第5話 そろそろ靴が履きたい

 慌ただしく出ていった男たちについていくにも意味は多分ないし、ストッキングな足の裏に詰め所の木床は少し痛い。ていうかさっきささくれ刺さったところからぴーーーーっと裂けたのがふくらはぎまで来ていて、すごく切なく情けない。結局詰め所にはわたしと、髭の人だけが残っていた。

 出ていく時に、前髪怪しげな書き物さんは大きな石の飾りがある杖を担いでいたけれど、あれは一体なんなんだろう。かといって、ヒゲさんに聞いてみようにも、ヒゲさんはふらりと奥の部屋に入ってしまったままだ。

 わたしのことを警戒していたんじゃなかったのか。たしかに警戒はされていたように思うけれど、それはベル君だけだったような気もするので、結局のところよくわからない。

 ……所在ない。

 今座ってるのが事務椅子だったら、間違いなく大人気なくからから回ってる。

 室内を少しうろつきまわってみようとしたわたしは、すぐにあることに気がついて、顔をしかめた。

 この部屋、きたない。

 いやわたしが言えたことじゃないんだけどさ。

 片付けとか整理整頓とか、できたためしがない。子供の頃からそんなものだ。

 だけど、この部屋の汚さは、そういった方向性の話ではなかった。


「土埃っていうかドロっていうか……そうか」


 さっきの男たちを思い出して、わたしはおもわず頷く。

 ブーツを履いたままだったから、床にそのまま汚れを持ち込んでいるんだ。

 足ふきマットの類も置いてないし、それっぽいものも見当たらない。部屋の角、すみっこあたりはやんわり黒いものが斜めになっているような気がするけれど、ごめん、直視したくない。

 すこし気分が悪いなと思っていたところで、ヒゲさんが戻ってきた。


「まあ、少し待てば落ち着くだろうて。これでも飲んで待てばええ」

「……ありがとうございます」


 そう言いながら、手にした木製のマグカップをわたしの前に置くヒゲさん。

 中には何か、色だけ見たら緑茶のような液体が入っていた。湯気たってる。

 取っ手もあったけれど、なんとなくそのマグのボディを両手で握った。

 温かさに、指先に血がめぐる感じがして、ちょっと笑ってしまう。気がついてなかったけど、どうもわたしは緊張でもしていたらしい。

 少し強めの匂いがするけれど、なんだか安心する匂い。ハーブティーのようなものだろうか。

 口にすると、少しざらついたシナモンのような風味がして、美味しそうだ。

 さっき吐いたこともあって喉が乾いていたわたしはそれを一息に飲み干そうとして。


「ふッ!」


 突然、ヒゲさんにマグを払い落とされた。

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