少女たちの秘密


 私は大きなお屋敷に家族みんなで住んでいました。

パパはいつも難しい話をいろんな人たちとしています。

ママはいつもとてもきれいでにこにこ笑っています。

最近生まれた赤ちゃんは、メイドさんたちがお世話しています。

私はほかのメイドさんたちとお勉強をしています。

 いつまでもこんな平凡で楽しい日々が続けばいいな。

そう思っていた。

 でもね、無理だったんだよ。


 ママがいなくなっちゃったから。


 どうしていなくなっちゃったんだろう。私にはわかりません。

その日からパパはいつも悲しそうな顔をしています。

赤ちゃんの鳴き声が「ママはどこ?ママはどこにいるの?」と言っているように聞こえます。

お屋敷にやってくる人たちはみんな「気を落とさないでね」と言ったり、「パパの言うことをちゃんと聞くんだよ」と言って私の頭を撫でて帰ります。

メイドさんたちは私のお世話をするときに「今日も麗しゅうございます、お母様のように…。」と泣きそうな顔をして言います。


 私が少し大人になった時、お父様から髪飾りを渡されました。

この髪飾りは幼い頃からとても好きだった花、マリーゴールドを模ったものでした。

それを私がつけると、お父様は嬉しいような悲しいような顔――いや、心の中では泣いていたのかもしれない。

 ただ「とても似合っているよ、綺麗だ…」と、込み上げる感情を押し潰すようにそう言ってくださった。

きっとお父様はその後「お母様のように」と続けたかったのでしょうが、言葉を詰まらせてしまい、そのままどこか遠くを見つめてしまいました。


 お母様がどこに行ってしまったのか、私にはわからない。

あれから数年経った今でも、それは変わらない。



 時はまだこの屋敷が新しい頃にさかのぼる。

この屋敷の今の主、ダスティンが幼き頃に父親と姉と数名の従者たちと過ごした日々。

 この頃の庭は今のように草は生い茂っておらず、瑞々みずみずしく正確に切り揃えられた庭園だった。

今は草に覆われてしまい姿が見えないが、少し大きな池もある。


 今回はダスティンの姉、ヘレナの記憶だ。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 ある日、わたしはクリスティーンと一緒にお屋敷で遊んでいました。

最初はダスティンも一緒に遊んでいたけれど、途中からどこかへ行ってしまったの。

でも、あの子がいなくても遊べるから探しもしなかったわ。

一日中本を読んで、絵を描いているだけの気弱な男の子がいたって面白くないわ。

 お部屋の中で遊んでいてもつまらなくなってきたから、わたしたちはお庭で遊ぶ事にしたの。

二階のお部屋から下へ降りる時、クリスティーンの足が止まったのに気がついたわ。

「何か聞こえる」

友達のクリスティーンはそう呟きながら、ふと顔を上げた。


「クリス?どうかした?」

わたしも顔を上げて、クリスティーンのどこか宙を見ているような顔を見ながらそう問いかけた。

すると、我に返ったようにクリスティーンは少し驚いたような顔をしながら

「ごめんなさい、気のせいだったみたい」

と言って、少し微笑んだの。

不思議だなぁと思いながら「それなら良いけど……」と呟く事しか出来なかった。


 お庭に着くと、使用人のお兄さんが木の剪定せんていをしていたわ。

そのお兄さんのから少し離れた所でお花のかんむりを作ったの。

アイビーのつたで輪を作り、巻き付けるように真っ白なシロツメクサを絡ませ作ったお花の冠。

 とっても綺麗、明るい緑の葉に真っ白な雪玉のような花がよく映えている。

「ねぇ、ヘレナ。とっても綺麗に出来たわね」

完成した冠をまるで宝石を散りばめたティアラのように見つめるクリスティーン。

「そうだね、早速被りましょうよ」

せっかくの冠だもの、みんなに見せに行くの。

わたしが立ち上がろうとすると、クリスティーンが

「ちょっと待って」

と、わたしに声をかけた。

どうしたんだろう。今日のクリスは不思議だな。と思いながらそのまま座ったの。


「また、変な音が聞こえるの……」


どこか怯えた表情をしながら彼女は言った。

「変な音……?」

「うん、不思議な……聞いた事ない音で……」

わたしより外に出ている彼女が聞いた事のない音……。

「どんな音が聞こえるの?」

両手に耳を当てながら、クリスティーンは集中した。

「ざざぁ、ざざぁ……って言う音と一緒に水が落ちる音が聞こえる……」

ざざぁ……?

確かに聞いた事がない音かも知れない。

それに……水が落ちる音って?

「ずっと聞こえるの……ヘレナには聞こえないの?」

「うん、全然……。」

そう言うと、クリスティーンはとても驚き文字通り目を丸くした。

「本当に……?冗談で言ってたら怒るよ?」

この時の彼女の顔は真剣そのものだったのをよく覚えている。

とても冗談で驚かせているのではない、そう確信したの

「本当よ、わたしには風の音と小鳥のさえずりしか聞こえないもの」

それでもクリスティーンはわたしを疑うような顔をやめなかった。

「あぁ、それが本当なら……わたしは何を聞いているの?」

「わたしにはわからない……でも、きっと――」

不安そうなクリスティーンを見てわたしまで不安になってきた。

「きっと、何?」

色白な頬に両手を当てながら尋ねられた。

「きっと……神様のお告げなんだよ」

クリスティーンの震える両手を取り、自分の両手で包み込んだ。

「お告げ?……わたしに?」

何かにすがるよう私の話を聞いた。

「うん、だからもう悪い考えはやめようよ」


「そうだよね、これはきっとなんだよね……」


「そうだよ、きっと……」


「分かった……そう思う事にする……」


「この事はわたしたちの秘密にしよう……」


「わかった。秘密ね」


「わたしたち、二人だけの秘密ね」


両手の指を絡め、額を合わせて祈るように瞼を閉じた。



「「この冠に誓いを捧げましょう」」



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