一章⑥ 金色のリヴォルヴァー
アンナが呟く。彼女の話によると、かつてその筋ではとんでもなく有名なガンスミスが、何者かの為に生涯最後に造った銃がこの二丁だと言われている。
白銀のブランシュに、漆黒のネラ。世間に出せば、マニアが涎を垂らしながら山のように札束を積むだろう。それこそ、ルナムーン社の新型スノーモービルが何台も買える。
だが、フロストは銃の事情に興味も無ければ売る気も無い。
「フロスト、あんたが死んだらこの二人、私に頂戴よ?」
「……好きにしろ。死んだ後までそいつらに執着する気はねぇよ」
と、アンナは縁起でもないことを平気で言う。ミカが眼下でビクついたみたいだが、気が付かないふりをする。
死んだ後のことなどどうでもいい。アンナなら、毎日のように解体して整備して愛でてくれるだろう。この店にある、火器達のように。
そういえば。傍らに見える、見覚えの無いリヴォルヴァーに再び目を向ける。
「なあ、こんな銃あったか?」
「なに……ああ、それ?」
アンナが顔を上げる。それに倣ってミカも、金色の拳銃の方を向いた。
「そいつは先週街に行った時にね、知り合いの骨董屋から貰ったのさ。名前は無いけど凄く古い物でね。有り難く頂いたんだよ。渋くてセクシーだろ?」
「……あれ、この銃って」
首を傾げるミカ。やはり彼女も、この銃には見覚えがあるらしい。だが、見分けられる程鮮明な記憶では無いようだ。
「違う、これは親父の銃じゃない」
「ああ、あんたの親父さんって、金色のリヴォルヴァーを使っていた……って、言ってたねぇ」
再び作業に戻るアンナ。そう、かつてヒョウはこの銃に良く似た、金色に輝くリヴォルヴァーを使っていた。
実際に戦っているところを見たわけではないが、それでもなんとなく覚えている。
「リヴォルヴァーか……あんたとは違って、頭脳派だったんだねぇ」
「悪かったな」
「いやあ、私も言うとオートマチック派だし。ていうか、リヴォルヴァーを使ってる方が珍しいよ。よほど自分の力量に自信があったんだろ」
リヴォルヴァーはフロストが使っているオートマチックとは違い、蓮根型の弾倉にわざわざ一つずつ弾丸となるスピネルをはめ込まなければならない。
穴の数はリヴォルヴァーによって違う。数の分だけ、色々な属性の弾丸を放つことが出来るのが利点ではあるが、同じ穴にはめられたスピネルは連続して放つことは出来ない。スピネルの大きさには限界がある為、それはどうしても変えられない。再び魔力を充填させるまで、速くても数秒かかる。だが、穴の数だけ多彩な弾丸を使用することが可能である。
対してオートマチックは、グリップの部分に長方形の弾倉をはめ込む形になっている。スピネルも大きく再充填する時間はほとんど必要無いので、使用者の好きなだけ連射することが可能である。
だが弾倉を変えない限り、撃てる弾丸の種類は一つだけである。加えて連射すればするだけ、スピネルの寿命は縮んでしまう。
現にフロストの場合、一つの弾倉は長くても一日の命だ。
「そうだ、もう予備の弾倉ねえんだけど」
「ちゃんと用意してあるよ。いつものでイイんだろう?」
「あと、スノーモービルの燃料も」
「あー、それは裏の倉庫だ。あとで取ってくるよ」
「いや、なら俺が――」
行くけど。そう言おうとしたその時だった。
珍しくずっと黙っていたミカが、素っ頓狂な言葉を漏らしたのは。
「……この銃、いいかも」
「は?」
「アンナさーん! あたし、この金ぴかな銃ほしいなあ!」
ああ、やっぱりコイツは馬鹿らしい。あのアンナでさえも、意味が分からんと言った風に首を傾げている。
眼下で揺れる角を掴む。同時に上がる、奇天烈な声。
「うきゃあ! ぬ、抜けるうぅ!!」
「お前は一体、毎日何考えて生きてんだよ」
「いいじゃん! あたしは、フロストのトナカイなんだよ?」
それはさっき、完全に否定した気がするが。呆然と脱力した隙を取られ、両手から角がするりと逃げられる。
「フロストがあたしを連れて行かないのは、あたしが戦えないからでしょ?」
「いや……だからそれ以前に」
「あたしが戦えるようになったら、虚無退治にも連れて行ってくれるんだよね?」
「……あっはっは! そりゃイイねえ? ミカは面白いこと考えるなぁ」
カウンターを叩きながら、腹を抱えてアンナが笑う。しかし、次に顔を上げた時にはもう笑っていなかった。
否、表情は笑顔である。だが、目は違う。
「でもね、ミカ。私は止めておいた方が良いと思うけどね」
「えっ!? どうしてぇ?」
やんわりと諌めるアンナに、ミカが口を尖らせる。ふざけていることがステータスのアンナだが、彼女は言うときは言う女だ。
だから、なんだかんだいってもフロストは彼女を信頼している。
「だって、あんたには銃なんて似合わないもの。私はさ、あんたには真っ当なトナカイになって欲しいのさ」
「うー……でもぉ」
「別にさ、フロストのトナカイじゃないからと言ってそれはあくまでも仕事上のパートナーなんだ。だから、別に結婚は好きなヤツとすりゃあ良いんだからさ」
前言撤回。……何ほざいてやがるこの女。
「けっ、けけけ結婚!?」
「おいコラ酔っ払い、適当なこと言ってんじゃねぇよ」
「おや、満更適当でもないだろう? フロスト、そろそろ女の子一人くらい養っていけるんじゃないの?」
ケラケラと嫌な笑い方。彼女の戯言に、ミカは耳の先まで真っ赤にして俯いている。
「それに、フロストって意外と貯金はマメにするタイプだろ?」
「……こんな田舎で散財出来るヤツの方が珍しいだろ」
「それにさ、村長の孫娘と結婚出来たら逆玉の輿じゃん?」
「はっ、ありえねー。こんなちんちくりん、誰が――」
不意に、顔面に飛んできた拳――恐らく、そのまま立っていても届いてなかっただろうが――を片手で受け止める。フロストの鍛え抜かれた反射神経と身のこなしに、ミカがきいぃ! と喚いた。
「だれがちんちくりんなの!? むっかつく、一発殴らせなさい!」
「断る。つか、ムリだろ。だって届いてねぇし」
「むきいぃ! なによ、フロストのばか!」
馬鹿とは何だ、馬鹿とは。
「フロスト……あんたって、意外とバカだったんだねぇ?」
「そう、そうなの! よくぞ言ってくれました、アンナさん」
「な、何だよ」
さすがにアンナに言われると戸惑ってしまう。呆れたように酒臭い溜め息を吐いて、再び工具を手に作業を再開させる。
「いや、経験は豊富なのにニブいなぁと思ってね。カラダの方はあんなに敏感なのに――」
「うるせぇよ!!」
「まあミカ、よく考えてみなよ。そこのバカでも……えーっと、ロストがなんとか戦えるようになるには五年かかった。簡単そうに見えるけど、そんなすぐに銃で戦えるようになるわけじゃないんだよ」
ミカが再び俯いてしまう。すっかり落ち込んでしまった様子に、どうしてやればいいかわからなくなる。
だが、これで良い。
「あんたは銃なんか持たなくて良いんだよ、ミカ」
「うー……でもぉ」
「あんたはあんたに出来ることをやればいいんだ。そうだ、ミカ。ちょっと手伝ってくれない?」
油まみれの手で招いて、アンナがミカを呼んだ。
「あたしに?」
「そ。悪いんだけどさ、裏の倉庫からフロストのスノーモービルの燃料を取ってきて補充してくれない? 車の運転は出来るんだから、それなら余裕だろ?」
「いや、だからそれは俺が――」
「ブランシュとネラの調整があるだろ。あんたがやりやすい用にいじってやった方が良いし、久し振りに撃ち方見たいし」
「あ、あたしがやる! やります!」
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