第75話 苦渋

人類存続を脅かす存在



あの野太い声が2人の背後から聞こえてきた。



ハサウェイ、エレナが振り返ると背後には元キラーがゾンビ化



うめき声を発しながら手足を動かしていた。



暴悪で良心が欠落した人面獣心なる元鬼畜野郎が生きる死体として蘇生



無論 人格や記憶、知能などは剥奪され精神の形成部はまるごと喪失する単なる単細胞な傀儡の身として…



完全に首はへし折れ、支えの無い頭部はダラリと垂れ下がって胸部に顔をくっつけている



これではもはや人に噛みつく事はおろか食する事も出来ない状態…



これでは人を襲う事など出来ない…



もはやゾンビとしての存在意義さえも見いだせぬ無様な元キラーはただただうめき声を上げ起き上がろとしていた。



脅威指数は0に等しい元キラーを目にする2人



エレナがハサウェイと顔を合わせ手にする拳銃を向けながら元キラーに近寄った時だ



由美「全部おまえのせいだ」



怒声を上げ元キラーへ拳銃を向ける由美の姿を目にしたエレナ



エレナ「由美ちゃん…」



怒りで手を震わせながら銃口を元キラーへ定める。



由美「全ての元凶はおまえだ… 羽月さんも、葛藤さんも…全部…全部…おまえが殺した… おまえが全部やった」



立ち上がった元キラーは靱帯をねじ切られた左足を引きずりながら歩を進めた。



「ううぅぅぅぅ」



怒りで由美の拳銃を握る手が小刻みに震えている。



由美はそんな状態で引き金を引いた。



パアン



そして… 近距離にも関わらず銃弾を外した…


 

垂れた後頭部を狙った筈の銃弾は腹部に着弾する



1発しか入って無い銃弾を外し、ガチガチ引き金を引く由美が叫んだ



由美「くそぉ おまえのせいでクソクソクソクソォォォー」



怒りを露わに冷静さを欠いた由美は何度も何度も引き金を引いた。



そんな由美へ近寄る元キラー



「ウウウウウウゥゥ~~」



5指全てを切断された手を伸ばし、由美を捕まえようとする



由美「くっそぉぉぉぉー チキショー」



その時だ



元キラーの頭部に銃口が押し当てられ、由美の背後からエレナが飛び出していた。



エレナ「由美ちゃん しっかり見てて こうやるのよ」



パアン



片手撃ちで頭部に撃ち込まれた弾丸



元キラーは途端に口を閉ざし、崩れ落ちた。



エレナ「いい由美ちゃん 敵にトドメを刺す時は冷静にならないと駄目 引き金を引く時こそ感情的になったり、ためらったりしちゃ駄目よ  銃口を向けたのなら確実に仕留め無いと こっちが逆にやられちゃうから」



由美「ねぇ エレナさん… 私…もうこれ以上仲間が死ぬのなんて堪えられないんです」



エレナ「…」



由美「もう… これ以上誰も死なせたくないんです」



エレナ「うん そうね 私も勿論そう思ってる 実はね…少し前まで私も感染者やゾンビが怖くて怖くて仕方なかったの 誰よりもビビりで必死に逃げたわ… 逃げ回って逃げ回って 私に戦うなんて選択肢はなかった そんな事思いつきもしなかった」



由美「…」



エレナ「でもね ある事がキッカケで私は強くなれたの その1つがこれ」



エレナは握る拳銃を由美に示した。



エレナ「そして もう1つ! それはみんなを守りたいと思ったからなの… これさえあれば皆を守れると思えたからこそ私は強くなれた」



エレナが由美の握る拳銃を指をさした。



エレナ「由美ちゃんもきっと強くなれるよ それを手に入れたんだから」



由美「え?でも私…」



エレナがポケットから数発分の弾を取り出し由美の掌へと置いた



エレナ「あげる 弾はまだまだタップリあるんだから それはみんなを守る為の正義の弾よ それを使って由美ちゃんも強くなれる 従って私がこれから由美ちゃんにこれの扱い方を教えてあげる い~い! 只今より女拳銃部隊の結成よ」



由美が貰った弾をギュッと握り締めた。



由美「うん 強くなりたい 私にこれを教えて下さい」



エレナ「オーケー またの名を…ガン・スリング・ガールズってのはどう?」



エレナがウインクし笑みを浮かべた。



そんなエレナの言葉で由美の眼が見る見ると輝き、やる気に満ちてきた



由美「はい なれるなら私も強くなる よろしくお願いします」



強力な飛び道具を手にした由美はエレナのもとで強くなる事を決意した。



そして…



やっと催涙ガスの効きめが消えてきたのだろう純やが起き上がった。



由美「純やさん!」



エレナ「純やさん 大丈夫?」



純やは少しよろけながらも立ち上がり



純や「江藤は? 江藤が噛まれたって…それ本当なの…?」



そんな純やの問いかけに言葉を失う2人はただただ黙り込んだ。



純やはふらつきながらも歩み、絶命する葛藤を見るなり目を瞑り、通り過ぎた。



そして倒れた江藤を見下ろし、うなだれるその隣りにハサウェイが着けた。



噛まれたであろう箇所を目にした純がしゃがみ込みハサウェイへ



純や「こいつ… 感染…したって事すか…?」



ハサウェイ「あぁ… そうだ…ゾンビ化した羽月さんに噛まれたんだ」



ハサウェイもしゃがみ、噛まれた箇所を指でなぞった。



そして純やは、皆が口にしたくない…



あの…究極の選択



あの言葉を口にした…



純や「こいつが噛まれたのなら100%感染者になるんですよね…」 



ハサウェイ「あぁ」



純や「こいつが変身したら今度は俺らの身が危なくなる… この場にいるみんなが…」



ハサウェイ「…あぁ そうなるな」



純や「なら…そうなる前に俺らの手でこいつを殺すって事ですよね?そうしないといけないって事ですよね?」



純やを目にするハサウェイが顔をしかめた。



ハサウェイ「分からない… ホントはそうしないといけないんだが… だが… そうすべきなのか…ごめん やはり分からない…」



純や「親友だろうと恋人だろうと始末するのが今のこの世の中の鉄則です まさか俺らがその選択を迫られるとは思いもしませんでしたが…」



もしかしたら殺さなくてもいい手があるんじゃないか…



もう少し時間をくれれば何かいい手段が浮かぶのではないか…



もしかしたら… こいつは感染者になどならないのではないか…



いや もしかしたら…そもそも感染などしてないのではないか……



パンデミック中期に…



主にこの3つの微かな望みと期待で始末が遅れ、更に多くの二次、三次被害へと拡大



躊躇に呑まれ多大な犠牲者を出した悲惨な過去がある。



この頃の新宿にはビルやスーパーなどに籠城する数多くのコミュニティーが存在していた。



主に平均30~50名程のコミュニティが多く 中には100名程の大所帯のコミュもあれば2~3名で身を寄せ助けを待つ小さなコミュニティーも存在、大小様々なグループが街には数多く点在していた。



だが日が経つに連れ、コミュニティーもどんどんと数を減らしていた。



その大きな原因の1つが外へ出た者が噛まれたにも関わらず、中へ入れてしまい、またその者の始末を躊躇したが為に感染者へ変貌… 一気にコミュニティー内感染を引き起こし拡大させてしまった為である



たった1人の感染によって結果全滅する事例があとを絶たず



この頃 それが頻繁に起こっていた。



感染した者はただちに殺す



これがこの世界を生き残る為の暗黙のルールとして決められるようになった。



今の所感染を克服した人間はいない…



ワクチンも… 治療方も無い…



こうなった以上殺すしか手がないのだ



殺すしか…



ハサウェイと純やは今



その結論を迫られている。



それはまるでロシアンルーレットで自分のこめかみに拳銃をあて、その引き金を引けるかどうかの心理状況に似ていた。



そして純やが口を開いた。



苦渋に満ちた表情で 



純や「ハサウェイさん 江藤を殺すしかないです」



ハサウェイ「…」



「殺しましょう」

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