五章⑤ 英雄の真実
シャナイアが窓の外を見やる。ルカもそちらを見る。そとは真っ暗である。街の聖霊達は皆、穏やかな眠りに着いたのだろう。
「城の周辺を見回っていた兵士が、不審な男を見つけて声をかけた。背が高く、体格の良い男だったみたい。男は顔を隠す様にフードを目深に被り、全身を覆うような裾の長いローブを着ていた。兵士が近寄ると、男は持っていた籠と、白い棍杖を押し付けるようにして手渡した。籠には、まだ乳飲み子の赤ん坊が入っていた」
それが誰かなんて、言われなくてもわかった。シャナイアも、敢えて口にすることをしなかった。
「不審者が持って来た赤ん坊なんて、孤児院かどこかに送られるのが普通なんだろうけど。セイロン王はすぐに赤ん坊をレダ様に与えた。そうしたら、レダ様も赤ん坊も落ち着いた。全てが丸く収まったってわけ。その赤ん坊が自分達に似ていないことも、左眼が翠色だってことも知らない。見えていないからね。もちろん、俺は表向きはルイ王子ってことになってるけど、実際はどこの誰かもしれない赤の他人の子供。セイロン王は後継者を完全にレイール様に決め、俺は……あの戦争で死ぬことになっていたみたい」
でも、簡単には死ななかった。それどころか、ルイ・セレナイトは戦争を終わらせる程の奇才の持ち主であることがガーデン中に知れ渡ってしまった。
「レイール・セレナイト……気が弱く凡才だと聞いたことがあるな。ふん、平凡な本物の王子と、とんでもない化け物じみた偽物。どちらを次の国王として民が望むか、皮肉だな」
「レイール王子は優しい方だよ。あの城での生活で唯一、王子だけが優しかったね。お菓子を分けてくれたり、一緒に遊んでくれたりさ。でも、俺は本当に邪魔だったんだろうね。セイロン様は厳しく潔癖なお方だから」
笑い話のように言葉を続けるシャナイア。彼がどんな仕打ちを受けてきたかがわかるよう。
「俺がルイ様じゃないってことは、物心ついた頃から知ってた。でも、あの頃はセイロン陛下に認めて貰いたくて必死だった。戦争を、聖霊の勝利で終わらせれば名前を呼んでくれるんじゃないかって……でも、結局俺は都合の良い駒でしかなかった。英雄が悲劇的な死に方をして、弟の仇を取る為にレイール王子が最後の戦いの指揮を取って戦争を終わらせる。そうすれば、聖霊はレイール王子のことを認めざるを得なくなる」
「なるほど……たとえその時点で勝敗は決まっていたも同然だった戦いでも。英雄を失ったことで悲しむ聖霊にとって代わりに指揮をとり、ジュイゾを陥落させたレイール・セレナイトは新たな指導者として世間に受け入れられるということか」
シャナイアは静かに頷く。ある程度は想像していたものの、実際に聞いた真実はなんとも胸糞の悪い話だった。
全ては老いた国王が、出来の悪い息子に玉座を与える為のお膳立てでしかなかったのだ。悪魔も、翠眼の英雄も利用されたに過ぎない。
「シャナイアって名前は、この白い棍杖の端に小さく彫られている文字だよ。古代の文字だし、それが俺の本当の名前かどうかなんてわからないけど……ずっと一緒に居るのはこれだけだから、勝手に名前として使わせて貰ってるだけ」
「その文字が、読めるのか?」
「頑張って調べたんだ。これに刻まれた文字を読むので精一杯、詳しくはないよ」
模様を辿る様に、棍杖を撫でる。自分のものだと主張していたその名前は、実際はかなり不確定なもので。
彼自身、自分の出生も、本当の名前すらもわかっていないのだ。だから、偽りだとわかりきっている居場所に縋り、与えられた文字を頑なに護ろうとする。
いっそ滑稽だと思ってしまう程に、そんな当たり前のことに固執する。
「貴様は、何も思わないのか?」
ルカは問う。自分の手の届かない場所に居る彼に。
シャナイアと名乗る青年は、答える。
「思わなかったら、俺はきっとセイロン陛下に刺されて死んでたよ」
力無く、自嘲する。
「どうして私に話したんだ?」
「知りたがってるみたいだし……なんか、ぶちまけたくなっちゃった。雨が降ってるからかな」
ランプの炎がちらつく表情は、先程よりも穏やかなものとなっていて。
「ルカと居ると、気が楽だなぁ。もう正体バレてるから、気を張る必要無いし」
「私は、悪魔だぞ。貴様の敵だ」
「そうやって敵だって公言してくれると清々しいよね。あんたが隣に居ると、余計なこと考えずに済むし」
「……寝首でも掻いてやろうか」
「止めた方が良いよ。俺、余裕が無い時だと何をしでかすかわからないからさぁ」
目を細めて、シャナイアが笑う。今の彼には、三年前の化け物じみた冷酷な雰囲気は感じられない。だが、彼の実力を考えればその言葉に嘘はない。
「あー、やっと眠くなってきた。朝までもう一眠りしようよ」
じゃ、お休み。それだけ言い残すと、シャナイアはもぞもぞと毛布を被り直した。
ルカも、それに倣う。しかし釈然とした気持ちはいつまでも、胸にわだかまっていた。
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