#02 『入門の代償』

 心機一転。魔導士を目指すべく、喋る魔導書を手に入れたカフワだったが、彼の今一番やるべきことは別の事であった。


「ねぇねぇ。魔導の勉強するんじゃなかったの?」


小脇に抱えた魔導書は語りかけるが、さっそうと何かを探し山道を歩いて行くカフワ。天気も良く気持ちのよい風と朝の日差しが薄雲ごしにあたり、昨日の絶望的受難による心労も少し和らいだ。


「うーん。そうなんだけど、まずは腹ごしらえしないとねー昨日から何も食べてないし」


そう言うとカフワはきょろきょろと見上げながら、山道をそれて茂みに入っていった。


「あった、あった!」


カフワが見つけた高い樹木の枝には大きな木の実がなっていた。


「あんな高い所まで登るの?」


「あんなの無理だよ。手の届くような所に枝もないし」


そして今度は下を見て何かを探してるようだったが、すぐに探しものは見つかったようだ。


「うん。これなら、いけるかな。……よっと!」


探していたのは手頃な投げやすい石だった。慣れた手つきで投げたソレはちょうど木の実の付け根に当たり、実がなっている枝の先端ごと落ちてきたのだ。


「いっぱいなってるし、もう何個か取っておこう」


数分のうちに沢山の大きな木の実を集め、実にかぶりつきながらご満悦のカフワ。


「ペルズィの実ってさ、水分も多くて美味しいんだ。」


彼はこの一年、大して努力もしてない剣の腕は上がらなかったが、生きるために得た投擲スキルは本人には自覚が無かったものの、他人には真似出来ないそれなりの能力であった。


「へぇー。うまいもんだね石投げて取るの」


一部始終を見て感心するカロ。本なのに視界がどうなっているのかは謎である。


「全然お金なくてさ。歩きまわって食べ物探した結果、これが一番安定かな」


 剣士を目指し放浪途中、山道でふらふら歩いていた理由もこれだった。剣以外ろくな装備もなく、特に戦争中でもない現在。半端な腕では用心棒などの需要も少なく、職業として剣士でお金を稼ぐというのは大変なのである。その商売道具の剣すらも先日折れて召されてしまったのだが。


「お腹も膨れたし、どれ読書タイムといこうかな」


しばらく食べながら歩いた先に、伐採地らしく丁度よい切り株広場を見つけたので腰掛けて魔導書を手に取るカフワ。


「待ってました。――というか忘れられてるのかと思ってましたよ」


「マイペースって大事だよねー」


「と、その前にまず持ち主契約をしてくださいませんと」


「契約?」


「はい、あなたはこれから魔導の世界に入門するんですからその契約です」


「それで、どうやるの?」


「私の背表紙にあなたの名前を書いてください。指先でなぞるだけでいいので」


「ふむふむ。カフワ・バジオラ……っと、これでいいの?」


その瞬間、禍々しい紫のオーラを放ち宙に浮く黒い魔導書。


「ふふふっ。なんの疑いも無く契約してしまうとは馬鹿な奴だ……」


「えっ? なんかコレやばいやつなの? あとで高額な請求書とか来ちゃうやつ? ああーしまったぁ!」


「……リスク管理酷いなこの子。普通もっとこう、命に関わるーとか魂もってかれるーとかそういうの想像するでしょうが」


「俺死んじゃうの?」


「死にはしないけどさぁー」


「……結局それで、自分はどうなってしまうんでしょうか?」


「そうだねー。いわゆる『呪われました』ってやつかな。もう私を捨てられないし、離れられない。あなたの魔力の一部は私に吸われ続ける。そんな契約よ」


カロはその契約内容を明かし、本性を現した。人気のない山林に高笑いがこだまする――


「そんだけ?」


「え?」


「てっきり値段とか書いてないから、ぼったくられるのかと……」


「そんな訳ないでしょ! だいたい、心配する方向性おかしいでしょうが!」


「よかったぁ」


 本気で安堵の表情を浮かべるカフワ。今までにも何度も知らずのうちに死線をくぐり抜けてきた元怠慢剣士。ことの深刻さを理解しているのかは怪しいが、このくらいの苦難は余裕である。


「あなた呪われたのよ?普通はもっと、どーしよーとか困るんじゃないかな」


「呪縛の魔導士とかなんかカッコイイ響きじゃん。それに、カロが教えてくれるんでしょ?魔法」


「……楽観主義なのね。でも、魔法を教えるっていうのは少し誤解してるようね。ソレはあなたがこれから独学で勉強するのよ。私は今、魔法とか発動できないし……」


 最後の方は小声でハッキリと聞き取れなかったが、どうやら楽に炎とか出せていきなりパワーUPとはいかないような事だけは理解できた。


「――質問していい?」


「どうぞ」


「これ、『魔導士やーめた』って言ったらどうなるの?」


「……契約破棄のペナルティは知らないわ。魔導書に書かれている内容は全て把握しているけど、そんな記載は無いわね。それこそ魂抜かれるーとかじゃない?」


「さらっと怖いこと言ったね今」


 さすがのカフワも今、自分の置かれている状況を整理しないといけない。状況はこうだった。怪しい魔導書と契約して魔導士になったが、やめたら死んでしまうかもしれない。もう後には引けないんだと。


「そう、契約破棄は出来ないと思ったほうがいいわね。魔導への入門、その代償はあなたの命の力とも言える魔力。そして、あなたは魔導士として強くなりたい。利害は一致してない?」


カフワは少し考え、振り返った。挫折と貧困続きのこの一年、このままではただの木の実採取職人になってしまう。カフワにも分かる、そんな英雄ありはしない。それだけは避けたいと願い、何かを変えたいと決心した結果がこの状況なのだ。


「……わかったよカロ。俺は今転職する! このままじゃ恥ずかしくて故郷にも帰れないし、逃げ道なんて無い方が俺には向いてるさ。お金意外ならいくらでも払ってやるよ代償」


「お、いいねぇ。その前向きな性格、気に入ったよカフワ」


 この日、魔導書との奇妙な契約は成立した。カフワは魔導の知識を得、代償にカロは魔力を得る。そんな呪いによる闇の取り決めが今後、さらなる苦難と挫折の始まりだということを彼はまだ知らなかった。

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