第90話 乱入
9階 フロアー内廊下
理沙vs芹沢
廊下には挌殺された感染者の死体、馘首(かくしゅ)されたゾンビの死体、他にもナイフによる斬殺、刺殺された遺体や、銃殺された死骸が数多(あまた)に転がり、それらがにわかに死臭を放ち始めている。
渋谷組の殺戮ゲームによって屠られ、無造作に転がる遺骸共の真ん中に女王が悠然と佇んでいた。
愛らしい程の喜色満面を浮かべる理沙
理沙の瞳がいつの間にか黒から真紅へと変わっていた。
理沙は無邪気な振る舞いと口調からまだ少女の気が残るものの、それとは裏腹に噛まれた箇所以外は一切の外傷が見当たらず、その妖美を漂わせる綺麗な肌、ある意味瑕疵(かし)の全く見当たらない抜群のスタイルと洗礼された美貌を兼ね備えている。
普通の男なら心奪われる程の魅力に満ち溢れ…
まさに世の女性なら誰もが羨む程の明眸皓歯な女へと短時間で発育を遂げ芹沢の眼前に立っていた。
魅力に満ち溢れてはいるのだが…
その赫奕(かくやく)と相対して理沙から掻き放たれる目に見えぬ強大かつよこしまなオーラが、四方へ撒播(さんぱ)され…
そのオド(邪気)が波の様にとめどなく押し寄せ芹沢の全身にまとわりついていた。
そんな芹沢の顔色から嘲笑や余裕などは完全に消え失せていた。
眉間にシワを寄せ、怖気に表情を強ばらせる芹沢は理沙から目さえ離せずにいた。
目が合うその真紅の瞳からまるで瞳術にかかった様に緊縛にかかる芹沢の身体
同時に少しでも目を離した瞬間 懐へ踏み込まれ、命を奪われる殺意のイメージに襲われ、身動きが封じられていた。
比類無きこの世の不吉を全て取り込んだ様なパンドラの箱そのものな絶対的悪色力
背を向け逃走するなど論外な人知を超越した圧倒的魔気と殺気に芹沢の身体は麻痺した様に動けなくなっている。
理沙「フフ その顔その顔…あなた達のその死の恐怖に脅えて…滲み出るその顔 素敵ぃー ねぇ やっぱ死なない程度に…理沙がその身体を細か~く分解してあげようかぁ?」
その刹那に…
殺られる…
芹沢が防衛本能から目をカッと見開かせ、固まる腕を咄嗟に、そして強引に動かした。
球体に動作を加え、鋼糸を放出させた。
飛び出る一線の鋼糸
それは理沙に向けられたものでは無く、周囲の壁に向けての放糸
鋼糸を壁に付着させた。
そして連続で糸を発射
一気にいくつもの糸が周囲に放出され、壁や天井に貼り付き、何線も綾取られた鋼糸が芹沢の指裁きによって素早く、また巧みに編み込まれ理沙の目の前で張り巡らされた。
理沙はそれをただ眺めながら
理沙「へぇ~ 何?何?なんだこれぇー?」
ビビる様子も無く周りに張られた糸を見渡す理沙
案ずる事無い…
俺にはこの糸があるんだ…
いくらおまえが普通じゃない化け物であろうとその身体は決して鋼鉄じゃない…
所詮は人と変わらぬただの肉…
これに触れさえすればどんな奴だろうと速攻で真っ二つに…
分断出来る…
あっという間に蜘蛛の巣の様な防壁が構築され、目睫(もくしょう)の間に2人を隔てる鋼糸の壁が完成された。
そして芹沢が球体を揺すると一瞬にして骨をも切り落とす複合要素なエネルギーが糸を流伝した。
生憎まだ死にたくないんでね…
さぁ… 突っ込んで来い…
たちまちサイコロステーキの出来上がりだ…
名付けて必殺阿弥陀籤(あみだくじ)… 蜘蛛の巣に触れてみやがれ…
芹沢が理沙の顔貌を伺った。
だが 理沙の容貌に全く変化は見られない
理沙は芹沢を見ながら一抹の不安も聊か(いささか)の動揺も感じさせずにニコニコと微笑みを向けてきた。
へっ… こんなヤバい武器とヤバい必殺技を前に… 笑ってやがるとは…
もしや危機も感じ取れない単なる小物か? はたまた ただのバップな阿呆かぁ…?
ピリピリと貼り付いてくるこの異様な空気もただのこけおどしか…?
このクソビッチがぁ… ビビらせやがって…
まぁ いい… なら 助かる… このまま突進して来い 間抜けなゾンビ女…
芹沢の口元が緩み
芹沢から笑みが甦えった。
余裕を取り戻した芹沢が理沙の突進を勝ち気な文色で待ち受けた。
理沙「わぁお~ すごーい じゃあ理沙だって…」
すると 理沙が懐からおもむろに拳銃を抜き、それを芹沢へと向けた。
理沙「シャキーン じゃじゃじゃじゃーーん」
そして銃口を向けたと同時に引き金が引かれた。
パァン パパン パン パァン
弾かれた銃口から火が吹き
突飛に放たれた銃弾1発が芹沢の耳元を目にも止まらぬ速さで掠め、何発もの弾丸が身体を掠めて通過した。
拳銃から微かな硝煙が立ち込め、腐敗臭と混ざり合い独特な異臭を作り出す中
芹沢が理沙の拳銃へ視線を向けた時
脇腹に激痛が走りだす
芹沢「ぐぅ」
芹沢が脇へ手を付けると手のひらに血痕が付着していた。
撃たれたのか…
芹沢の脇腹に波打つ激痛が走り、痛みの感覚が激しくなる。
芹沢「く…クソがぁ…」
痛みに顔容を歪ませた芹沢が理沙へ視線を向けると
理沙「へぇ~なるほどね~ こうゆう事かぁ これすごーい お外へ出ればこれがいっぱいあるかも まずはこれ集めでもしようかな」
理沙が拳銃を掲げながらキャッキャとはしゃいでいた。
まじかよ… このクソビッチゾンビ…そんな物持ってやがるとは…
これじゃあいくら糸を張り巡らせようとこいつの前では無意味…
ざけんなよ… 腐れビッチが…
恐怖が再来し激痛も加わって芹沢からまたも笑みと余裕が消された。
理沙が芹沢の脇腹の出血に目を止めた。
理沙「ひゃ~ 当たった当たった 理沙当てたんだねぇ~ キャハハハハハハ やったぁ~ やっぱこれすごーい 素敵ぃ~ キャハハハハハハ」
大喜びで呵々する理沙が弾薬を掴み弾倉に弾込めをおこなう
芹沢は左手で脇腹を押さえ、苦痛に面を歪めながら張り巡らせた糸を即時に収納し始めた。
シュルシュルとたちまち戻されてゆく鋼糸
こうなったら… このビッチを直接攻撃するしかない…
マイクロ波を蓄積させ、槍の様に貫いてやる…
これも今決めたぜ… 名付けてトスミクロン砲をな…
まるで生き物の様な動きで何十本もの糸が急速に球体へと吸い込まれていく
理沙が5個の穴に弾丸を押し込め装填を完了させた。
また芹沢も球体へ全ての鋼糸を収納させ
左手で右手首を掴み、球体を理沙へ向けた。
手を離した途端、脇腹から出血を滲ませ、激痛が更に強まる中
理沙は相変わらず不気味なまでの笑顔で拳銃ニューナンブを構え、芹沢に照準を定めた。
鋼糸トスミクロン砲と銃口がそれぞれの額に定められ、即発射可能となる。
笑顔の理沙と険しく歪む芹沢の視線がぶつかり、交差した時…
突如 響く跫音と呻き声が聞こえてきた。
理沙が拳銃を構えつつその音に聞き耳を立てた。
「ぐぅぅぅうぅうぅぅぅ」
芹沢の耳にも飛び込むその声
その声の主が非常口からフロアーへと進入し、ゆっくりとその姿を現した。
「グルルルゥゥウ~」
まじかよ…?
芹沢の黒目に映り込む、3本の揺らめく触手
あの時交戦したあいつか…
異様な姿に変身したあの化け物が芹沢の前に現れた。
ん? 待てよ… あいつ…
だが… 芹沢はすぐに気付いた。
あの時の奴じゃない…
違う奴…
二足歩行で両耳の穴から生える触手、また後頭部から伸びて不気味にくねらせる1本と計3本の触手を生やす化け物
そう… こいつはあの時のあいつ…
金子巡査と高林を襲ったあいつだ…
その奇形感染者が芹沢と理沙の前に堂々と推参する
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