館の住人
いつもと変わらないこの屋敷に変わったことが起こった。
新しい住人がやってきたのだ。
陽が真上に登りきる頃、昼間でも光があまり通らない薄暗い森の中を白い車が走る。
不気味な森の中を陽気な声と楽しげな音楽が響く。
まるで場違いとも思える彼らは、この屋敷で起こることを何一つ知らなかった。
「ねぇ、ママ!あとどのぐらいで新しいお家に着くの?」
明るい茶色の髪を顎の高さで切りそろえ、大きなこげ茶色の輝く瞳と薄紅の唇。
健康的な肌色の少女は小鳥のようなソプラノの声で、無邪気な笑顔とともに右横に座る母親のディアナに尋ねた。
「そうねぇ、あと少しかしら……?」
淡いブロンドの柔らかい髪を肩甲骨までまっすぐ伸ばし、色白の肌に深い緑の優しい目を持つ美しい女性だ。
愛する娘に優しく微笑みながらディアナは答えた。
「そうだね、もう少しで着くと思うよ」
優しいテノールで答えるのはステファニーの父、ダスティン。
ゆるくウェーブがかかった黒く長い髪を一つに結び、少し不健康気味な肌に髪と同じ黒い目でとても整った顔をしている男性だ。
今はハンドルを握りしめ、あまり舗装されていない道なき道を進んでいる。
「あと少しかぁ……」
ステファニーにとっては何回目かわからないほど言われた”あと少し”だったからか、悲しげに窓の外を眺め始めた。
車内で流れている曲はこのステファニーが好きな明るい音楽、この車もステファニーが好きな白くて可愛らしいフォルムをしている。
何もかもステファニーが好きなように、喜ぶように、したいようにするのがこの家族での決まりだ。
「ステフ、退屈なのかい?」
兄のアンソニーが退屈そうにしている妹を気にかけての一言。
母親のディアナと同じ髪と目の色で、癖のない髪に聡明そうな目つき、黒いフレーム眼鏡をしている青年だ。
「うん。……でも、ちょっとだけだよ?」
「そっか……。じゃあ、新しいお家に着いたら何をしたいの?」
後部座席を鏡越しで見ながら聞いた。
「うーん。なにをしようかなぁ……」
と言いながら深く考え始めるステファニー。
これで少しは退屈しないだろう、という兄らしい提案だ。
彼女の思考は実年齢よりいくらか幼く、比較的単純な発想のため、一緒に長くいたアンソニーには特にわかりやすい。
黒っぽい木々の間から赤煉瓦の壁が見えてきた。
この一家の新しいお家、というか例の屋敷。
外壁は赤煉瓦で統一され、屋敷の入り口から玄関口まで続く道にも同じ赤い煉瓦が敷かれており、全体的に赤い印象がある屋敷だ。
屋敷の周りを囲うように深緑の木々が生い茂り、庭の草木にも手入れは全くされていないようだった。
屋敷の時間が止まっているようだと言っても、屋敷の周りは変わっていくようで、草木は自由に育っていくのは変えられない。
新しく自分の家になる屋敷を見てステファニーは
「ここが新しいお家なの?」
と興味津々なようだ。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
父親のダスティンが運転している白い車に少し送れて大きなトラックが3台かやってきた。
この一家に仕える使用人たちが家具を載せてきたトラックだ。
使用人は3人。執事と庭師と侍女である。
執事の名はマット・ヒルストン。ロマンスグレーの髪を上品に整え、深い灰色の目を持つディアナに昔から仕えている初老の男性。とても面倒見が良く、ステファニーやアンソニーの面倒も見ている。
最近は自分で調合したブレンドティーを作るのが趣味。
庭師の名はヒュー・ストリーブ。赤毛の短髪に明るい緑目の無骨な顔の男性。元陸上自衛隊の隊員だったが、片目を負傷したことにより辞職した。
植物が好きで、色々な花や草木の名前をステファニーやアンソニーに教えている。
侍女の名はスザンナ・ラドクリフ。栗色の髪をミディアムストレートにしており、丸く黒い目が愛らしいうら若き女性だ。普段は食事を準備したり、ステファニーとアンソニーの勉強を見ていて、2人にとっては姉のような存在でもある。
3台のトラックは順に屋敷の中に入ると、正確に横一列に駐車した。
まず降りて来たのは先頭のトラックを運転していた執事のマットだ。
白い車の横でダスティンとディアナが談笑しているところへ、荷物が全て到着したことを伝えるマット。
ヒューとスザンナは庭に生え放題の草木を楽しそうに見て周るステファニーとアンソニーに付き添った。
「ねぇ、ヒュー。これはなんていうお花なの?」
近くに来たヒューにステファニーは尋ねる。
地面に小さく生えた若草色の草で、色んな方向に短く伸びた草の中央に小さな花のように生えた植物をステファニーは指差している。
「それはフキノトウだな、そこら辺にたくさん生えてるぜ。」
「へぇ~、フキノトウって言うのね!」
首を傾げ色々な角度から眺めているステファニーを横目にヒューは解説を続ける。
「そいつの花言葉は”愛嬌”や”仲間”があったっけなぁ」
「ふぅ~ん、やっぱりヒューはお花のこと詳しいのね!」
と言いながらヒューに微笑む。
「まぁな、おじさんはお花大好きだからな」
そう言ってステファニーの頭を優しく撫で、立ち上がった。
「まだ意味はあるんだが……。今は必要ないか」
小さく呟いて自分が乗ってきたトラックに戻った。
一家が屋敷に着いて数時間が経った頃。
勿論、ダスティンとディアナは使用人たちと家に家具を運んだり、掃除をしたりしているが、幼く溺愛されているステファニーが手伝うわけもなく。
アンソニーが付き添いながら屋敷の中を探検していた。
「ねぇ、兄さん!ここはとっても広いのね!」
赤黒い絨毯が敷かれた廊下をクルクルと回りながらステファニーは喜んでいる。
「あぁ、そうだね。迷子にならないようにしなきゃね」
そう言いながらアンソニーは部屋の位置を覚えるためか、自分の手帳に屋敷の間取りを書き込んでいる。
「大丈夫よ!兄さんが道を覚えているんでしょ?」
後ろで手を組み、アンソニーと向かい合わせで首を傾げながら言った。
「あぁ、ちゃんと描いてるよ」
と言い、描いていた地図をステファニーに見せる。
「それなら大丈夫よ!私、兄さんのことを信じてるから」
笑いながら言う彼女の顔は、本当に心から信頼している顔をしていた。
ステファニーにとって兄は自分を一番理解してくれる人物。信頼している人物とも言えるのだ。
ステファニーが今どうするべきか分からない時でも、どうしたら良い方へ行くのか、その全てを教えてくれたのはこのアンソニーなのだ。
その兄の後に続いて歩くと間違いは今まで一度もなかった。
今までは。
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