約束までの距離

hiro

第1話

街は色鮮やかに彩られている。キラキラと光る電飾に、華やかな装飾、眩い笑顔。

後部座席の車窓から見えるそれはどれもこれも自分が居る場所とはかけ離れた世界の様に思えた。

たった一枚のガラス越し、でもその一枚のガラスは色鮮やかな世界へ俺が侵入するのを阻む様に冷たくそこにある。

カーラジオから流れてくるどこか聞き覚えのある洋楽、アップテンポなのに人の哀しみを歌っている。そのちぐはぐさがまるで今の自分の様で嘲笑がこぼれた。

手元の携帯は相変わらず無駄な知らせばかりを寄越してくる。視線を落とした画面に並ぶのは俺に宛てた様でそうじゃない言葉の羅列。そこに求めるものはない。俺にとってそれは記号と同じ。

腕時計に目をやる。後、10分。後100m。


「ここで止めて下さい。」


タクシーを降りると暖まったはずの身体をまた冷やす様に冷たい空気が纏わりついてくる。寒さに小さく吐いた息が白くなって風に流された、その先に見える坂をゆっくりと登る。

見慣れた場所。けれどここへ最後に来たのは一体いつだったのか、曖昧になった記憶を辿りながら、上へ。

冷たい風が鼻の奥をツンと刺激する。

登りきった坂の上には街を見下ろせる公園。

まだ大人になりきれなかった頃、ここで交わした約束がずっと記憶の片隅に残っていた。大人になった今でも。

公園の入り口に立つ。

後、5分。後、10m。


公園の奥にあるフェンス、その先、眼下には馴染み深い街が広がる。

忘れかけていた幾つもの記憶の断片が蘇っては繋がり、俺の目を伏せさせる。

どんな文明の利器だって俺の心を満たしてはくれないし、今蘇る記憶ですら俺の心を救ってはくれない。

溢れる感情を噛み殺す様にきつく目を閉じた。


「見つけた」


背後から聞こえた声に肩が震えた。


「どうして…ここに?」

自分でも笑える位に出した声が震えた、振り返れず目の前のフェンスをぎゅっと握った。


後、3分。後、3m。


「俺、バカだから。考えるのも言葉にするのも下手で、苦手で。今でもどうしたら正解なのかなんて分からないけど、でも、俺はお前の傍に居たいよ」


振り返ったそこに居た君は情けなく眉尻を下げて、いつもの男らしさや快活さなんてすっかり影を潜めていた。

ああ、そうだ。約束したあの時も同じように君はそこで俺を見つめてた、今と同じ困り果てて、でもどこか腹を括った様な顔をして。


「なあ、もう一度約束のやり直し、しようか」


そう言った俺の顔も、きっと情けなく歪んでいる。

ゆっくりと歩み寄る、どちらからともなく。


後、1秒。後、1m。


「いつまでも、お前の隣でこの日を過ごさせて」

「いつまでも、俺の隣でこの日を過ごしていて」


同時に発した約束の言葉。

影が近づき、重なる。


0秒、0m。


街の鐘が鳴る、終わりと始まりを告げる合図。


「誕生日おめでとう。」


俺たちは、ここから始まる。

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