亡き者からの助言
屋敷の人々が眠りにつく頃。
テーブルランプの優しい明かりだけが灯る、ステファニーの可愛らしい部屋。
すやすやと眠るステファニーを見つめながら、横に寝転がるディアナが呟く。
「今日は大変な1日だったわ。とってもね」
娘の小さな頬を後ろ指で撫でながら、更に語る。
「ゆっくり出来ると思ってたのに、少し残念」
額に手を当てると、朝に比べれば平熱に近くなっていた。
このまま安静にしていれば、明後日には元気に外を走り回れるだろう。
重い瞼をゆっくりと閉じながら、眠っているステファニーに伝える。
「明日はずっと一緒にいるから。約束よ」
それを聞いてか聞かずか、ステファニーが少し嬉しそうな顔をした。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
屋敷の住人たちが寝静まった21時過ぎの廊下では、アンソニーがランタンを片手に見回りをしていた。
夕食が終わってすぐ、スザンナに呼び止められ頼まれたからだ。
「あの、アンソニー様。大変心苦しいのですが、頼まれて頂けませんか?」
「何を?」
「大した事ではないのです、夜の屋敷を1周。ぐるりと回って危険がないか確認するだけなので……」
「大した事じゃないのに君は出来ないのか」
「そ、そういう事になりますね……使えない無能ですみません」
「いや、そこまで言うつもりはない。だけど、どうして出来ないか教えてくれ」
「え、えっと。それはですね……」
「最初にこの屋敷に来た時の夜、私はある”声”を聞いたんです。
それはまるで嘆いているようで……でも、怒っているようでもありました。
何度も何度も、知らないって言っても言ってくるんです……。
これは決して嘘ではないんです、本当の事です」
この話を聞いて、非常に興味深く思ったアンソニーは見回りを引き受けたのだった。
尤も、ステファニーの安全を守る事にも繋がるこの役割は、アンソニーにとって褒美のようなものだった。
昼間の汚点を挽回できる、そう思ったのだろう。
廊下を進む足取りは軽く、橙色の明かりを揺らしながら歩いた。
1階の両端には何の以上もなく、見回りもすぐに終わるだろうと思われた。
しかし、アンソニーにも等しくそれは姿を現すのだった。
スザンナがそうだったように、しんと静まり返った玄関ホールで聞こえるのだ。
最初は周波が合っていないラジオのようで、段々とそれは合わせられていくようだった。
雑音に交じり、声らしき音が途切れ途切れに聞こえる。
「……ヲ……ッテ……ナ……。
ア……ハ……イル……カ……」
はっきりとは聞き取れないが、どこかの部屋で何か流しているのだろうか。
そんな仮説を立てたアンソニーだが、1階で眠る3人がいる部屋以外に物音1つない事は確認済みだった。
当然、容易にその仮説は崩れ去っていった。
彼が更に新しく仮説を立てる前に、あの声は先程より比較的はっきりと聞こえるようになる。
「アラン……イルノナ……。
……ハ……ッテ……カ……」
声が確かに”アラン”と言ったのをアンソニーは聞いた。
その名前の人物は知っている、と思う。
その人は。いや、彼は。
「アランを知っているな?
アランは知っているのか?」
今度ははっきりと聞こえた。
まるで目の前で誰かに話しかけられたように。
スザンナが言っていたのはこの事か。と、アンソニーは思った。
アラン。アンソニーは彼を知っている、書類上では祖父にあたる人物であるからだ。
アランとアンソニーとは血縁関係ではない。
だからもし、彼に関する恨まれ事ならば、どうぞお互いあの世でやってくれと言えるのだが、その声の口調からしてアランには恨んでいない事が分かった。
その為、これは我々「生ける者」がどうにかしなくてはいけない事象なのだろう。
アンソニーは、もう一度同じ事を問ひかけられる。
「アランを知っているな?
アランは知っているのか?」
自分の背後から聞こえたその声に、勢いよく振り返る。
そこには当然ながら何もなく、この場には自分以外いない事は分かりきっていた。
だが、祖父の名を出されたのだから、少しは自分も関係しているかもしれない。と、思ってしまったのだろう。
その声に返事をした。
「アランという男は知っている。
しかし、お前は何について尋ねているのだ」
そして、その答えはすぐに出された。
”声”がまた返ってきたのだ。
「全ては森の教会にいる男が知っている。
私の子供たちが解決してくれるはず」
その言葉は最初と違い、全く畏れを纏っていなかった。
まるで本当に人間と話している風にも思える程だ。
これにスザンナは驚いていたのか、アンソニーは逆に驚いた。
やけに親切な怪奇現象もあったものだ。とでも思ったのだろう。
アンソニーは更に”声”に尋ねた。
「あなたは誰だ?」
すると、窓ガラスがカタカタと震えだし、天井の照明も揺れだした。
何処からともなく、高らかに笑う”声”が聞こえてくる。
ランタンの明かりもすぅーっと消えてしまい、辺り一面が暗闇へと変わった。
そして”声”はアンソニーの耳元で囁くように言う。
しかしその名を彼は知らなかった。
この出来事は、明日の朝すぐに”父”であるダスティンに報告しなくてはいけないだろう。
何か取り返しの付かない事が起きてからは遅いのだから。
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