第11話 怪我は消毒だー!
聞きなれない言葉だったのだろう。
弓の人が「しょう……?」と唸っているのが聞こえた。
一方で、ヒゲジジイがなんだか怖い顔をしているけれど、今はそのあたりは放っておくことにする。
ベル君の頭の怪我の方は、洗って消毒をしてみると、真っ黒な痣がこめかみに広がっていて、耳の上がすっぱりと切れている。ナプキンを開いて、押し当てた。しばらくおさえて、血が止まったら儲けものよね。
頭の怪我は、出血よりも中でどうなっているかがわからないのが怖いって、聞いたことがある――子供の頃に好きだったアニメのキャラが突然喋らなくなったのは、その声を演じてた人が頭を打って亡くなったからだった。
「この腕の怪我って、縫うとかできる?」
「……応急処置なら手はあるが」
「あれをやるのか、まさか?」
ヒゲジジイがふむ、と何かを考えている横で、弓の人が何やら嫌悪感ありありの顔。
「まあ他に手はあるまいよ」
わたしにではなく、弓の人をなだめるようにそう言って、ヒゲジジイはまた扉を出て行く。
すぐに戻ってきたその手に持っていたのは、今度は革の袋と、乾燥した草のように見える何か。革の袋の中から少し大きな針を取り出すと、灯りの傍に行って、針を炙り始める。
「そういうことは神の使いか、魔女の使徒の領域だ」
「ベルデネモも敬虔な信徒だ。神もお目こぼしくださるさ」
よくわからない会話をしながら草を針に通し、躊躇なく、ベル君の腕に針を刺すヒゲジジイ。わたしは目をそらした。押さえている頭の傷口の下から時折うめくような声や、よじるような動きが伝わるあたり、彼の意識も覚醒しかけているのかもしれない。
はっと思いついて、わたしはスカートに手をかける。
………………、いや、いやいやいや、ちょっと待って。ばっと、弓の人の方に目を向けると、怪訝そうな顔でこっちを見ている。ついでに、扉の方から書き物さん(エクドバだったっけ)も覗き込んでいる。まあ、ベル君の容態が気になるんだろうけども。
「ちょっと、あっち向いてて」
「ん?」
「いいから!」
言いながら、スカートの裾を引っ張ってみる。察して!
その甲斐あってか、弓の人は何をしたいのか理解したらしく――ヘッ、と馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「だれが喜ぶものか。お前のような年増の着替えで」
――カチン。
「あ゛ぁ゛?」
わたしの口から、とてもじゃないけどひらがなで表記できないような声が出た。
そそくさと目をそらす、弓の人とエクドバ氏。まったく、最初から素直にそうしてなさいっての。
手早くストッキングを脱ぐと、そのあたりに置きっぱなしだったナイフを手に取った。
裸足だった両足のかかとから、引っかかって裂けた片足のふくらはぎまでは当然として、太ももから上も切り落とす。
「何をしている?」
『包帯代わりになるでしょ』
そりゃあ昼過ぎからとは言え、半日穿いていたものだから、すっごく清潔! とは言えないけれど。
「うら若き女が半日穿いてたのと、男どもが色変わるまで使い込んだシーツと、どっちがいい?」
「どこにうら若き……いや、なんでもない」
何かを言いかけて黙り込む弓の人。それが賢明。
頭に押し付けたナプキンを、筒状にしたストッキングで固定する。怪我をしたとき、包帯の代わりにネットを使ったことがある人もいるだろう。その代用になったら良いなと思ったのだけれど、まあ、ないよりはマシだと思う。ごちゃごちゃやってる間にヒゲジジイが縫い終えていた二の腕の方は、ハンカチをガーゼ代わりにして、同じようにストッキングのふくらはぎあたり(裂けてないほうね、もちろん)を通しておいた。
本当に最低限の処置だと思うけど、もう他にできることは思いつかない。
それでも、ベル君の顔色は悪く、何かしないと危険なのでは、なんて気分になってくる。
「後ほかに、何か、できることはないの?」
わたしが呟いた言葉に、誰も返事をしない。できない。わかってる。
ふと、エクドバが――ずっと扉のとこにいたな結局この人――向こうの部屋の方を気にしたと思ったら、詰め所入り口に吊るしてあった木鈴の、頼りない音が響いた。
「今度は何、ていうか誰!」
わたしも、ちょっと自棄になっていたと――後になって、そう思った。
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