第伍夜 廃屋

今から三十年ほど前。

私の母が十代のころ。地元にまだ某ドーナツショップが進出していなかった頃。

友人と一緒に隣町まで車で二時間かけて、ドーナツ屋に行くことになった。

友人と母の二人、運転は友人がしていた。


しばらく人気も車通りも無い山道を走っていた。

普段使わない道で、しかも出発が遅めの時間で既に夕方四時を少し回った事だった。

辺りは薄暗く、民家もまばらだった。


車は一軒の廃屋へとたどり着いた。

外部からの侵入を阻む為なのだろう、窓には木の板が打ち付けてある。そこそこの大きさの家で、元は酪農をやっていたのだろうと思われる建物の跡が残っていた。


母は「まずい」と思ったそうだ。

母も噂程度には聞いていた、「家」。

廃屋の建っている地名から、近隣に住む者は「Fの家」と呼んでいた。


母はすぐに友人に車を出すように言った。

「ここは危険だから。本当に出るって噂だから。」と。

けれど友人は怖いもの見たさで車を降りようとした。


開かない。


車のドアが開かない。


さすがに友人もあわてだした。

「おかしい」と。


ドアにロックを掛けたわけではない。それなのに開かない。


車を出して引き返そうと思い、アクセルを踏んでも車は動かない。エンジンを切ってはいない。


段々と車の中が冷えてきて、窓がうっすらと白くなり始めた。


何かがいる、とそう直感として感じ取った。

目には見えないけれど、何かがいる。


関わってはいけない、あちら側の何かが。


運転席にいる友人も慌てだし、引き返そうと鍵を回し、エンジンをかけようと何度も試みていた。


何度目かでエンジンはかかり、そのまま地元へと帰る道を車を走らせた。


車中はとても静かだった。


ようやく見慣れた道まで戻ると、ふたりともほっとした、と。戻ってくることが出来た、と。


そう母は語り、その友人とは縁が切れて今どこにいるのかはわからないという。

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