浅草ゾンビカーニバル/ネモムンプスの子供達

大竹久和

プロローグ


 プロローグ



 浅草の街を縦断する国際通りと並行して走る、無人の繁華街。その人気の無い繁華街の中央を自転車でゆっくりと走りながら、僕は頬に、夏の空気を感じていた。そしてそんな湿気を帯びた空気越しに耳に届くのは、こんな都会の真ん中でも未だにしぶとく生き残っている蝉の声だけ。見上げた真っ青な空からは、肌に突き刺さるような夏の陽射しがさんさんと照り付け、ブロックで舗装された道路から照り返して来る反射熱と共に僕の全身を焼く。

 自転車に乗ったまま、僕は愛用しているサファリハットを少しだけ目深に被り直して、汗を拭った。

 やがて無駄に大きなJRAの場外馬券売り場の前を通過し、近年開店したばかりのドン・キホーテ浅草店を横目に走り続けると、寿司屋通りと呼ばれるアーケード街に進入する。そして寿司屋通りが雷門通りと交わる一つ前の路地横で、僕は自転車を停めた。すると僕が運転する自転車の荷台に乗っていた小柄な少女が地面にひょいと降り立ち、首から下げていた双眼鏡を使って、周囲を確認する。

「前方よーし」

「前方よーし」

「右舷よーし」

「右舷よーし」

 前方に見える雷門通りと右前方に見える国際通りに異常が無い事を、少女は指差し確認をしながら誰に言うでもなく声に出して報告したので、僕も一緒になって復唱した。彼女の報告通り、今日の雷門通りと国際通りも呻き声を上げながら徘徊するゾンビに埋め尽くされているだけで、それ以外の異常は特に見受けられない。

「相田さん、次はこのまま左に曲がって、雷門の前まで行くよ」

「よし。いいぞ慧、自転車を出せ」

 僕の宣言に急いで自転車の荷台に乗り直した少女は、そう言って出発の命令を下すと同時に、僕の脇腹を軽く小突いた。そして彼女と二人乗りをしたまま僕はペダルを漕ぎ始め、すぐに左折すると、自転車で細い路地へと進入する。本来ならば自転車の二人乗りは道路交通法違反だが、この街にはもう、それを咎めるような警察官は存在しない。

 自転車で浅草の街を走りながら、僕は背後の荷台に座る少女の息遣いと体温を、背中で感じていた。そして僕の背中には、白い羽で覆われた小さな翼が生えている。小さ過ぎて空を飛ぶ事は出来ないが、天使の様な一対の翼が。

 浅草の街は今日も平和で、おびただしい数のゾンビに囲まれていた。

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