第91話 活劇

雌雄を決する時…



3階 建設業オフィス



ハサウェイvs特異感染者元江藤



元江藤が腰にある懸佩(かけはき)の中華包丁へ目を止め攫取した。



急激に肩の力が抜け、脱力された腕が垂れ落ちる。



しまいに全身がダラリと脱力、その右手に家庭用和包丁、左手に中華包丁を握り締め2本の凶刃な利器のみがハサウェイへと向けられた。



「しゅ…シゅしゅテマ…しスス…じ…純やくん…システマ…お…おおますさん…スステマ…システマキッチン… へへへへへへ」



システマか…?



ハサウェイは元江藤が発したシステマという単語に反応を示し、険しさと鋭さが増した。



身体がリラックス状態になる江藤



ハサウェイは矢の詰められた筒と洋弓を床に放り投げ、アーミーナイフを構えながら、ポケットへ手を突っ込み持参しているもう1本の小型ナイフ、簡易折り畳み式のポケットナイフを素早く取り出した。



動悸と固唾するハサウェイは本来非戦闘用の多機能フォールディング(折り畳み式)ナイフ



アーミーナイフを手にしている。



アーミーナイフは主に缶切りや栓抜き、その他工具としてドライバーやリーマが備わるキャンピングナイフ、軍隊の日用として用途される十徳ナイフでブレードの長さも短く、近接戦には到底むかない代物



元江藤の構えを見た途端…



この合気道にも似た無の構え…



特異感染者にも関わらず行うこの呼吸法…



ハサウェイは自分の手にするナイフをチラリと目にし、江藤を見た。



システマかよ… やべぇーな…



江藤の身につけたナイフ術は主に映像、その中でYouTube動画やDVDで熱心に見ていたルークホロウェイのシステマと呼ばれる格闘術がある



江藤はこれに没頭し独自に習得していた。



システマ



世界各国のCQC、CQBの中でも1、2を争う程の最強レベルと謳われているロシアのスペツナズが採用している超実戦的近接軍隊格闘術



イスラエルの超実戦近接護身術クラヴ・マガとそれこそ肩を並べる程のトップレベルな軍隊の実戦武術だ



人体の急所を網羅、熟知した上でリラックス、安定した呼吸法、止まらぬ動きの基本動作、白兵の生存向上、敵を一瞬にして無力化する為にのみ生みだされた一種の殺人術だ



江藤はこの技術を寝る間も惜しんで身体に叩き込んでいた。



身体に染み込んだこの技術…



こいつはこれで襲いかかって来る…



互いに無傷でこいつを捕らえるなんてそんな生ぬるい考えでは本当に殺される…



ハサウェイは即座に甘い考えを捨て



そして…覚悟を決めた。



こうなったら致命傷を負わせるつもりで…



自らも深手を負おうが…



全力でやるしかない…と



ハサウェイはゆっくり後退、ゆっくりアーミーナイフとサバイバルナイフを取り替えた。



その時 一瞬視線を反らしたその時に



江藤がノーモーションから素早く前に踏み込んできた。



ハサウェイの目の前に既に間合いへと入り込む江藤から包丁が繰り出された。



包丁の切っ先が喉を裂く寸前



キィン



刃物の接触音を奏で、音と同時にポケットナイフが斜め下から包丁を弾いた。



今度は真横から中華包丁が首目掛け飛んで来た。



ハサウェイは素早く頭部を後方にそらし、中華包丁を回避



だが 弾かれた包丁、空振る中華包丁がピタッと停止されるや元江藤はXの構えで、両刃の握る柄、なかご部の持ち手を素早くひっくり返し、ハサウェイの喉元を狙い振り放ってきた。



江藤「キェェ」



江藤の奇声と共に両サイドから刃のサンドイッチで飛んでくるが、それらも虚空を挟み斬る。



空しく芟鋤(さんじょ)された大気



ハサウェイはこれも後ろへとそらし、2本の凶刃を回避していた。



それと同時に江藤の胸部に繰り出された右の前蹴りが安打され、江藤の上体が後ろへとよろけていた。



だがすぐに空振りした包丁、左手に握る中華包丁で狙ってきた。



右足のアキレス腱を狙った振り打ち



シュ シュ



これも空を切る



間際にハサウェイが体を捻らせながら前転で床に飛び込んでいた。



江藤の敏捷な連続攻撃を寸の間で見切り、またも回避したハサウェイが床を転げ



そして身体を反転させ片膝を立てて起きあがり振り向くと…



前方にいる筈の元江藤の姿が消えていた。



寸陰で元江藤の姿がない…



ほんの2~3秒の視認による索敵



どこ行った…?



江藤を探す目の動きが急に止まり、斜め後ろから嫌な気配を感じとったハサウェイ



ハサウェイが即座に斜めに振り向くや、そこには口を大きく開き、噛みつこうとする江藤の姿があった。



急激な瞳孔反応が見られたと同時に瞬発でサバイバルナイフの峰部を江藤の口に押し当て



そのままサバイバルナイフに噛みついた。



そして数秒間の力比べがおこなわれるが



脳のリミッターが外れた元江藤の驚異的金剛力を前に押されたハサウェイ



阿房力が…



血管を浮き上がらせながら必死に耐えるハサウェイが元江藤と目を合わせた。



虫が這ってる様な奇っ怪な眼球運動をする左目



元江藤の顔がジリジリと寸前まで近寄ってきた時、突如元江藤がサバイバルナイフをくわえたまま後ろへと引いた。



サバイバルナイフが奪われ



ハサウェイも素早く後ろへ下がり、江藤と距離を取った。



不佳調に少々乱したハサウェイの息遣い



ハサウェイはゆっくり立ち上がりポケットナイフを身構えた。



向かい合った両雄



自分の心臓の鼓動音さえ聞こえて来る程、廓如の室内に再訪する粛然



ハサウェイは江藤を目にしながら汗ばむ額を手で拭った。



特異になっても…



あいつの癖がかなり出てるな…



江藤は感染者やゾンビ退治でよく正中線を狙いナイフを振るってた



急所を全て守るのは難しい…



まぁ… どっちにしろどこを突かれても一撃喰らってしまったら…



寸刻で連撃な刃が飛んでくるだろうから…



一撃でも受けたらおしまいか…



江藤はくわえたサバイバルナイフを吐き捨て、ハサウェイを目にした。



落ちて転がるサバイバルナイフの天彦が部屋へ広がる。



ハサウェイがその転がるナイフを目にする



この小刀一本で攻めてもシステマで返り討ちになるのは目に見えている…



特異化したこいつにスピードもパワーもテクニックも何1つ勝る要素が無い今…



唯一勝るもの…



やっぱあれを使うしかないか…



ハサウェイが床に落ちたトラロープを拾い、左腕にぐるぐると何重にも巻き付け始めた。



仇の風が吹きつける中



糧を棄て船を沈むる謀



ハサウェイの目はまだ気後れなどしていない…



気宇、気鋭し…  



気炎万丈をあげるハサウェイ



さてと… やってみるか…



第2ラウンドが開始される


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