第49話 挺身

由美が2つの工具を見つけ戻ってきた。



由美が羽月へ「どっちにしますか?」



羽月「じゃあこれで」



新品の鶴はしを羽月へ手渡し、由美は業務用の大きなスコップを手にした。



それから純やが精悍な眼差しで皆の前に立ち、口を開いた。



純や「みんな これから俺達3人で警備室に行ってきます そしてあらゆるシャッターで封鎖されてる扉を全部解除してきます」



ざわめきの中 



「ホントに行くのかよ… あそこを通るなんて… 正気じゃねえよ」



純やが男を目にすると



純や「大丈夫 必ずやり遂げてみせるから」



男は純やの自信に満ちた眼を見ると息を呑んだ。



それから純やが人差し指を立て



純や「1時間… 1時間だけ俺等に時間をください 到着したら何かしら合図を送ります それまでみんなはここで待機でお願いします」



中村「えぇ 1時間ですね 分かりました でも…もし…1時間経っても連絡の無い場合は?」



純や「そん時は… 作戦は失敗したと思って下さい… 俺等の行動が皆さんの言う通りに単に馬鹿げていたと そう思ってくれて結構です」



中村「そうですか… 分かりました 結局私達は貴方達の成功を信じるしかないです どの道このビルから抜け出すには… 貴方の力に頼るしかないですから どうか気をつけて下さい そして無事成功する事を祈ります」



色々な思いや考えが錯綜する生存者達を残し純やが頷くと羽月、由美に合図を送りおもむろに歩き出した。



「頑張ってくれ おまえ達に全部かかってるんだ」



声援が送られる中



緊急ミッション



ゾンビ共の生息する通路を抜け警備室へ向かい、シャッター、防火扉などの封鎖を解除する。



純や達は階段を下り2階のフロアーへと出た。



見送りに来たスタイルと山本



スタイル「もぉ~ 警備室に行く間にヤツらが何体いるのか分かって無いのよ…ホントに大丈夫なの?」



純や「大丈夫だよ 何体いようが突貫あるのみだから それにハサウェイさん達に死ぬなって約束したんだから これで俺が死んだらマジ馬鹿じゃん」



スタイル「もう十分馬鹿よ…どっからそんな自信が湧くのかしら… ねぇ貴方達3人共…死んだらホント許さないからね」



羽月は緊張で顔が強張りながら頷き、由美も緊張気味で「うん」と頷いた。



純や「じゃあ行ってくる」



純やによって1つの扉が開かれ、何も無い空間に出た途端



目の前にある扉が激しく叩かれていた。



「うぅぅぅぅぅぅ」



「かかりちょー かかりちょー 青葉台の例の案件、あんけえ、あんかけー ガヒハヒハヒハヒハハハハハハ」



苦しんでる様なうめき声と何度も繰り返されるフレーズからの野太く下品な笑い声が扉を隔てて聞こえてきた。



それを耳にしたスタイル、山本は急速に恐怖で青ざめた。



早速 すぐそこに奴等がいるのだ…



由美は両手で握るスコップに力を込めるも足が震えてきた。



エレナの銃やハサウェイの弓といった飛び道具は無い、これから襲いかかってくる奴等を近距離で対処しなければならない…



由美は狂った奴等が束になって襲いかかってくるイメージを浮かべ、急激に怖じ気づき、腰が引けてきた。



由美はこのビルに来てから何度となく奴等を目の当たりにし、みんなと共に戦い、自信をつけたつもりだった…



そして、私にもやれる!



そう思って名乗りを挙げた。



家族や友達、夢や希望を全て奪った、人に似たあの憎い化け物共…



自らの手で倒したい…



そう意気込んで志願した由美だったが実際に主力として目の前に立ち、奴等の声を聞いた途端重圧と恐怖で足がすくんできた。



扉一枚を隔て安全と危険の境目に立つ由美、羽月は…



今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。



羽月も由美同様恐怖からツルハシを持つ手が震えている。



この扉を開けば容赦なく奴等が襲ってくるのだ



奴等のこの声を聞いている内に羽月は…



やっぱり止める…



その言葉が喉まで出かかる程怖くなっていた。



そんな中



羽月が純やを目にした。



純やは冷静かつ落ち着いた表情で扉の前に立ちノブを握ると4人へ目を向け口にした。



純や「スタイルさん、山本さんはもう見送りは十分っす 戻ってくらさい そして、羽月さんと由美ちゃんは奴等が床に倒れたらその武器でトドメを刺してね」



スタイルが由美へ「由美 やっぱあんたには無理よ 戻ろう?」



純やは由美と目を合わせた。



怖い…ホントはやっぱり帰りたい…



だが勇気を出した由美は、すぐに首を振り拒んだ



由美「ううん 私…行く」



スタイル「も~ バカ…純や…2人をよろしくね」



純やがにんやりと笑いスタイル達へ親指を立てると扉が閉められた。



純や「さぁー やろか!羽月さん!扉を開けてくれるかぃ」



羽月「俺が?」



ガチガチな羽月が震える手でドアノブを掴み、由美の心拍数も急上昇



ふふふぅー ふふー ふー ふーふぅふふふ



純やが鼻歌を歌いながらバットを構えた。



この状況で…鼻歌…? 



羽月、由美は純やの落ち着きにあっけにとられる



純や「さぁ いつでもどうぞ 開けたら戦闘開始だからね、いい?2人は倒れた奴等のここにトドメ刺しだからね 忘れないように」



純やは額を指差しながら2人へそう告げる。 



羽月は、純やと目を合わせると深呼吸をした。



ふふふーふーふふふ



再び鼻歌を歌う純やを目にし羽月が意を決してドアノブを捻り思いっきり押すも扉は開かない…



純や「それ 引き戸だから」



焦る表情の羽月はもう一度深呼吸した後 ドアノブを捻り勢い良くドアを引いた。



開かれたドアのすぐ正面にはガラスの破片が顔中に突き刺さる感染者と初期からのアンデッドなのか?腐敗がかなり進行、顔面の3分の1は骨が露見するゾンビが姿を現した。



醜悪なアンデッドを視認した瞬間



由美「ひぃ」



既に純やの金属バットがスイングされていた。



バコン



破片まみれな感染者の側頭部にバットが直撃、めり込み、隣りのゾンビもろとも振り抜かれた。



2体のアンデッドは、グシャと何かが潰れた音を立て壁に叩きつけられる。



純や「やった 超クリーンヒット!2人共 すぐにとどめを!」



純やの指示が飛び羽月が動くと、羽月は腐った肉が壁に貼り付くゾンビの後頭部にツルハシを打ち込んだ。



それに続いて由美もスコップを構えると、床に倒れる破片まみれな感染者の顔面に狙いを定め、目を瞑るや思いっきり振り下ろした。



グシャ



純や「ヒュー いいね そう 2人共そんな感じ」



肉を打つ感触、トドメを指す感覚



2人は初体験で奴等を自らの手で倒した。



仕留めた骸を見下ろすさなか



突如…無数の足音と声が響いて来た。



3人が前方へ振り向くと7体もの感染者達が狂った形相で向かってきた。



純やから笑みが消え眼光に鋭さが伺えると



金属バットを強く握り締め前へ出た。

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