来たときよりも美しく! ――アラサー姐さんの異世界伝説――
味噌汁粉
天使宣言 編
第1話 地下鉄の夜は遅い
どん、と走った衝撃があった。
背中を押されたのだとわかった時にはもう、遅かった。
え、と。振り向きかけた視線の先に真っ青な顔をした少年が見える。彼の手はまっすぐに伸びていて、たぶんわたしを突き飛ばしたのは彼なのだろう。見覚えがある。誰だっけ。彼の顔はこちらを見ていなかった。彼の視線の先からはプァン、という聞き慣れた音が、ビビー、とけたたましく警笛が鳴っていて、電車がすぐ近くまで来ていることを伝えている。けれど、わたしの足の下にはもうコンクリートの感触がなかった。
あ、思い出した。
「そうだ、今朝、煙草ポイ捨てしてた高校生!」
指差して、それだけ言ったらあとは地下鉄の線路に向けて真っ逆さま。
慣れないヒールなんて履くんじゃなかった。きっとひどいことになるんだろうな、運転士さんごめん。お養父さんごめん、せっかく仕事紹介してくれたのに。あー、遺品整理とか言ってきーったない部屋ん中に入られるんだろうなぁ、ちょっとは片付けておけばよかったかな。
……。
…………。
……………………。
「あれ?」
いつまでも来ない衝撃に、知らないうちにかたく閉じていたまぶたを開ける。
そこには青空が広がっていた。
「えー?」
いやいやいや、ないから。
ないから、地下鉄に、青空は。
むくりと起き上がってあたりを見回せば、一面の草原が広がっていた。
「……えー?」
なにこれ。
天国ってやつなのかなこれもしかして。
だったらせめて、花畑とかの方が良くない?
自分の姿を見ても、婚活のために着てた明るい色のアンサンブル、そのまんま。ヒールは脱げてしまったのかどこにも見当たらない。
ほんとに、なにこれ。
わたしの頭の中にかろうじて思い浮かんだのは、七十年前に戦争で死んだはずの独裁者が現代で目を覚ます映画だった。
だって、しかたなくない?
ずっと遠くの方に、いかにも中世風ファンタジー! な格好で馬に乗った、騎士的な人が見えたんだから。
とりあえず立ち上がってみて、土にかかとの沈み込む、むにゅっとした感触にちょっと閉口する。
だけど、このままってわけにもいかない。
「おーい、おーい!」
わたしは騎士的な人のシルエットに向かって手を振り上げ、学生時代以来じゃないかってくらい久々に、大きな声を張り上げた。
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