最弱族でも無双できる

@kattao

0話「死ス」

 俺は明城あかぎ征矢せいや

 34歳の独身である。

 まぁ独身だからと言って今の生活に不満があるわけではなく、

 むしろ今の生活を満喫していると言っても過言ではないと思う。

 そこそこ頑張って勉強して、そこそこ良い大学に行って、

 そこそこ良い会社に就職することが出来た。

 一人暮らしには十分すぎるくらいの給料を貰っているので、老後も安心である。

 学生時代、当時ガリ勉だった俺は数少ない友達にこう言われたのである。


 「...お前そんな生活がたのしいか?」


 YES.

 楽しいに決まっているだろう。

 いつか無駄になる友情や恋愛などを築いたりしてなんになる?

 と、学生時代の俺は思っていた。

 今となって見れば少し後悔したりしている。

 入社して気付いたのだが、俺は学生時代人と関わらなさ過ぎて、人見知り

 になっていたのである。

 そんな俺が会社で知り合いができるわけがなく、入社して8年経った今でも、

 まともな友人は一人しかいない。


 「せんぱーい。入りますよ~?」


 俺が了承する暇もなく躊躇せずにずかずかと入ってくる爽やかイケメン。

 そう。こいつこそ俺の一人の友人である、瀬登せと耕哉こうやである。

 高校の頃から、友達が沢山いるにも関わらず俺にしつこく懐いてくる後輩である。

 同じ会社に入って来た時はほんとに危機さえ感じてしまった。

 何かしらの執着さえ感じたので、本人に聞いたのだが、うまく誤魔化されてしまった。

 勉強も出来て、運動神経も良くて、人付き合いも良い...そんな完璧人がなぜ俺に

 そこまで付きまとうのか。一度真剣に考えたのだが、馬鹿馬鹿しくなって考えるのをやめた。

 そういえば、最後に考えたのはこいつのホモ疑惑だったっけなー。

 というか後ろにいるBKB《ボンキュッボン》な美人さんはどなただろうか。

 お姉さんかな?


 「今日は彼女のことを紹介しに来ました!」


 は?

 何を言っているんだこの人は。

 待て、決めつけは良くない。彼女と言っても色々あるだろう?sheの方の彼女だろう?


 「こ、こんにちは。耕哉君の彼女の愛川あいかわ紅こうです。

 よろしくお願いします。」


 クラッ、と眩暈がするが俺は一瞬で正気に戻る。

 彼女か...いつかこいつには出来るだろう。と思っていたのだが、本当にできるとは。

 耕哉と魔法使いについて真剣に語り合った日々はもう戻ってこないのか....

 俺は耕哉との儚い思い出を頭に浮かべる。

 しかし、紅さんと言ったか?

 相当美人である。曲線的な肉体に、妖艶な容姿。

 耕哉もよくこんな人を捕まえたなぁ。

 俺からしたら、高嶺の花どころじゃなく、雲の上の存在だっただろう。

 確かに耕哉が彼女を作ったことにはびっくりしたのだが、

 その反面少し嬉しいような気持ちもある。

 耕哉には俺のような孤独な生活を送ってほしくないのだ。


 「よろしくお願いします。耕哉の会社の先輩です。」


 俺はオーソドックスな挨拶をする。

 言葉では平常を装っているが、女性と話すのはいつぶりだろうか。

 おそらく数年ぶりだろうか。

 そんな中、平常心でいられる奴の方がすごいだろう。


 「僕がたまたま○●社を訪れた時に紅ちゃんと知り合ったんですよ!

 その後何回か会って、付き合うことになりました!」


 ○●社はうちのライバル企業だろ!という突っ込みはよしておこう。

 すごいアバウトな説明をしてくる耕哉。

 おそらく大好きな彼女を俺に自慢しに来たのだろう。

 こいつ...後で覚えておけよ。

 まぁ、後輩に彼女が出来たのだ。素直に祝福してやるべきだろう。


 「良かったな耕哉。こんな美人の彼女が出来て。」


 「でしょ!」


 「そんな...美人だなんて....」


 耕哉は論外として、頬を赤く染めて謙遜する愛川さん。

 不覚にもドキッとしてしまった。これは...恋愛感情を捨てた俺でさえドキッとしたのだ。

 おそらく多くの男性を魅了し、うち砕いてきたのだろうな。

 そんなことを考えると、耕哉は本当に幸せな奴だと思ってしまう。皮肉抜きで。


 「そうだ!駅前に美味しい喫茶店が出来たらしいですよ!三人で行きませんか?」


 美味しい喫茶店ってなんだよ。喫茶店が美味しいのかよ!

 俺は空気を読んで突っ込むのをやめる。

 というかそれは三人で行く意味はあるのだろうか。

 デートなら二人で行けっての!と言いたいところだが、

 愛川さんはまったく不満そうではないので、ここは行くべきだろう。


 「いいね。行こうか。」


 俺は簡潔に肯定する。

 すると耕哉はスクリと立ち上がって、

 それに合わせるように 愛川さんも立ち上がる。


 「じゃあ僕たち先に行っておきますね。」


 そういってすたすたと俺の家から出て行く。

 だから俺がついていく意味ある?

 まぁ一度了承したからには行かなきゃな。

 俺は面倒くさいという感情を押し殺して立ち上がる。

 俺がのそのそと外に出てちょっと進むと、


 「せんぱーい!こっちでーす!」


 数十m先の横断歩道をこちらに手を振りながら渡っている二人の姿を見つける。

 と、同時に。

 二人に突っ込もうとしているトラックを見つける。

 二人はそれに気付いていない。詰んだ。

 詰んでいるとわかっているのだが俺の肉体は勝手に動いた。

 くそっ!くそっ!こんなところで二人は死ぬのか!しかも俺の目の前で!

 俺は全力で走るが、このままでは届かない。


 《希望意識的行動を観測しました。能力スキルとして反映します。

 グレートスキル【超加速】を獲得しました。》


 頭に直接流れ込んでくる機械音声。

 その瞬間、俺は有り得ない速度で走り出す。

 これならギリギリ間に合うだろう。だが代わりに俺が引かれるだろう。

 俺は二人の命と自分の命を天秤にかける間もなく、二人の背中を押して突き飛ばす。

 そして直後、急激な浮遊感に襲われる。

 そして3回俺の体は地面でバウンドした後、ずさぁぁと力無く止まる。

 体が全く動かないが、感覚だけはある。

 全身が痛む。

 そんな中、耕哉が何やら叫びながら、俺の体を揺すってくる。

 気持ちは嬉しいのだが痛い。


 《意思を反映します。ノーマルスキル【痛覚軽減】を獲得しました。》


 「こう...や...いたい...から....やめろ...。」


 俺は耕哉に制止の言葉をかける。

 耕哉は俺の言葉通り、揺するのをやめる。

 耕哉の涙が俺の頬をつたって、ぽたりと地に落ちる。

 あぁ、だんだんと意識が薄くなってきた。

 そして俺の視界は暗転した。



 あぁ、これが死ぬということなのか。

 人生に悔いは沢山あるのだが、不思議と寂しくない。

 もうこの世界にはいなくてもいいとすら思ってしまう。


 《意思を反映します。異世界への転生を行います。》


 そういえば、俺はこの世界でどれくらいの人に騙されただろうか。

 その分俺も何度か人を騙してきた。

 俺は騙されても傷つかなかったし、

 騙して罪悪感も無かった。

 つくづく人間とは最悪な生物だ。

 多くの建前を利用し、自分の利益を求めて生きる。

 俺も例外ではない。

 だがもうそんなことは気にする必要はない。

 死んでしまうのだから。

 だがもう人間とは関わりたくないな。


 《意思を反映しまう。異種族への転生を行います。》


 俺はずっと気張り過ぎていたのかな?

 もっとリラックスして柔軟な考えをもって生きていた方が良かったかもしれない。


 《意思を反映します。レジェンドスキル【怠惰成者ベルフェゴール】を獲得しました。》


 俺は無欲過ぎたのかもしれない。

 もっとがんがん行けば、彼女とかも出来ていただろうに。


 《意思を反映します。レジェンドスキル【嫉妬之蛇レヴィアタン】を獲得しました。》


 ・・・・・

 というか、さっきから聞こえてくる機械音声はなんなのだろうか。

 もしかして、俺の妄想かな...?

 ははっ。俺って、実は中二病だったのかもしれないな... 


 

 そして俺の意識は完全に消えた。



 その頃、明城征矢の体は、光の粒子となって消えていったのだが、

 本人は知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る