第16話 駒

 私が部屋に戻ると、ハルが当然のようにそこにいました。

 相変わらず表情が読めません。これまで彼のことを苦手と思ったことはありましたが、こうしてみると不気味という感情が沸き上がってきます。


 「どうやら知ってしまったようだね。」

 「君の父上が、ガッティーニのことを知っていたのは意外だった。念のため言っておくけど、彼に加護を与えたのは僕じゃないから。」


 相変わらず先に言われてしまいます。どうやら私たちがしていることはハルには筒抜けになっているようです。


 とりあえず、疑問に思っていたことを聞きます。

 「私にマナを注入する時に、ヒールを使わなかったのはわざと?」


 「そうだよ。」あっけないくらいに感情のない声で答えがかえってきました。


 あれだけ私が痛い思いをしたのは何だったのか!そんな思いで心がいっぱいになり、何も話すことができません。

 目には涙がたまっていました。


 「君は、ただでマナを魔法が使えるようになるとでも思っていたのかい。あるものを得るためにはそれなりの代償を払わなければならないんだよ。」

 「ただ、君が払った代償は痛みではなく、下手をすれば脳に後遺症が残ったかもしれないということだったのだけれどね。」


 それを聞いて、確かにハルが以前そんなことを言っていたことを思いだします。

 「あれは本当だったの?」思わず口をついた言葉にハルは冷静に「うん。」と返してきます。


 あまりのことに、もはや頭が何も受け付けません。

 そのままその場で立っていることすらできなくなり、座り込んでしまいました。


 ハルはそんな私におかまいなしに話を続けます。


 「今回、君に与えたミッションだけど、まあ、合格といったところかな。」

 「ただ、たぶん君の母上はあの花を抜いてしまい、使うことはないと思うけど。」


 もう、何がなんだからわかりません。「精霊の加護とはいったい何?」思わずそんな言葉が口をついてでてしまいました。


 「精霊は長く生きるから、退屈しがちなんだよ。だから人間に力を与えてそれでどうなるか、それを皆で楽しく見るのさ。」


 「な!」絶句して私は二の句が継げませんでした。

 皆が良いものと信じて疑っていない加護が実はこんなとんでもないものだったとは。


 「まるで駒・・・」


 「はは、君はうまいことを言うね。そう、チェスの駒と思ってもらっても良い。」

 「実際、精霊同士が加護を与えたものを争わせたこともあったからね。」


 「どうしてあなたを助けてあげた私にこんなひどいことをするの!」もう、やけくそになって叫んでおりました。

 貴族の矜持もどうでも良いと思っておりました。


 「心外だね。君が僕に加護を与えるように頼んできたんだよ。それに少なくとも、君が学園で自殺するという最悪の未来は回避できそうじゃないか。」


 「もともと僕は助けてくれた君を巻き込むつもりはなかった。それに精霊の加護は、やはり影響が大きいから、ある程度それを使いこなす才能があると認められた者にしか与えられないというのは本当だよ。」


 「だから将来どうなるかわからない子供には与えないのが原則なんだよ。」


 「僕が君に関わったのは、正直君が途中であきらめると思っていたからなんだ。運もあったと思うけど、ここまでやり遂げたのは立派だと思う。」


 「で、どうする精霊の加護をあきらめる?」平気でそんなことを聞いてきます。


 私は、本当はもう精霊の加護はいらないと思いましたが、やはり怖かったのです。

 確かに、ハルの言うとおり最悪の未来だけは防げそうでしたが、万が一にも、あのように死ぬのだけはごめんだ、駒としてでも生きたい、そう思っておりました。


 結果、「あきらめない。」と小さく答えておりました。


 「まあ、いい。すでに僕を嫌ってしまっている君に朗報だよ。僕はしばらく留守にする。用事ができて故郷に帰られなくてはならなくなったんだ。」


 「用事?」


 「そう、精霊王の・・・、いや、何でもない。僕の故郷は、ここから結構遠くて、行くだけで1年位はかかる。往復で2年、あと、向こうで1年くらいはいると思うから、多分3年位は帰ってこれない。」


 「その間、君は自由だ。何をしても良いし、逆に何もしなくても良い。ただ、僕が君に関わったことや、君が珍しい光魔法を使えることは他の精霊に知られてしまっているから。いろいろちょっかいをだしてくる精霊やつはいると思う。」


 「しかし、何にしろ、精霊は皆故郷に帰るから、少なくとも3年間は無事だ。」


 「その間、魔法の修行をするのもしないのも自由だし、君が言っていた貴族の矜持を学ぶのも学ばないのも自由だ。」


 「3年後どうなるか、それを考えてやってくれれば良い。」


 「もし、辛ければ今回の記憶を消してもよいよ。そうすれば、少なくとも3年間は何も思い悩まず、いままでどおりに平和に暮らせる。どうする?」


 このハルの提案に悩まなかったといえばウソになりますが、私はやはり最初にみた未来視のイメージが強烈すぎたので、知らないまま、あのような未来を迎えるよりは、苦しくても抗ってみたいと思いました。

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