど、見るからになよなよしてる感じだし。


 ――だけど、救芽井の面持ちはかなり深刻って感じがしてる。万引きがバレた悪戯っ子みたいだぞ。


「あーあー、僕のおもちゃを好き勝手に壊してくれちゃって。『解放の先導者』だってタダじゃないんだから、もう少しソフトに扱ってくれないかなぁ」

「ふざけないでください! ここで会ったが百年目、お父様とお母様を返して頂きます。それに、『解放の先導者』のプラントも必ず摘発します」

「おお、怖い怖い……。そんなこと言われると、抵抗したくなっちゃうなー。僕!」


 古我知さんの目付きが、降り積もる雪にも劣らぬ冷たさを見せる。おお……悪い顔してんなぁ。

 よく見てみると、あの人の右腕には、救芽井が嵌めてるブレスレットと同じようなものがある。色は黒いけど、形状は全く同じだ。「腕輪型着鎧装置」……だっけ?


 古我知さんは右腕をゆっくりと自分の胸の前に上げ、不敵に笑う。


「着鎧、甲冑」


 そして、何かを呟いたかと思えば――あっという間に、その姿が光を帯びて早変わりしてしまった。


 真っ黒のメカメカしい鎧で全身が覆われていて、見るからに「強そう」なイメージを与えるフォルム。加えて、よく見れば関節の部分は真っ赤に塗装されてる。『救済の先駆者』もそうだけど、こっちもなかなか特撮ヒーローみたいでカッコいいデザインではないか。唇を象った部分があるマスクなのは、どっちも同じみたいだけど。

 バイザーの色は「救済の先駆者」と違って、真っ赤。なんか禍々しい色遣いだなぁ。

 なんか腰に剣とかピストルとか差さってるし、確かに戦闘用って感じの出で立ちだよな……これが例の「呪詛の伝導者」って奴なのか?


 いやぁ、まさか本物の変身ヒーローを間近で見られるなんて思いもしませんでしたよ。悪者なのが惜しまれるが。


 ――つーか、本当はこんな呑気なこと言っていい状況じゃないんだろうな。俺一人が「蚊帳の外」なだけで。


「剣一さん。申し訳ありませんが、あなたの目論みはおしまいです……!」

「試作品のレスキュースーツで、戦闘用のパワードスーツに挑む――か。樋稟ちゃん、君のギャグセンスならM−1が狙えるよ」


 冷たい風が吹き渡り、睨み合う両者。

 片田舎の小さな町を舞台に、二人の決闘が始まろうとしていた……!


 ……えーと、俺って何しにここに来てたんだっけ?


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