MVG! ~世界最高のゴロツキ~

大穴山熊七郎

第1話 不法侵入の男

「こうなったら、彼を呼ぶしかない」


 と、ネギマール伯爵は言った。


「ははあ……勇者ですな」


 と、執事長はうなずいた。


「いや違う。勇者呼んでどうするんだ。第一どうやって呼ぶんだ」


「そこは旦那様の政治力で。賄賂とかも使いましょう、ククク……」


「いやだから呼んでどうする。私が悩んでいるのは家庭問題だぞ?」


 伯爵はそう言うと、はあ、と息をついた。


「とはいえ、このまま放置しておれば家の中の問題ではすまなくなる。宰相派に一方的に利することになっては、国王陛下にも申し訳がたたんのだ」


「そうですな。では、誰を呼ぶおつもりで? 賢者ですかな? 魔術師? 弁護士? 旦那様、そ、それともまさか……暗殺者……」


「……なんてこというんだおまえは! 違う、私が呼ぶつもりなのは、こういう微妙な問題にうってつけだと評判の男だ」


「ほう!」


「名を、ゴルディアス・ゴルディオンというらしい」


「おお! ものすごく強そうな名前ですが、わたくし寡聞にして存じ上げません。……どういう御方なので?」


 ネギマール伯爵は、ものすごく複雑な表情になって、こう答えた。


「世界最高といわれる……ゴロツキだ」



☆★☆★☆



「旦那様、世界最高のゴロツキとやらは来るのでしょうかな?」


「うむ……手紙を送った。かなりの好条件を提示したからな、普通ならそろそろ連絡があると思うが……」


「しかしそうこうしてる間にも、状況は動いております。わが家にも圧力がかかるようになってまいりました……」


「言われなくてもわかっておるわ! はあ……」


 ネギマール伯爵は額に手をやってため息をつく。主従がいるのは屋敷の二階にある伯爵の私室で、深夜の今はテーブルの上だけを魔術燭台の灯りが照らしている。

 ガタン、と窓が開く音がした。

 伯爵はビクリ、と体を震わせ暗いバルコニーのほうを見る。執事長はすっと前に出ると、伯爵の前に立ちふさがって身構えた。その後ろから伯爵が怒鳴る。


「し、侵入者か? ここは二階だぞ、衛兵は何をしていた!」


「落ち着いてくださいませ旦那様。若い頃は<イケメン鬼殺し>と言われたわたくしですら、今の今まで気配を感じませんでした……衛兵を責めるのは可哀想ですな。容易ならぬ相手かと」


「おまえの若い頃の異名はおまえがイケメンなのか殺された鬼がイケメンなのかわからないという意味で問題があるな。いや、本人を見ればイケメンなのは鬼だったと誰にでもわかるから問題ないのか……」


「そんなことはどうでもよろしいのです旦那様。とにかく、ここをお動きにならないでください。見てまいります」


 執事長は魔術燭台を手に取り、そろり、そろり、と足を進める。


「こ、この匂いは……!」


「ど、どうした? なんの匂いがするのだ?」


「食欲そそる醤の香り……。南洋の港町で名物になっているイカの炙り焼きの匂いでございますぞ! わたくし大好物でございます」


「ああそうか、どうでもいいな。……待て、なぜこの部屋でそんな匂いがする?」


「ええ、ただ事ではありませぬな……。だがネギマール家のため、わたくし命を賭して真相を確かめますぞっ!」


 執事長の顔がこの上なく真剣になり、魔術燭台の光が窓のほうに近づいてゆく。


「む、それにこれは……バターで焼いた野菜の匂い? パラガースですかな……。ちょっと焦げていたようで……むむむ! そして決定的なのは……この安焼酎の匂い! 旦那様、正体がわかりましたぞ!」


「いやおまえの鼻は凄いな……。で、侵入してきたのは何者なのだ?」


「ええ……侵入者は……」


 燭台の光が、床にごろんと横たわっている身体を照らした。


「侵入者は……酔っぱらいですぞ!」


「は?」


 伯爵が思わず発した声と、うえーという聞き苦しい声が重なり、執事長の怒号が響いた。


「ここで吐くなーっ!!!!」



☆★☆★☆



 ネギマール家の使用人、ジェズは、はじめてその男を見たとき、思わずこう言った。


「うわああ、絵に描いたようなゴロツキだ……」


 浅黒い肌、伸ばし放題のヒゲともみあげ、自分で適当に切ってるのが丸わかりのボサボサ髪。粗末な格好の痩せ型の男が、全身から酒の匂いをさせながら、床に転がって「んごご……」と軽いいびきをかいている。


「ええ、本当にどう見てもそこらへんのゴロツキです。わたくし、実は期待していたのですよ……。一分の隙もない服装に身を固めた、うっかり後ろに立ったら殺されそうな迫力のゴロツキが、葉巻をくゆらせながら現れて、渋い声で<用件を聞こう>と言ってくれることを……」


 それはもうゴロツキじゃないだろう、とジェズは思ったが、執事長が意味がわからない発言をするのはわりとよくあることなので気にしないことにした。


「ええと……で、執事長、こいつをどうすればいいんですか? というかなぜ、この屋敷にこんな酔っぱらいが?」


「ま、いろいろあるのですよ……死にたくなければ余計な詮索はしないことです」


「え、ええーっ!? 俺、下手すると殺されるんですか? やばい、そんな危険な職場だったんだ……」


「いやすみません、ちょっと誇張がすぎました。離職届とか出さないでくださいね、わたくしの責任になりますから。……おい吐くなよ、おら飲め」


 執事長は急に荒い口調になって、見知らぬ酔っぱらいの口に水の瓶を突っ込み、薄笑いしながら飲ませている。


「まあたぶん旦那様の客なのですがね、身元がはっきりするものがないと泊められません。困りましたね……」


「あ、それなら、ほら、上着のとこに何か紙が挟まってましたよ」


「ほう! ジェズお手柄です。どれどれ……」


<ネギマール伯爵さまへ!


依頼ありがとうございまーす。うちのゴルゴルくんなら大丈夫、お安い御用ですよー。

彼を転移で送りますから、受け取ってくださいね!

あ、ゴルゴルくんは何も事情聞いてないし送られることも知らないんで、お酒が醒めたら説明しといてください。大丈夫、いつものことですからー。んじゃ!


         謎の女マネージャーQ>


「……なんですかね、これ」


「ふう……。礼儀も知らないし全体的に意味がわからない。全く、最近の若い者は、手紙の書き方も知らないとは……」


「んごごごご……!」


「うるさいぞ、水飲んどけこら」


「んぶぶ……!」


 酔っぱらいに八つ当たりする執事長に、ジェズはおそるおそる声をかけた。


「まさか俺……こいつを抱えて運ばなきゃいけないんですかね……。こんな真夜中に起こされて……」


「ええ。誰かがやらなきゃいけないことですから。でも一人でやらなくていいですよ。誰かもうひとり呼んできてください」


「ええっ……。それ、起こした奴にすげえ恨まれますよ、俺……」


「ジェズなら任せられます」


「うわあ、笑顔が怖い……」


 その夜、見知らぬ酔漢のせいでジェズのシャツとズボンは一揃い完全にダメになり、夜中に水を浴びなくてはいけなくなった彼はこの仕事やめようかとちょっと本気で考えた。



☆★☆★☆



「つまり、わが息子ツークは、ミノリル王子の学友であり護衛役でありながら、城に上がらなくなり、王子の使者にも会わなくなり、ついに部屋から出てこなくなってしまったのだ……」


 ネギマール伯爵はそう話し終えると、対面の相手の顔を見てため息をついた。

 朝の光の中で見るゴロツキは、実にこう……ゴロツキだった。何かをモグモグと噛みながら、ひろげた股の間に両手をだらんと下げ、ぼーっと椅子に座っている。目はうつろだった。


「おらちゃんと聞けや」


 執事長がゴロツキのすねに軽く蹴りを入れる。


「おい執事長、さすがに私の呼んだ客にその態度はないだろう……」


「は、申し訳ございません。しかしこの手合いには、このくらいの対応でないと舐められるかと。若き頃には<セクシー熊殺し>と言われた私、よく知っております」


「そうか、熊がいくらセクシーだったからといって殺すのはどうかと思うぞ。それはさておき、事情はわかってくれたか? 世界最高のゴロツキよ」


「あー。キューの奴にまた飛ばされたのはわかったぜ。……で、ここはどこだあ?」


 ゴロツキの口からそう声が漏れると、執事長がキレた。


「だ・か・ら! ここはタレシオス王国の首都アマカラーだと! さっきから何べんも言ってるだろうがクズめ! そしてここにおわすは王国の重鎮ネギマール伯爵、貴様の名声を見込んで呼んでくださったのだ! 土下座しろ、靴をなめろおら!」


 しかしゴロツキは平然とそれを聞き流し、耳に小指を入れてホジっていた。


「んで、その引きこもりのボンをなんとか引っ張り出せってんだな……。ふわああ……」


 アクビをかますと、また何か噛みはじめる。口からはみ出た部分を見ると、それはどうやらイカゲソのようだった。


「別にいいんじゃねえの? ほっとけほっとけ」


「それでは済まないからおまえを呼んだんだろうが! いいか、ツーク様は幼少時よりミノリル王子の側近として一緒に育ち、いずれは腹心の部下として王子に生涯お仕えする予定だったのだ! それが突然、王子のお誘いもご心配も全て拒絶してしまうようにおなりになった……。このことがタレシオスの宮廷政治を大きく動かしかねないのだ! 国王陛下を牽制せんとする宰相派は、これを利用しようとするに違いな……寝るなこらあ!」


 椅子をガンと蹴飛ばされて、ゴロツキははっとする。


「寝てねえよ……目をつぶって聞いてただけだ……」


「子供の言い訳か!」


「執事長、少し落ち着け。……ゴルディアス・ゴルディオン、執事長の言ったことはその通り。貴族にとっては全てのことが政治につながる、そういうものだ。だがそれだけではないのだよ。私は心配なのだ。息子ツークは優しく賢い子で、穏やかな気質をお持ちのミノリル王子とは親友といっていい間柄だったのだ。それがなぜ、自らに課せられた使命も友情も全て投げ捨てて、閉じこもってしまったのか……。必ず、それなりの理由があるはずなのだが、それがわからぬのだよ」


「……はあ、そうかい。で、その息子ってのはいまいくつだ?」


「十三歳になる。王子のひとつ下だ」


「ほー……」


 ゴロツキは、ひとつうなずくと椅子から立ち上がった。そのままよろめきながら歩きだすのを、伯爵はあわてて呼び止める。


「おい、どこに行く気だ?」


「ノドかわいたし、そこらフラフラしてくるわ……」


 後ろ手に手を振ると、ゴロツキは部屋を出て行った。


「……旦那様。わたくし、おおいに疑問を持っております」


「……言うな。私にとっても、驚きだったのだ。ゴロツキといいつつ、有能な密偵のようなものだと思いこんでいた。……まさか、あれほどチンピラめいた男とは……」


「そもそもその、世界最高のゴロツキなどという異名は、どこから来たのでしょうか……」


「西のハヤシラ帝国の皇帝が、そう呼んだという噂だ。彼がいくところ、物事は動き、真実は必ず明かされるそうだ」


「ははあ……。あれが、ですか。とても信じられませんな……」


「しかし現に、話を聞いたらさっそく動き出したではないか。おそらく、屋敷内で情報集めをするつもりなのだろう」


「ふむ……仕方ない。使用人にも放置するよう言いつけて、しばらく様子を見ますか……」


 執事長がしかめていた顔をやや緩め、室内の雰囲気も緩む。

 伯爵は今朝届いた手紙を調べ始める。執事長がお茶のおかわりを命じようとドアに近づき、ノブに手をかけた時、そのドアがコンコンとノックされた。「誰だ?」という伯爵の声に「メリアでございます」と女の声がした。


「入れ」


 顔をのぞかせたのは屋敷の家事を取り仕切る中年のメイド長で、一礼したあと憤然とした表情で口を開いた。


「一階の廊下の隅で身なりの悪い不審な男がいびきをかいて寝ておりますが、あれは何者でございますか!?」


 部屋の中にいた主従は、微妙な表情で顔を見合わせた。


「……誇大宣伝に、騙されたかもしれんな……」


 ネギマール伯爵は、ぼそりと呟いた。


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用語解説:<破落戸 : ごろつき>


一定の住所、職業を持たず、あちこちをうろついて、他人の弱味につけこんでゆすり、嫌がらせなどをする悪者。無頼漢。ごろ。


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