第138話 注視

音を鳴らさぬよう静かに閉められた扉



トイレは廊下の一番奥にある



剣道防具の面、胴、垂れを身に着けた宗一郎は跼蹐(きょくせき)な足取りでトイレへ向かい廊下を歩き始めた。



あまりにも静かな校内に



C調な気分など微塵も無い



宗一郎もまた…底知れぬ恐怖因子に取り込まれ、ただならぬ恐怖を肌で感じていた。



際立つ静寂の中…



何時、何処からともなく現れるやもしれない奴等の存在に…



死相顔の同級生や先輩、後輩、先生がいつなんどき襲いかかってくるかもしれない不安に…



宗一郎の全身にそんな恐怖が纏わりついていた。



それに加えて視覚からの恐怖 至る所、壁にぶちまけられた血糊を目にして



剣道の面の下では脅えきる宗一郎の顔が滑稽に思える程、分かり易い恐怖顔を浮かべていた。



宗一郎は役にたたないシンバルを震える手で握り締め歩を進めた。



床に散らばるガラスの破片や散乱物を恐る恐る避けながら必要以上に顧返、顧歩を繰り返し、辺りを警戒する宗一郎。



トイレへと向かう途中、宗一郎は素早く陰に隠れ、階段へと注意を払う



…奴等の姿はなかった。



次いで陰に隠れながら今度は教室を見渡すがこちらにも奴等の姿はない



隣りの教室も、またその隣りの教室も身を隠しながら確認して回るが奴等の存在どころか死体一体見当たらなかった。



あるのは散乱物と血痕のみだ



安全を確認した宗一郎は歩調を早めた。



ビクつきながら奥へ奥へと進み、トイレに到着



一瞬抵抗と迷いが生じるも宗一郎は女子トイレへと入っていった。



鏡は割れ、点々とした痕跡を残す血痕



その他、天井まで届く血飛沫の痕が見えるが



トイレ内に肝心な響子の姿が無い…



個室トイレの扉は全て半開きに開き早苗の姿さえも見当たらなかった。



おいおい…



なんでだよ?あいつら何処行った…?



なんでいねぇーんだよ…?



宗一郎は急いで女子トイレから出るや今度は男子トイレへと入った。



こちらも所々血が飛び散り、用具庫から洗剤やモップ、デッキブラシに数個のハンドペーパータオルのロールが飛び出し、床に散乱している。



宗一郎はデッキブラシを見つけるとそれを拾い上げ、かわりにシンバルを洗面台に置いた。



男子トイレにも2人の姿が無い…



ここにもいねぇー…



まじかよ…あいつら何処行ったんだ…



焦りと不安が生じ



宗一郎が廊下へ出た瞬間



ガリッ ガリッ



音が鳴った



その音はすぐ横の階段から聞こえてくる



ガリッ ガリッ



ガラスの破片を踏みしめる音だ



階段から何者かの上がる足音が聞こえて来た。



ほんの一瞬、響子か早苗かと思ったが…



十中八九…違う…



宗一郎は真向かいの教室へ慌てて入り扉へ背を付け身を隠した。



ガリッ ガリッ



踏みしめガラスの砕ける音は徐々に近づく



緊張から宗一郎の鼓動は速まる



何者かがこの階へ到達し、廊下を歩き出した。



うぅぅぅ



デッキブラシを強く握り締め、息を殺しながら身を潜める宗一郎



うーぅううぅ



ヨロヨロと歩行し床に映る影



ロングの髪は乱れに乱れ、白いブラウス、青いリボンは真っ赤に染まった元女子生徒の哀れな末路の姿だ



左目はかじり取られ、右腕の第2関節から先が欠損している醜態かつ可哀想な成れの姿が現れた。



切断面から多量の血液を垂らしながら床へ痕跡を残し、か細く小さな呻き声をあげながら元女子生徒は廊下を徘徊し始める。



うう~うぅうう



扉に身を隠す宗一郎の前を通り過ぎようとする元多感で未成熟で思春期のJK



額に冷や汗を滲ませ、宗一郎は呼吸を止めた。



ぅう~~



ゾンビ化した女子生徒がノロノロした歩行で通り過ぎ、宗一郎はその後ろ姿をジッと目にした。



遠のいて行くゾンビ



宗一郎は気付かれぬ様に隙を突いて抜き足で廊下へ飛び出し、差し足で階段まで移動した。



それから忍び足で階段を降下し踊場付近で止めていた呼吸を再開、宗一郎は苦しそうな表情で一気に酸素を肺へと取り入れた。



面の下では嫌な汗が雫となり一筋流れ落ちた。



呼吸を整えながら焦る宗一郎



やべぇーよ…



早く2人を連れて戻らねぇーと…



何処行ったあの世話焼きマ○コ共は…



下のトイレか…?



息を落ち着かせた宗一郎は2人を探す為、下のトイレを目指した。



勢い良く一歩を踏み出し降下を始めた時だ



大量の血液に足を滑らせ、突如バランスを崩した宗一郎は足を踏み外し、階段から思いっきり転げ落ちた。



10段はあろう階段を豪快に転落し、転げながら廊下へと倒れる。



面や胴のおかげで全身強打は免れたが肘や膝を強打し痛がる宗一郎



宗一郎「…っ ってぇぇ~」



宗一郎は痛みに顔を歪めた。



倒れながら両目を瞑り、肘や膝の痛みに悶えている。



そして、痛みに耐える宗一郎にある気配が感じられた。



多くの気配を…



感じる…



宗一郎は痛がるのを止め、ピタリと静止し、ゆっくりと目を開くや…



気配のする方へ振り返り、視線を向けると…



10数メートル先には…



無数の奴等がいた。



死肉を貪り口に頬張るゾンビの姿、食欲旺盛な奴等の餌場と化した廊下



臓器を掲げ、滴り落ちる血を飲むゾンビ



舌を引き抜き満足そうに食事をするゾンビ



この先表現したいがこれ以上は残虐過ぎて書き手の人間性や本質が問われそうなので控えるが映論も真っ青な、もし映画なら即上映禁止になる様な…



死体が次々と解体されゾンビ達の憩いの団欒が成されていた。



宗一郎はすぐ斜め前にあるトイレへチラリと視線を向け、夢中になるゾンビ等へ気付かれぬ様立ち上がる。



そして、音を立てずにそっと近づき女子トイレへと入るや否やの瞬間



宗一郎がふとゾンビ等へ目を向けた時だ



全ての視線がこちらに向けられていた。



咀嚼しながら生気の欠いた虚ろな瞳が熱視線の様に自らに集中され、注目の的にされる。



宗一郎の瞳孔が俄に開いた。



宗一郎「あ…あ…」



注視を浴びたと同時に見つかってしまった宗一郎



卒倒しそうな程の衝撃が走り



全身の血の気が引いた瞬間



一斉に奴等が襲いかかって来た。

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