第13話 おきのどくですが わたしのきおく は きえてしまいました、?

 馬車はゴロゴロと車輪を回して道をゆく。

 だから! 車は! 酔うんだってば!

 ……とか主張して歩けと言われても困るので、わたしは黙って青い顔をしている。

 婚活パーティーでちょっとだけ口にしたカクテルのアルコールなんて、多分もうとっくに残っていない。

 そう自分に言い聞かせて、わたしは三半規管の耐久力を信じることにした。


「でも、良いんですか? わたしのような、身元がわからない相手を馬車に乗せるのは」


 我ながら、今更感のある疑問を言葉にしてみる。

 隣りに座ったナイスミドル、ロンゴイルさんはそれを聞いて少し、笑った。


「ジャデリクがあなたのことを警戒していない以上、問題はありません」


 ――うーん、無理に笑顔を作っている感、凄い。

 それがただの思いこみではない証拠に、彼はそれだけ言うと、すぐにまた押し黙ってしまった。

 ちなみに、向かい合う形で四席ある馬車の中、わたしの正面にはベル君が膝を折り曲げる形で横たわっている。意識は、まだ戻らない。血が足りないんだろうということは、その真っ青な顔色を見ればすぐわかる。

 ジャデリクことヒゲジジイは、運転席……じゃなくて、御者席、であってるのかな。そんなところにいる。御者は御者でいるみたいだけど、詰め所に戻ってきてすぐとんぼ返りするのに馬車の運転を続けさせるのは酷だとかなんとか。

 ずっと黙っているのも、わたしのことを警戒しているというよりはベル君のことを心配しているあまりのことのようで、例えば振動でベル君の身体にかかっている毛布がずれ落ちたりすると、すぐに掛けなおしていたりする。

 仲間内には情が深い、ということなのだろうか。なんだかいたたまれない気持ちで俯いていると、「ああ……」と唸りながら、ロンゴイルさんが髪の毛をくしゃりとかき回す。少し癖のある毛は、それだけで随分と乱れた。


「……不躾で申し訳ありませんが。記憶がないとおっしゃっていましたね」


 ベル君の方に顔を向けたまま、目だけでわたしを見てロンゴイルさんがそう切り出す。


「そういう方に、何を聞けば失礼にならないのか、何を話せば楽しませられるか、思いつかないのです。

 歳ばかり増やしておいて、まだ若い女性と話すようなことがほとんどなかったものでね」


 困った顔でそんなことを言い出す美形のオジサマに、わずかでもときめかない女性がいるのなら見てみたい。

 あ、いや、いるか。年下好きとか。男性アイドルも、童顔系多いしなぁ。

 ともかく、確かにそういう相手と何を話したらいいか、わたしが同じ状況だとしても困るのは間違いない。となれば、今会話がないのは、わたしの責任なのかもしれない。なんだか申し訳なくなってしまった。


「ええと。これから向かうという神殿は、どんなところなんですか?」

「神殿がどのようなところか、から説明が必要ですよね」


 話のとっかかりができたことに、安心したのだろうか。

 ロンゴイルさんの顔に、今度は、作り物ではない笑みが浮かんでいた。


「多くの人は、信仰を心の拠り所として暮らしています。

 信仰の強い者の中には時折、神が奇跡を起こす力を授けることがあるのですが、そういったものたちは多くの場合、神殿に集まるのです。

 ……残念ながら、ひとは、自分とは違うことができるものを異端として嫌うことが多いですからね」


 ふーむ、カミサマがどうのって話が出てくるかとおもいきや、いきなりちょっと世知辛かった。

 わたしたちの感覚からすれば神殿とかってのは神様だのなんだのを祀ったり、その権威を示したり布教したり、そういった拠点のようなものだと思うのだけど。

 この世界だと神殿ってのは……大雑把に言えば互助会ということなのだろう。

 それにしても、奇跡を起こす力っていうのは、つまりというか、やっぱりというか。魔法の類が存在するってことに間違いはなさそうで、少しだけ、考え込んでしまう。

 回復魔法が存在するということなら……少しだけ、気にかかることがでてくるのだ。

 考えている意味をどう捉えたのか、ロンゴイルさんは説明を付け加えてくれた。


「助け合うというのもまた、信仰のひとつの表し方ですからね。

 大きな怪我をしたり身寄りがなかったりといった、生活を一人では営めない者に屋根を貸すこともあるんですよ」


 ……なるほど、とても大事な話を聞けた。

 わたしがこの先、街に向かったとして、知っている人に会えるはずもない。

 そうなれば神殿に身を寄せることになるのだろう。そこまで考えてこの話をしているのだとしたら、このナイスミドル、結構な策士よね。

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