Participation-パーティシペイション-【短編】

河野 る宇

◆Participation-パーティシペイション-

 宇宙歴三千五十四年──地球人類が太陽系を飛び出してから三千年あまりが過ぎ、今や地球銀河連邦は惑星間においての交流に重要な存在となっていた。

 地球人類は宇宙に拡がり、それぞれの生活を営んでいる。

 宇宙という特殊な環境下で特別な能力ちからを得た者も少なくはなく、それによる職業も多様化していた。


★ ★ ★


 惑星モルグスカイ──太陽系から数百光年ほど離れた銀河系にある。

 乾燥地帯が多く、高い山が連なっている。全体の四割ほどは海だが、地球とは違って淡水である。主に現地人のモルクス星人が住んでいる。

 建物は過去の地球にあったプレハブを思わせるが、造りはかなり頑丈だ。

 首都はマハサケルバ。高層ビルが建ち並ぶ煌びやかな街だ。

 そこから数千キロほど南に行くと、ケルシバという田舎町がある。こざっぱりとした町で、娯楽もあまりない。

 その中で一際ひときわ、大きい建物が町の端にある。全長十五メートルの小型宇宙船なら、易々やすやすと納まりそうな程の倉庫だ。

「助けてくれよシルヴィ!」

 耳の長い男が銀色の髪の青年に泣きついた。

「突然呼び出してなんだよ」

 シルヴィと呼ばれた青年が眉を寄せて問いかけると、男は黒い猫目を目一杯丸くして彼の両肩を掴んだ。

 男の名はバルパル、モルクス星人である。

 地球人でいえば三十代半ばだろうか。身長は百六十五センチ、細身で白衣を着ている。地球の文化がここにも浸透しているのには驚きだ。

 彼は科学者で少々、融通の利かない所がある。

「頼れるのはおまえだけなんだよ」

 潤んだ目で百七十八センチのシルヴィを見上げているが、男が目を潤ませても色っぽくも可愛くもない。

「だからなんだよ」

 冷たい視線で見下ろすと、バルパルは重々しく口を開いた。

「これは内密に願いたいんだが。実はいま、軍から戦闘用ロボットの開発を頼まれていてな」

 パサついた茶色の短髪を雑に整える。

「戦闘用ロボット?」

 シルヴィの後ろから、ひょいと顔を出した青年が聞き返した。

 彼の名はディラン・ウォレストマン。シルヴィの幼なじみで地球人。地球銀河連邦の軍部特務課に所属していた過去を持つ。

 赤茶色の髪と青い瞳、ちょっと大きめの目にあどけない仕草が可愛いと年上の女性には好かれるタイプである。

 シルヴィと呼ばれる青年はシルヴェスタ・アークサルド。神秘的な緑色の瞳と背中まで伸びた銀色の髪が特徴的な彼は「なんでも屋」を生業なりわいとしている。

 通り名は「白銀」──特殊能力を持つ地球人だ。

 電子機器を狂わせる能力「ストライダー」であると同時に、今で言う霊能力者や超能力者という意味の「エナジー・ブレイン」でもある。

「なんじゃ、民間人が軍の開発にたずさわっておるのか?」

 これまたひょいと出てきた小さい人物はスナイプ人のナナン・セリオル。シルヴィの師匠的な存在だ。

 外見は、髪の生えた緑色のトカゲ人間と言えば解りやすいだろう。かなりの高齢だが、足腰は至って元気である。

 その老人の後ろに無言で立っているのは、ナナンの弟子のリャムカだ。屈強で仏頂面だが甘いものはわりと好きだったりする。

 スナイプ人は生まれついてのエナジー・ブレインなので当然、彼らもそうである。師匠と弟子は寝食を共にするという慣習があり、常にリャムカが側にいる。

 スナイプ人は基本的に白髪だが、リャムカは珍しく緑がかった金髪をしていた。

「それだけ俺が優秀ってことだ」

 ふふんと鼻を鳴らす。

「その優秀な人がオイラたちになんの用なの?」

 土人形のような風貌をした人物がしれっと尋ねると、男は「うぐっ!?」と喉を詰まらせた。

 外見では解らないが彼は少年だ。名はエイルクといい、カーセドニック人である。

 半鉱石の体を持ち、その体の構造物質から地位が決まる。少年は最下層の「ダート」で、死ぬまで変わらないことに嫌気が差して故郷から逃げ出した。

「実はな……。プログラムで、ちょっとな」

「ちょっとなに?」

 ディランは小首をかしげる。二十五歳の男であるにも関わらず、彼なら何故だか許せるという不思議。


★ ★ ★


 しばらく話を聞いていた白銀たちだが──

「はあ? 俺たちにそれを止めろって?」

「俺には無理だから頼むよ!」

 呆れた白銀にすがりつく。

「そんなの軍に頼めよ」

「プログラムミスだけなら言えたけどね!」

 半ば投げやりに笑みを浮かべ、肩をすくめた。

「そいつが外に出ちゃって、人のいないとこに誘導して閉じこめるの必死だったんだよ」

 もうそれだけで限界、科学者の俺がそれを止めるなんて無理!

「なんだよ、遠隔操作出来ないのか」

「だから、プログラムミスのせいで不具合起こしててこっちの操作が一切、利かないんだってば」

「なんで起動なんかさせたんだよ」

 腕組みしつつ溜息混じりに白銀が問いかけた。

「起動させるつもりなんか無かったよ。入力したプログラムのせいで勝手に起動したんだよ」

「しかしだな、俺はそんなもの相手にしたことが無いぞ」

 幾度となく危険な目には遭っているが、プロトタイプのロボットなんか見たこともない。いくら馴染みの友人でも、こればかりはすんなりと受ける訳にはいかない。

「こういうのが得意そうな奴を知っとるじゃろ」

 ナナンが意味深に発した。

「あん? ああ、あいつか」

 しばらく考えて思い出す。

 確かにあいつ以上の適任はいそうにないが、果たして今どこにいて暇なのか。

「知ってる奴はあいつしかいないしな。仕方ない」

 小さく溜息を吐いて、パンツのバックポケットから手にすっぽりと収まるサイズの端末を取り出した。軽く操作していくと、馴染みの顔が映し出される。

<おう白銀、どうした>

「ベリルがどこにいるか調べてくれないか」

<ん? あいつに用事か>

「ああ」

 映し出されている灰色の肌の男に返し、返事を待つ。

 この男は、寄せられてくる依頼を振り分ける仲介屋だ。白銀の場合、メンバーが多いため比較的難易度の高い依頼が振り分けられてくる。

 もちろん、今回のように指名される事もある。

「ベリル? あのベリル? 傭兵で不死者マクロディアンの?」

「知ってるの?」

 いぶかしげに問いかけるバルパルに、ディランが聞き返す。

「あいつなんか呼ぶな」

 眉を寄せて拒否した様子に首をかしげた。

「なんで?」

「嫌いなんだよ。偉そうだから」

「ああ、そういうこと」

 人によってはそう捉える場合もあるかもね。と、ディランはさして抑揚のない返事を返した。

「死なないからっていう言動が端々に見えたりしてよ」

「なるほどねぇ」

「解るだろ?」

 同志を見つけたように笑みを浮かべる。

「そうだね。きっとバルパルのしゃべり方が嫌いな人もいるだろうしね」

 笑顔で返され、何も言えずにディランを見つめた。

「と、とにかくだ。そいつは呼ぶな」

「そう言われてもさ、俺たちだけじゃ対処出来ないから、呼べないならキャンセルするけど。いい?」

 これまたしれっと返され、ぐうの音も出ない。

<問題ないそうだ。連絡先を教えておいたから、じきにそっちにかかってくる>

 バルパルとディランのやり取りを横目で眺めていた白銀に、仲介屋からの返事が返ってきた。

「そうか、ありがとう」

 礼を言って通話を切ると、しばらくして呼び出し音が鳴った。

<どうした>

 画面には何も映し出されていないが、この声は確かにベリルだ。

「ちょっと厄介な依頼でな」

<少し待て──そちらに向かう。二時間ほどで着くだろう>

「よろしく頼む」

 通話を切って、あからさまに嫌悪感を放っているバルパルに歩み寄る。

「ディランの言うように、嫌ならキャンセルだ」

「解ったよ!」

「なんでそこまで嫌ってるの?」

 エイルクが尋ねると、バルパルはふてくれた様子で語り始める。

「軍の武器開発をしてるって言ったよな。数年前に軍の模擬訓練があって、傭兵を呼んでの訓練をしたんだ」

 ベリルは傭兵チームのリーダーだった。その内容は街中をした場所での市街地戦だったのだが、軍四十対傭兵二十での模擬戦はベリルの傭兵チームが圧勝した。

「俺が作ったシミュレートをことごとくかわしていきやがってぇ~」

 ふるふると握った拳を震わせる。

 ああ、それで……。一同は納得した。自信を持って作成したシミュレートはベリルの動きに対応出来ず、あっけなく軍チームは破れたのである。

「あれでわたしの評判がやや落ちたのだ!」

 これが怒らずにいられようか!

「そのあと何か言われなかった?」

「え?」

 ディランの言葉に視線を上げて考える。

「ああ、そういえば。ここのプログラムがどうのとか言ってたような」

 傭兵のくせに! 思い出して体を震わせた。

「で、そのプログラムは言われたとおりにしたのか?」

「する訳がないだろう! なんで傭兵に言われて書き換えなきゃいけないんだよ!」

 白銀とディランは声を張り上げるバルパルを見やり、互いに目を合わせた。

「まあいい。とりあえずベリルが到着するまで、そのロボットの資料を出来るだけまとめておいてくれよ」

「解った」

 バルパルは渋々、まとめ作業にとりかかった。


★ ★ ★


 およそ二時間後──開けておいた倉庫の入り口から、甲高いエンジン音を響かせて灰色の塊がその巨体を浮かせて滑り込むように入ってくる。

 美しい流線型をしたそれは、パイロットの腕が良いのか不安定さもなく、そのままゆっくりと脚を出して着陸した。

「凄い! 最新の小型宇宙艇だ!」

 明るい性格だけれど、あまりはしゃぐ事のないディランが嬉々として駆け寄った。

 大型宇宙船舶ライセンスを持つ彼は、白銀の大型宇宙船のパイロット兼エンジニアを務めている。

 どこかで宇宙船の展覧会があると知れば白銀に頼んで見に行くし、彼の部屋には宇宙船に関するものが沢山あった。つまりは宇宙船ヲタクなのである。

「そうそう、このラダーが──」

 テンションの高いディランを横目に、宇宙船の腹の部分から出てきた人物に白銀たちは懐かしさを覚える。

「ベリル、久しぶり~」

 エイルクが手を揚げて呼ぶと、その青年は整った顔立ちに笑みを浮かべて白銀たちに歩み寄った。

 金のショートヘアに印象的なエメラルドの瞳、二十五歳ほどの外見に細身の体は筋肉質で、とても傭兵とは想像もつかない上品な身のこなしだ。

 厚手の前開きシャツにデニムパンツはどちらも青系で統一されていて、実際は高価な服では無いと思われるのだが、彼が着ていると高く見えてしまうから不思議である。

「久しいな」

 相変わらずのジジ臭い口調に白銀は思わず口元が緩む。

 ──白銀たちがベリルと初めて出会ったのは、地球時間で三ヶ月ほど前だ。冷たい印象を受ける外見とは違い、柔らかな物腰と物言いに不思議な安心感を覚えた。

「大体の内容は解った。どういったものだ」

 ベリルは、睨みを利かせているバルパルにさしたる関心もなく尋ねる。

「ふ、驚くなよ」

 バルパルは自信ありげに笑みを浮かべ、コンピュータの隣に被せていた白い布を取り払うと二足歩行のロボットが現れた。

 骨組みだけの外見に銀色のボディから伝わる、なんとも言い難い圧迫感に白銀は眉を寄せた。

「こいつはまだプログラムを入れてない。だから動かない」

「素材は」

「我が軍が研究開発した金属だ。ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしない」

「軍から持ち出し許可を得ているのか」

 誇らしげに語るバルパルにしれっと言い放つ。そして半笑いのバルパルから視線を外し、デスクの上にあるコンピュータをのぞき込んだ。

「おい、機密情報だぞ」

「それを倒して欲しいのだろう?」

「うっ」

「ならば協力してもらわねばな」

「見たって解るもんか!」

 あ~、完璧にベリルのペースに乗せられてるな。一同はそのやり取りに苦笑いを浮かべた。

 思えば、機密ならここにあるのもおかしいのだから強い事は言えない。ベリルはある程度の流し読みをしたあと、思案するように小さく唸った。

「ほらみろ、わかんねぇだろ」

「それほど単純なものなのか」

「ぐっ」

 どう見て取ってもバルパルに勝ち目はなさそうだ。それに、ベリルの様子からしてプログラムについても知識がある事が窺える。

「マシンのいる場所の詳細と性能をまとめたものは」

「ああ、ここにある。読んでみたがかなり厄介そうだ」

 白銀がA5サイズほどの薄い端末を手渡すと、ベリルは目で応えてそれを受け取り、表示されている文字と図に視線を移していく。

「ふむ。用意した武器で対応可能なようだ」

「持ってきたのか?」

「常に一定数は積んである」

 端末から目を離すこと無く答えて、再び小さく唸った。

「範囲が狭いな。プロトタイプにしては搭載している武器が強力だ」

「俺も驚いた」

 何せ、小型のプラズマキャノンを積んでるんだからな──人間なら、やや強い反動に扱うのは多少の困難を要するが、こいつにそんなものは関係ない。

「六十万クレジットでどうだ」

「は!? そんなに払えって!?」

「一人十万か、悪くない」

 白銀は口笛を鳴らした。

「だったら一人だけでやってくれ! そんな金は無い」

「そうしたいのは山々だがね。見る限り、単独で倒すのは骨が折れる」

 時間をかけている間に閉じこめている範囲から出てしまう可能性もあり、短時間で済ませる事が重要だ。名うての傭兵にそう言われれば考えざるを得ない。

 今は誰も攻撃を仕掛けていないため、戦闘用ロボットも小康状態を保っている。しかしいつ、攻撃を始めてもおかしくない。

「ここに記されている通りの反応なのかは疑問だが、出来る限りの対応を練っていく」

「俺たちは何をすればいいんだ?」

「武器の点検を行ってもらいたい」

 言って、小型宇宙船に足を向けた。


★ ★ ★


 ──武器の確認を三十分ほどで終えた白銀たちはベリルの元に集まる。グレーのミリタリー調の服に着替えたベリルは、集まった一同を一瞥した。

 テーブルの中心にコインに似た黒い物体を置き、B5サイズほどのモバイルコンピュータを開くと、コインから淡い光が扇状に拡がり、どこかの町並みが立体的に表示された。

 ホログラムというやつだ。

「プロトタイプ用保護プログラムの作用で行動範囲の制御に成功している。しかし、不完全なプログラムで起動しているため、確たる保証は無い」

 重々しい言葉にエイルクは固唾を呑んだ。

「とはいえ、不完全なプログラムが功を奏した。カメラに若干の死角がある」

 背後にあるオフスイッチも有効である可能性が高い。

「つまり、そのスイッチを押すかロボット自体を破壊すればいい訳か」

 応えた白銀にベリルは頷き、話を続けた。

「比較的、動きの良い白銀と私がそれを狙う。他は引きつけておいてもらいたい」

「リャムカもなかなか素早いぞい」

「図体がでかい」

 スパッと言い切られ、二の句が継げない。

「特殊フレームだからそう簡単には破壊できないぞ!」

「止めて欲しいのか、ほしくないのかどっちだよ」

 背後から意気揚々と発したバルパルに白銀は溜息を漏らした。

「止めて欲しいに決まってるだろ!」

「ならば黙っておけ」

 バルパルは腕を組んで威圧的に応えたリャムカに思わず黙る。自信満々のガチムチトカゲに逆らわない方が良い。

「渡した電磁シールドである程度の攻撃は防ぐ事が可能だが、連続使用は避けるように」

「入り組んだ所だな」

 ホログラムを見て白銀が眉を寄せる。

「再開発予定の地区で現在は無人らしい」

 装備を調えながらベリルが応えた。

 いざ開発を始めるという段階で市長の汚職が発覚し、今も手つかずの状態である。

「ヘッドセットに記されたマーカーを常に確認し、各々の役割に集中してくれ」

 決行は、今から一時間後だ。


★ ★ ★


 ──真昼を少し過ぎた町並みは、まるで音を吸収しているかのようにしん、として肌寒ささえ感じる。

 かつて人々が生活していた場はすさみ、風の音だけが冷たく流れていく。

 ベリルはその風景に目を細めたあと、黒い物体を取り出した。手のひらに納まるほどの球体の上部にある突起を押すと、それは音もなく浮き上がり遙か上空に消えた。

 それを確認すると、全員がヘッドセットを右耳や左耳に装着していく。

 ヘッドセットからつながっている小さい透明の板にいくつかの点が表れた。黒い点は自分を示している。

 誘導するメンバーはリャムカとナナンが組み、ディランとエイルクが組んで行う。白銀とベリルはそれぞれ背後の停止スイッチを狙い、他は破壊の方向で作戦は決行された。

 ターゲットのロボットには人の目の位置にある二つのセンサーだけでなく、体のあちこちに数種類のセンサーが取り付けられている。

「まったく、厄介なことをしてくれる」

<早く壊して報酬もらおう~>

 白銀が溜息混じりに発すると、右耳に装着したヘッドセットからエイルクの声が響いた。

「ん?」

 それに応えようとしたとき、少し離れた場所から小さな爆発音が聞こえた。

 どうやらリャムカたちが先に仕掛けたらしい。右目の画面を見やると、赤い点が黄色の点を追いかけるように移動していた。

 その方向には青い点、ディランたちがいる──赤い点は黄色から青にターゲットを変えたらしく、今度は黄色が止まり赤と青が動き出した。

「わぁー!? 来るよ来るよ!」

「はいはい、いいから走って」

 うろたえているエイルクをなだめるようにディランが軽く発して駆け出す。銀色のロボットは二足歩行ではあるけれど人とは異なり、異様さが窺える歩き方でディランたちを追う。

 補正機能はあってもプロトタイプだからか動いている相手に当てるのは難しいらしく、二人の周囲をビームがかすめていく。

「今度はオイラを盾にしないでよ! さすがにプラズマキャノンはだめだから!」

「え、なんのこと?」

 とぼけるディランに、うぐぐと歯ぎしりした。

「こっちが数発打つ間にロボットは数十発返して来る。これで破壊するのは至難の業ですね」

 リャムカは、そんな様子を眺めながら眉を寄せる。

「うむ。やたら頑丈なもんじゃから、ダメージを与える前にこちらが逃げねばならん」

 つくづく厄介なものを作ってくれやがってとそんな感情を心に秘めて、一同はロボットを追いかける。

<そういやこいつ、名前あったっけ?>

 呑気に尋ねるディランの息は、心なしかやや荒い。

<正式名称はまだ無いそうだ>

 よく通る声が答えた。

 緑の点は同じように移動しているというのに、その声からはまったく疲れを感じない。鍛え方が違うということなのか、不死だからなのかは解らない。

 ベリルの場合、ただ不死というだけで白銀やリャムカ、ナナンのような特殊能力がある訳じゃない。しかも、人間と同じで痛みも変わらずに持っている。

 いつから不死なのか、どうやって不死を得たのかは誰も知らない。話すのが面倒なのか、話したくないのか──

 いずれにせよ白銀たちにとって、この手の方面では頼りになる人物である事は間違いない。

「これではらちがあかんわい! 別れるぞい」

「あ、お師さま!?」

 進展の見られない状態に苛ついたナナンが、何も持たずに弟子から離れていった。

 歳を取っているとはいえ、それなりに場数を踏んできた師匠ならば心配はないと思いつつリャムカは躊躇ためらいがちに見送る。

「すまない、お師さまが別行動を」

<仕方がない。ナナンは無理な攻撃は避けるように>

<了解じゃ!>

 ベリルに応え、表示されている位置を確認しつつ移動する。

「これが奴で、これがあやつか。ふむふむ」

 つぶやいて動き出す。その点の動きに白銀が眉間のしわを深くした。

「じいさん何やってんだ?」

 うろうろと挙動不審を続ける紫の点をいぶかしげに見つめるが、緑の点はそれに合わせるような動きを見せ始めた。

「うん?」

 なんだ? ベリルは何かやる気なのか?

 紫の点は、赤い点の進む方向に向かおうとしているようだった。その対角線上に緑の点が進んでいく。

「おい、まさかじいさん」


★ ★ ★


 ナナンは息を殺してロボットに近づく。しばらくロボットの動きを眺めて、意を決したように目の前に立ちはだかった。

前に上げた両手をロボットに向け、険しい表情で睨み付けるとロボットの動きが鈍くなった。

「むむっ……。こいつはなかなか、押さえるのが億劫おっくうじゃな」

 耐えるように奥歯を噛みしめた。

「じいさん!」

 ロボットから放たれた閃光は、飛び出してきた白銀の目の前で輝きを散らして消えた。すかさずナナンを抱きかかえて道の脇に身を隠す。

「何やってんだよ」

「いや、動きを止めればスイッチを押せるかと思ってな」

「動きを止めても武器が危険だからだめだって話し合っただろうが」

「エナジー・ブレインが三人もおるんじゃぞ。何か方法があるはずじゃ」

<それはターゲットの目前でなければならないのか>

 ベリルが割って入った。

「視界に入れば入るほど、それだけ力を向けやすいのじゃよ」

<ふむ。では、交互にシールドと動きを止める芸当は可能か?>

「なんだって? 順番に電磁シールドを使えってか? タイミング難しいなおい」

「その必要はない」

 追いついたリャムカが応えた。

「我々が同調すれば、電磁シールドを使わずにシールドを張ることが出来る」

「動きを止めなきゃ向かってくるじゃないか」

 シールドに集中してしまったら、ロボットの動きを止められない。

「地図と照合したが、すぐ近くに大通りがある」

<障害物は>

「なかった」

「何をする気なんだ?」


★ ★ ★


「おーい、こっちじゃこっちじゃ!」

 ナナンは大きく手を振ってロボットを呼ぶ。その動きにロボットは反応し、ナナンを追い始めた。

「わひゃひゃひゃひゃ! 足が遅くて助かったわい!」

 そそくさと逃げるように駆け出す。

「来るぞい!」

 一際ひときわ、拓けた場所にたどり着くと、待っていたリャムカと白銀に発した。

 幅十メートル、距離にして百メートルほどの道路に三人は並んで立ち、ロボットを待ち受ける。

 建物の間を流れる微かな風の音が支配するなか、徐々に近づいてくる小さなモーター音──三人を認識したロボットは感情もなくレーザーを放った。

 しかし、それは白銀たちの眼前で霧のように散っていく。それでも攻撃は止まず、少しずつ距離が縮められていった。

「……早くしろよ」

 白銀は口の中でつぶやいた。

 攻撃が利かないと判断すれば、プラズマキャノンを撃ってくるはずだ。さすがにそれを防げる自信はない。

 ふと、ロボットの攻撃が止んだ。

「なんかやばいぞ」

 白銀はぞわりと背筋から冷たいものが走るのを覚え、危険が迫っている事を感じた。

「ベリル!」

 張り上げた瞬間、ロボットの足下に何かが転がってくる。

 それに注意が逸らされたのか、メインカメラがその塊に合わせられた。途端に爆音が鳴り響き、ロボットが体勢を崩す。

 ロボットは左脇から突然現れたベリルに対応しきれず、背後のスイッチを押されてあえなくその動きを止めた。

「おせえよ」

 安堵の溜息を吐いた白銀にベリルは笑みを浮かべた。


★ ★ ★


「やー、ありがとう、ありがとう。あんまり壊れてないみたいで良かった」

 礼もそこそこに、バルパルは動かなくなった試作機を眺めた。

「まったく。次からは気をつけろよ」

「解ってるって」

 呆れて腕組みする白銀に目もくれず、熱心にプロトタイプを調べている。

「あいつは?」

 しかしふと、視界にベリルがいない事に気がつき、怪訝な表情で見回した。

「え? さあ」

 刹那、軽い破裂音が倉庫中にこだまして一同はそちらに振り返った。

「あああああ!? てめっ!? なにやってんだよ!?」

 レトロなハンドガンを構えているベリルに叫びを上げた。彼が撃ったものは、プログラムの入ったコンピュータだ。

 ベリルは火花を散らす灰色の箱を見やり、無表情にハンドガンを仕舞う。

「問題ない」

 バルパルに笑顔で応え、あとのプログラムは軍でやれと言い放って乗ってきた宇宙船に姿を消した。

「なんなんだよ!」

 半泣きで破壊されたコンピュータにすがりつく。何発撃たれたのかは解らないが、確実に仕留めにかかっている。

「なんとまあ」

 有無をも言わせぬベリルの行動に、白銀たちは唖然とした。

「実は怒っていたんじゃな」

 ナナンの言葉に白銀は、「そうか」と口の中でつぶやいた。

 一歩間違えれば、住人の命を奪っていたかもしれない。初めの犠牲者はバルパルだったかもしれない。

 常に冷静で感情を示さないベリルは冷淡な印象を持たれる。しかし実は、一番熱い奴なのかもしれない。

「人は見た目では解らない」とは、よく言ったものだと白銀は感心した。何はともあれ直接、連絡が取れるようになったのは喜ばしい。

 これでベリルも彼らの仲間入り──なのか?



 fin

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