罪の全て
早朝、日の出と共にダスティンの寝室がノックされた。
部屋に訪れたのはアンソニーだ。
ノック音がなって数分後、半分寝ているようなダスティンが扉を開ける。
目が半開きで、目の下には少し隈ができていた。
夜中に見た悪夢によって、深く眠れなかったからだ。
「おはようございます」
真っ直ぐとダスティンの方を見る顔に表情はなかった。
「おはよう。さぁ、入りなさい」
と言って部屋へ入れ、程なくして扉は閉じた。
ダスティンはベッドに腰かけ、いつまでも立ったままのアンソニーをぼんやりと見る。
「お前は座らないのか?」
「結構です」
淡々とした口調で短く断られた。
そしてそのまま、アンソニーは話した。
「質問します。この近くに教会はありますか?」
ダスティンは”教会”という言葉を聞いて目が覚める。
何故アンソニーがその事を知っているのか、検討も付かなかったからだ。
「どうしてそれを?」
と、聞くと少し間を置いて答えた。
「昨夜、屋敷の見回りをしていたのです。
そうしたら突然、何処からともなく声が聞こえました。
教会の話はその声から」
「声?誰かが起きていたのか、屋敷に誰かいたのかな?」
「いいえ。屋敷中を見回り終わった後の事なので、その場に誰かがいたというのはありません。
付け加えるなら、屋敷の誰にも該当しない声をしていました」
「そうか、それは妙な話だ」
ダスティンは思考を巡らせた。
誰がアンソニーに教会の事を話したのか、屋敷にいた見知らぬ人物の事。
更にどこまで教会について聞いたのか。
「お前はどこまで知っているのかな?」
「はい。その声がまず”アランは知っているのか?”と尋ねたので、僕は”何について?”と返しました。
すると、その声は”全ては森の教会にいる男が知っている”と答えました。そこまでです」
あまりにも事務的で簡潔なアンソニーの返答は、まるで報告のようだった。
いや、もっと機械的な何かに近い雰囲気がある。
それを気にも留めず、ダスティンは考える。
「教会の男……か」
とだけ小さく呟いた。
昨夜見た悪夢に現れた男の事なのだろうか、それともまた別の人物なのか。
考えているダスティンに構わず、アンソニーが声をかける。
「質問は以上です。これで失礼します」
そう言ってすたすたと扉まで歩いていった。
「ちょっと待ちなさい」
アンソニーは無言のまま振り返る。
ダスティンは微笑みながら言った。
「おはよう、アンソニー」
それに対して不愛想にこう言った。
「あぁ、父さんか。おはよう」
そして扉が音を立てて閉まり、部屋にはダスティンだけが残った。
歪んだ親子関係が垣間見える、とても冷ややかな早朝の事だった。
屋敷の住人が起き、朝食を取る時間となった。
まだ微熱から下がらないステファニーは、寝室でディアナと。
食堂では厨房側の扉付近にスザンナが立ち、玄関ホール側にはマットが立っている。そこでアンソニーとダスティンが静かに食事していた。
特に会話のないままダスティンの方が先に朝食を済ませ、席を立った。
食堂を出る前に、扉の横に控えていたマットに声をかけた。
「私は今から出かける、留守の間は任せたよ」
念を押すように語尾を強く言った。
恐らく、『昨日の騒動を繰り返すな』という雇い主というより、1人の父親として言っているのだろう。
「かしこまりました」
と言って、2人揃って食堂を出た。
食事が終わったアンソニーも立ち上がり、食堂を出ようとしたが引き留められた。
「あの、アンソニー様。少しだけよろしいでしょうか」
強張った顔で話しかけるスザンナの様子から、昨夜の見回りの件だろうとすぐに分かった。
扉に掛けた手を放し、スザンナの方に寄る。
「昨夜の事か?」
高圧的な態度のアンソニーに萎縮しながらも、申し訳なさそうに答える。
「はい、そうです。その……大丈夫でしたか?」
「問題はなかった」
「そ、そうでしたか。お時間を割いてくださってありがとうございました」
と言って、深々と頭を下げた。
それをちゃんと見る事もせず、スザンナが頭を上げる頃には食堂にいなかった。
アンソニーの対応は酷いものだが、当人にとってはこれが最善だと思っている。
あくまでスザンナは侍女であり、この家族に深く関わらなくとも良いと考えているからだ。
あの態度も彼なりの配慮である事は彼女に伝わらないだろう。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ダスティンは1人、森の中を車で走っていた。
背の高い木々を抜け、夢の中で連れて来られた場所へ向かっているのだ。
手入れのされていない木々や伸びきった雑草で、車にがさがさと当たる音だけ聞こえる。
幸いな事に、車が通る程の道が残されており、道なりに進むと教会まで難無く辿り着けた。
教会に近づくにつれ、地面が土から砂利へと変わった。
思いの外屋敷の近くにあるものだ、と思いながら車を止めて下りた。
夢で見た教会と比べるとかなり古びた外観をしており、壁の一部が剥がれ落ちている場所もある。
本当にここであの男に会えるのだろうか。
ダスティンは半ば怪しんではいるが、ここまで来たのならと教会へ足を踏み入れた。
扉にゆっくりと手を掛け、少しずつ開ける。
しかし、少しずつ開けたとしても、老朽化した扉ではどうしても音が鳴る。
周囲には物音を立てるものもなく、必然的にこの扉の音が目立ってしまうのだった。
今更静かにするのは無駄だと思ったダスティンは、普通に教会へ入った。
教会の中は夢で見た光景と同じだが、所々が大きく破損しており、並んでいた長椅子は崩れて木片となっていた。
奥の祭壇の台などは形を保っているらしく、そこに黒いローブを羽織った何者かが跪いていた。
ダスティンはその人に話を聞こうと、祭壇の方へ歩み寄った。
跪く人の数歩手前の所でその人は振り返り、突然立ち上がった。
黒いローブの下から出された両手には皺が多く、指は骨と筋が目立つ。
「あ、あぁ……」
わなわなと震えながらダスティンに近寄るものの、足取りが覚束ないようだった。
「これもまた神のお導き……!」
と、おもむろに両手を天井に掲げた。
その拍子に被ったフードは取れ、その相貌が明らかになった。
手からも想像つく通り、皺枯れた老人だった。
夢で会ったあの暴力的な男とは真反対で、人畜無害で無欲な老人といった印象だ。
ダスティンは人というのはこれほどまでに変わるのか、と思いながら老人に尋ねた。
「神、というのはなんですか?」
その質問に老人はすぐに答えた。
「私の夢に最近来てくださるのです。
そして昨夜もまた愚かな私に教えてくださったのです、今日のこの時間にこの教会へ行くとあなた様に会えると!」
老人の顔は生き生きとしており、建物中に響き渡る程の声で話を続ける。
「私は今日、あなた様に殺される為に来たのです!!」
ダスティンは自分の耳を疑った。
「お前は……何を言っているんだ?」
老人はダスティンの事を知っている風だが、彼は老人の事は何も知らない。
そんな人物から殺されたいと言われれば、こんな言葉が出てくるのは当然だった。
「何を仰いますか、ダスティン様。憎き私の事を忘れた訳ではありますまい」
そう言って苦笑する老人の瞳は濁り、とても正気とは思えない。
「まだ赤ん坊だったあなた様の目の前で、お母様を池に突き落としたのも。
池に沈んだお母様を見つけてしまったヘレナ様とご友人を絞め殺したのも。
全て隠蔽し、旦那様に黙って屋敷を抜け出したこの私なのですよ?」
懐かしい思い出を語るように遠い目をし、さもいい思い出の事のように語った。
ダスティンはそれを信じる気にはなれなかった。
消えた母と姉ならず、姉の友人もこの老人が殺したという事を認めたくなかったのだろう。
「何故だ、何故3人を殺した……?」
怒りと嘆きで自然と拳が固くなった。
「何故、ですか。失礼ながら、よく覚えていません。」
申し訳なさそうに老人は頭の後ろをさする。
「歳ですかねぇ」
その言葉を聞いたダスティンは怒りのあまり、老人の胸ぐらを掴んだ。
ギリィィ、という歯を喰いしばる音と、恐ろしい剣幕が目の前に迫っているにも拘わらず、老人は物怖じしていない。
「お前は……自分が何をしたのか分かっているのか?」
胸ぐらを掴んだまま聞く。
この老人からまともな答えが返ってくる筈ないと分かっていても、どうしても聞かずにはいられなかった。
「そうですねぇ、人殺しですかね」
と言いながら、にへらと笑った。
そこから先ははっきりと覚えていないが、気づけばダスティンは老人を乗せて車を走らせた。
後部座席のクリーム色のシートに、赤い液体が数滴ほど垂れていた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
太陽がすっかり昇った頃。
ディアナはステファニーの看病に追われ、ベッドに居眠りをしていた。
深く眠っているらしく、ステファニーが起き上がった事に気づかなかった。
そして、ステファニーが呟いた言葉も聞く事はなかった。
「私を死に至らしめた者はどこだ」
その声は可愛らしい少女のものではなかった。
この数日の間でスザンナやアンソニー、ダスティンが聞いた声をステファニーが発しているのだ。
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