二太刀 《魔槍》


 異世界、という言葉を聞いたことがある。魔法と言う不可思議な力を持つ者がいたり、竜や妖精、精霊など、人外の存在が生息していたりする世界。


 目の前の光景に慌てて後ろを振り返ってみるが、其処には扉らしきものは無く、店の自体、いや、秋葉原自体が姿を消していた。

 深呼吸をして現状を把握しようとするが、



「よし、一旦整理しよう。俺はさっきまで、秋葉原にいた。...居たはずだ...。......居た、よな?」



 駄目だ。有り得なさ過ぎる光景に深呼吸だけでは追い付かない。

 辺りに見えるのは真横にある小さな木が一本立っており、それと遥か遠くに見える街のような気配のする何かだけであった。


 高原のど真ん中に立ち尽くしながら頭を抱えていると、声が聞こえてきた。



「おい、珍しい武器持ってるじゃねぇか。そいつを俺に寄越しな。」



 その声の主は左の方から聞こえてきた。どうやらその奥の森から出てきたようだ。

 そちらに目を向けると、ガタイの良い男が三人、こちらに向かって来た。



「リーダー、どうする?殺しちゃいますか?」


「逆らうなら、好きにしろ。」


「はぁ、貴方はもう少し落ち着きをですね...。」



 三人の中の一人、背の一番低い男が白い歯を見せて飛びかかってきた。

 その男の両手には細長い剣が装備されていた。

 慌てて転がって躱すと、男の剣は逸れた先にある木を楽々と切り裂き、薙ぎ倒した。



「は、はぁ!?」


「ちっ、次は当てる。」



 神衣は驚愕した。



「その剣、ホントに斬れるのかよ...!」


「はぁ?何を馬鹿な。斬れねぇ剣なんか持ってねぇよ。それともなんだ?お前のその槍はハリボテだってか?」



 どうやら男の持つ剣はモデルではなく、本物の剣のようらしい。

 男が笑い出し、その指摘を受けた事でやっと手にしていたゲイ・ボルグ(モデル)の存在を思い出す。


 こんな訳の分からない奴らに渡してたまるか。なんとしてでも守りきって見せる。


 そう決意するのとほぼ同じくして、男が再び斬り掛かってきた。

 すると神衣の身体は、反射的に本人の意志とは裏腹に手にしたゲイ・ボルグ(モデル)で身を守ろうと正面に構えてしまった。


 本物の剣と偽物の槍がぶつかる。

 もう駄目だ。ゲイ・ボルグの事は諦めよう。


 しかし神衣は、またもや驚くべき事に直面した。

 ゲイ・ボルグが、いつまで経っても折れないのだ。驚きはしたが、折れないのならば良い。

 これでも神衣はいつか剣や槍を振りたい、という理由で武の術を嗜む程度に習得していた。力で競り勝つ事は無理だと悟った神衣はそのまま後ろへ下がった。

 拍子に男はバランスを崩して前のめりになった。

 そして神衣は、逃さずゲイ・ボルグで背中を突く。あまり力は入れない。偽物の槍では貫く事は無理でも、少し痛めつけることくらいは可能だろう。


 しかし、現実は甘くなかった。


 神衣が偽物と言っていたそれは、軽々と男を背中から貫いた。



「......え?」



 声を上げたのは男だけでは無かった。

 神衣自身も、現状に驚いている。

 男が苦悶の声をあげたのも束の間、無数の棘が男の体内から現れ、男の身体を内側から破裂するように貫いて行った。



「ひぃ...!!」



 慌てて槍を引っこ抜くと棘も姿を消し、其処には身体中のあらゆる箇所を貫かれ倒れた男が一人いるだけだった。彼の仲間は今ので怖がり、逃げ出している。


 神衣は身を守れた安心感とともに、人を貫いた感触に苛まれて嘔吐する。



「ゲイ・ボルグが......貫いた、だと!?」



 神衣は恐怖し、ゲイ・ボルグを地面に投げ捨てた。




 ......................................................



『ゲイ・ボルグ』


 神話・「ケルト神話」

 所持者・「スカアハ」「クー・フーリ ン」

 属性・「火」

 切れ味・「B」

 殲滅力・「S」


 ボルグ・マク・ブアインが獣の骨を使って作り上げ、影の国の女王スカアハによってクー・フーリンに授けられた槍。

 もりのような形状をしており、


 ・投げれば30のやじりとなって降り注ぐ。

 ・突けば30の棘となって対象を貫いて破裂する。

 ・投げれば必ず命中する。

 ・投げれば奇妙な軌道で飛び、稲妻の如 き速さで敵軍に残らず命中する。

 ・ゲイ・ボルグで付けた傷は治らない。

 ・刺された者は必ず死ぬ。


 などがある。

 所持者クー・フーリンすらも最終手段としてしか使用していない。彼は足でこの槍を投げたとされ、その投擲術をゲイ・ボルグと呼ぶ事もある。


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