第14話 シリアス説明回って面倒だよね
神殿までは、飛ばせば明朝に着くとのことだった。
御者と、ヒゲジジイのジャデリクのふたりがかりで、と言っていたのはそのせいらしい。
が。
わたしの三半規管は、馬車の振動に敗北した。
「怪我人がいるってのに」
青い顔をしたわたしが、木椀の水面に映っている。
ロンゴイルさんがぐったりしたわたしを見兼ねて、馬車を止めて休憩することを提案したのだ。
外には簡易テントのようなものが作られていて、男たちはそこで過ごしている。意識のないままのベル君もそっちだ。足を伸ばせるようにしないと、とかなんとか。エコノミークラス症候群対策だろうか? むしろこの世界ではなんと呼ぶんだろう、そっちの方が気になる。
わたしは馬車の中で休ませてもらっている。テントのほうが快適そうだったが――なんせクッションとかもあった。どこにこんなのが置いてあったんだと思ったけれど、なんのことはない。サーフボードを屋根に乗せている車の要領で積んでいた――広さが段違いで、人数的には当然の処置だと思う。
時間はわからないけれど、空は暗い。よく、都会の夜空は偽物だったとか、星が降るような夜空だ、とか、小説の表現に見かけるけれど、そんな感動はない。むしろ、遠くまで何もないという空間は、寒いということを今は痛感している。
季節、いつなんだろう。むしろ、四季とかあるんだろうか。わたしがいた日本では、秋だったんだけれど……そのあたりが共通しているとかは、期待しないほうが良さそうな気がしている。
いっそ常春の国とか行きたい。ダイヤ関連が主要産業だったっけあそこは。しかしいくら技術力とかすごくても潰れあんまんが国王なのは不安すぎる気もする。
そんなどうでもいいことを考えながらすすったスープの味は、薬膳粥にも似ていた。
ふと、馬車の壁からノック音がした。
「味はどうだ」
「ジャデリク。これ、あんたが作ったの?」
「もうヒゲジジイとは呼ばんのか」
「名前がわかったんだもの。お望みとあらばいくらでも呼び続けるけど」
「……好きにせい」
ジャデリクはむすっとしながらも、何かを差し出してきた。
……って、また団子? これって喉が勝手に聞かれたことに返事しちゃう、自白剤のやつよね。
「なんでまたそれ」
「食わせたいわけではない。確認したいだけだ」
その言は本当らしく、団子はすぐに元通り、ヒゲジジイの懐に戻される。
「この団子のことは、誰にも言うな。ベルデネモの腕を縫ったことも、だ。
わしは……薬を扱う事が多い。だが、わしのことは知られているが、お前さんはそうではない」
妙な物言いだった。
わたしが怪訝な顔をしていることはわかっているだろうに、ジャデリクはもう一度、言うな、と繰り返す。
「……この世界では、薬師も異端なの?」
「少し違う。神の教えから外れること、とされている。神殿に向かう以上、消毒なども、口にするな」
――気にかかっていたことが、確信に変わる。
だって、気がついた?
ヒゲジジイは、針を炙った。てことは、熱消毒のことはわかってたのよ。
弓の人は「消毒」の言葉自体、よくわかっていなさそうだったのに。
ほんの少しだけ、考えてみればいい。
もし、自分がゲームの世界に生まれたとしたら。
魔法や薬草以外の怪我の治し方を研究するだろうか?
薬草一つでも、一瞬でHP《ヒットポイント》30くらい回復するのに。30って凄いわよ、瀕死のレベル1を一瞬で全快にするんだから。
ともかく。
その状況下で他の方法を調べるのは、変わり者か、懐疑的な研究者か、くらいだと思う。
たぶんその推測は間違っていないのだろう。ジャデリクは諦めに近いため息を吐いた。
「わしは少し、お前さんのいた異世界が羨ましい。
神殿の治療は、医術の奇跡はたしかに凄いが……消毒という言葉を、おまえさんのようなただの女が躊躇なく口に出せるのだろう?」
『そうね。怪我を消毒したりするのは、わりと普通のことよ』
口が勝手に答えて、わたしは顔を歪める。
それに対して、わたしよりヒゲジジイの方がぎょっとした顔をして、叫んだ。
「まさか、まだ団子の効果が消えとらんかったのか!?」
『そうみたい』
即答した喉に、ヒゲジジイは馬車の天井を仰いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。