因と縁と果 ―鬼恋硝子の業結び 番外―

星 霄華

バイト探しは烏まで ―賀茂梓―

 賀茂かもあずさ、十五歳。この四月、めでたく女子高校生になった。


 ということで、私はバイトを探すことにした。――――いや、探そうとしたんだけど。


「……そう簡単に見つかるわけないよねえ」


 駅前通りを一人で歩きながら、私はため息をついた。

 当然と言えば当然だ。農業と林業と観光業でなんとか成り立っているこの田舎で、バイトなんてそうあるわけがない。や、どこの農家も若い働き手が欲しいとは思うんだけどさ。うちも手が足りないからって、週に何日かは学生さんに来てもらっているし。一人娘として、雑用以外でも家のことを手伝うべきなんだろうけど。


 でも私がやりたいのはそういうのじゃなくて、これぞアルバイトって感じの、飲食店の従業員とか本屋の店員とかなのだ。できれば可愛い制服の。


 で、お父さんたちに許してもらえたから、その手の店が並ぶ駅前通りで探しているわけだけど。生憎と、ほとんど募集していなかった。あるのはせいぜい、スーパーの夜のシフトや居酒屋くらい。でも、さすがにそういうのは色々と怖いし、お父さんたちも許してくれないと思う。特におじいちゃんは、絶対に許してくれないだろうなあ。


 こうなると、あとは商店街くらいしかないよね。けど、年中行事の時期に臨時で雇うことはあっても、普段は手が足りているって聞くからなあ。雇ってくれるところ、あるかな。

 でも、他に地区内で飲食店の従業員を雇ってくれそうなところはないし。また大きな息をついて、私は商店街のほうへ向かうことにした。


 花見目当ての観光客を避けて裏道を歩いていると、頭上から烏の鳴き声がした。羽ばたきの音と共に影が私の足元に落ち、さらに大きくなっていく。

 こんなふうに、私のそばに下りてくる烏と言えば――――


雪消ゆきげ! あーちょっと待って、あっち行こ!」


 嘴に傷のある烏――雪消が私の腕か肩に止まろうとするものだから、私は慌てて少し歩いた先にある塀を指差した。

 だって今日着ているのは、お気に入りの孔雀羽色のロングカーディガンだ。薄手のニットだから、雪消が止まったらきっと爪が引っかかってしまう。


 雪消は素直に私の言うことを聞いてくれて、塀へ向かうとそこに止まってくれる。私が後に続いて近づくと、おねだりするみたいに嘴を差し出してきた。

 もう、可愛すぎる。私は頬を緩め、この甘えんぼうの要望どおり、嘴を撫でてあげた。


「雪消、今日はどうしたの? 友達のところに遊びに行ったりしてたの?」


 冗談混じりに問いかけてみると、雪消はこくこくと頷いた。それから首を傾げ、かあ、と澄んだ声で鳴く。そっちはどう? って聞き返すみたいに。


 私は何故か動物に懐かれやすい性質で、烏が寄ってくるのは別に珍しいことじゃない。でも、私の言葉に反応してくれるだけでなく、問い返してくる子は珍しい。雪消以外だと、峠道近くに最近棲みついた、野良の白い紀州犬くらいだ。会うといつも尻尾を振ってじゃれてくるのがすごく可愛いんだよねえ。

 私はへらりと笑って首を傾けた。


「私? 私はバイト……雇ってもらえそうなところを探してるの。高校生になったらバイトするの、夢だったから。でも見つからなくて、商店街のほうへ行く途中。あるかどうか、わかんないけどね。商店街でバイトしてる高校生は多いし」


 かあ


「うん、行ってみないとわからないよね。もしかしたら、手が足りてないところがあるかもしれないし」


 雪消の相槌に私は頷いて言う。一声がどういう意味を持っているかなんてわからないけど、そこはまあ気にしない。雪消が私の話を聞いてくれているのは確かなんだし。


 ……うーん、なんで私、裏道で烏に愚痴ったり励ましてもらっているつもりになっているんだろう。周りに人がいないからいいけど、これ、傍から見たら絶対変な子だよね。何かの漫画とかアニメのオタク扱いされそう。あの魔法使いの映画とか。里彩りさに借りた漫画にも、鳥の言葉がわかる女の子がいたなあ。


 でも、雪消に話を聞いてもらうとなんだか気が楽になるんだよね。里彩や優希ゆうきに愚痴ってもすっきりするけど、それとはちょっと違う感じで。雪消がうちにいた頃、色々聞いてもらっていたからかな。雪消と二人きりのときになると、つい色々話しちゃうんだよねえ。

 ともかく、雪消も私に撫でられて満足したみたいだし、そろそろ行こうかな。そう思って私がじゃあ、と言いかけたのだけど。


「雪消? え、ちょっと駄目、引っ張らないで」


 はむっと私のロングカーディガンの袖をくわえられ、私は慌てた。やめて、そんなふうに塀の上をぴょんぴょん跳び跳ねていかないで。私のロングカーディガン、伸ばさないでー!


 私の必死なお願いを聞いてか、雪消はその場に止まってくれた。でも袖は離してくれない。私を振り返り、じいと見つめてくる。

 私は首を傾けた。


「……もしかして、ついてきてほしいの?」


 尋ねてみると、雪消はこくこくと頷いた。私が理解したからか、ロングカーディガンの袖を放してくれる。ぴょんとさらにもう一歩跳ねて、私を振り返る。


 …………


 迷う時間はほんのちょっとだった。私は数秒だけ雪消を見つめ返して、また跳ねだした彼の後をついて行った。


 だって、雪消は私を変なところへ連れて行ったりしない。とても賢くて、私に懐いてくれている可愛い子だもん。きっと、商店街――――雇ってくれそうなところへ連れて行こうとしてくれているんだ。


 それに、烏につれられてなんて、何かの物語みたいでなんだかわくわくする。猫について行ったら素敵なお店に……なんてアニメであったけど、憧れだったんだよね。


 変わったシチュエーションだからかなんだか楽しくなって、私は辺りを見回しながら雪消の後をついていった。時々通っている何の変哲もない裏道なのに、少しだけ違う感じに見えてくるから不思議。おばあちゃんたちがいつも見ている番組でたまにやっている、絵本作家のおじさんが絵を描きながら町を散策するコーナーみたい。あれ、この地区でやらないかなあ。


 ……なんか、バイト探しよりこっちのほうが楽しいかも。雪消につれられて、地区の探険。つれられてみれば、予想していたのとは違う場所に出てびっくりしたりどきどきしたり。小学校低学年のときに雪消と出会っていたら、絶対やっていただろうな、私。


 途中から塀がなくなったから、ロングカーディガンを脱いで雪消を肩に止まらせて、さらに歩いていく。しばらくすると、大型車一台がどうにか通れる程度の幅しかない道に出た。


 道は私から見て左右に伸びていて、どちらも一辺は勝手口や排気口があり、もう一辺は飲食店を中心に小さな店が並んでいる。いかにも建物の裏側って感じだ。


 この景色ってことはここ、商店街の裏路地だよね、多分。お風呂屋さんの近くの。途中からどこへ行くのかわからなくなっていたけど、あの裏道をあそこで曲がったら、ここへ着くんだ。初めて知ったよ。


 どんなお店があるのかな。見たところは普通の飲食店とかそういうのっぽいんだけど、商店街からお風呂屋さん辺りの裏路地って、なんかこう、子供が入っちゃいけなさそうな雰囲気と名前のお店が何軒かあるんだよね。特に今みたいな観光シーズンの夜なんかは、子供が行っちゃいけない辺りだっていわれてるし。実際、悪い話聞くし。


「どっち行けばいい? 雪消」


 尋ねると、雪消は首を右へと巡らせた。裏路地の向こう、商店街の端にある店の勝手口前に停められた紺色のワゴン車を嘴で示す。


 表通りに続く細道があそこにあるってことは、私の目の前にある店は喫茶店だよね。コーヒーの匂いがするし。じゃああそこは……本屋さんかな。漫画を探して立ち寄った里彩が、そんなものは一冊もない、研究者とかが御用達にしそうな店だったって肩を落としていたような。だから入ったことはなかったけど……。


「雪消、あの店に行けばいいの?」


 肩を見上げると、雪消はこくりと頷き、片翼をばさりと動かした。


 ……うう、なんか視線が痛い、というかいたたまれない。通りすぎていくいくつもの、なんだこれ、な目。多分、桜がちらほら咲いてきているのに合わせてやって来た、気の早い観光客だ。


 当然だよね、烏を肩に止まらせた女の子なんて普通はいないし。大道芸人か何かかなって思っているんだろうな、きっと。ごめんなさい、ただのバイト探し中な女子高生です。


 ともかく、雪消が案内してくれたんだし、バイト探しているんだし、募集のポスターは貼ってないけど行ってみて損はないよね。聞いてみて、募集してなかったら諦めればいいだけだし。何より、早くこの場を早く離れたいよ。


 というわけで、私は雪消に導かれるまま、ワゴン車に向かって歩いてみることにした。


 歩いていると、赤いラガーシャツが似合いすぎるがっしりした体格の男の人が店から出てきた。あれ、あの人確か、去年の節分のときに参道で、近くにいた小さい子に突然大泣きされていた人だ。顔を見るなり泣かれて困っているはずなのに、なんだか申し訳なさそうにしていたっけ。


 見かけによらず優しい人なのかなって印象に残っていたけど……あの人、この店の人だったんだ。


 男の人はワゴン車の後ろへ回ると、車の中に積まれていた本を取り出していった。私なら絶対持てないに違いない本の山を軽々と抱え、開けっぱなしの扉から店内に入っていく。仕入れた本を店に運んでいるのだろう。


 男の人が中に入ったきり、次の運び手は現れない。あの男の人だけでやっているのかもしれない。古書店は、こう言ってはなんだけど普段はあまり人手が要りそうにないし。一度にあれだけ本を運べるなら、女の子なんて必要ないだろう。


 でも……なんかここ、いいかもしれない。あの人がいるのならきっと、静かで雰囲気の良い店だ。勤務時間の都合は大事だけど、どうせ働くなら、良い雰囲気のところで働きたい。


 私の軽かった気持ちが少しだけ強くなっている間に、男の人はまた店から出てきて、両手いっぱいに本の山を抱えた。そしてまた、開けっぱなしの扉へ向かおうとする。

 けど、店の扉のほうを向いて歩きだした途端、何故か立ち止まった。む、と眉を寄せ、ワゴン車の中を見ている。


 あれ? 男の人のラガーシャツのポケットから、何か伸びている? コード?


 よくわからないけど、男の人は困っているみたい。私は足を速めると、困り顔の男の人のところに駆け寄った。足音を聞きつけてか、男の人が私のほうを見る。

 ……? なんでこの人、こんなにびっくりした顔しているんだろ。雪消を止まらせているから……にしてはそっちのほう、見てないし。私、変なことしてないよね?


「あの、すみません。ちょっと失礼しますね」


 そう愛想笑いで一言断り、私はワゴン車の中を見た。

 あ、壁に立てかけられたこの網に、紐――――イヤフォンのコードが引っかかっている。だから男の人は動けなかったんだ。両手は塞がっているし。

 なので、私は代わりに網からイヤフォンのコードを外し、男の人を見上げた。


「……あの、ついでに閉めときましょうか? 本はもうないみたいですし」


 なんで驚いたままなんだろう。とりあえず私が首を傾けると、男の人は瞳をさまよわせた後、頼む、と頷いた。


「……時間があるなら、寄っていけ。礼に茶くらいは出す」


 さっきと同じ、ぽつりとこぼすように男の人は言うと、私の返答も聞かずに店へ入ってしまう。そっけない言葉、無愛想な態度。外見そのまま、武骨という言葉が相応しい。

 残された私は、雪消と顔を見合わせた。

 とは言え、断る理由なんてこれっぽっちもないのだ。ここへバイトを探しに来たのだから。


「……ああ言ってくれてるし、お茶をごちそうになればいいよね」


 かあ


 私が話を振ると、澄んだ声の返答が返ってくる。ちょうど裏路地に入って来た人が、ぎょっとした顔で私たちを見た。その目はたちまち不思議そうなものに変わる。


 ああもう、恥ずかしいったらない。誰に向けてでもなくごまかし笑いをした私は、雪消をねめつけると、急いで店の中に入った。

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