第1259話 どエルフさんとお嬢さまELF

【前回のあらすじ】


 イーグル市の鬼門を守る鹿角館。

 大挙してゾンビELFが押し寄せるそこに、正面を迂回する形でさらなるELFの波が現れる。しかしそれは――。


「イーグル市正面を迂回して、こちらに向かってくるELFの集団を確認。その数、約二千人」


「増援……? それくらいの数ならば対ELF用スタン砲で制圧できるのでは?」


「いえ!! やって来たのはゾンビELFではなく――正気のELFなんです!!」


 生きているELFたちが逃げ込んでくる。 

 それは鹿角館のメンバーも想定していた事態だが、できれば起きて欲しくなかった最悪の事態。正気とはいえ、彼らを領地内に招き入れていいものか。

 今は正気かもしれないが、後にウイルスを発症するかもしれない者だっている。なにより、手薄になった箇所にゾンビELFたちが押し寄せる可能性もある。


 ここは心を鬼にして、正気のELFたちも倒すしかない。

 対ELF用スタン砲を発射しよう。そうお嬢様たちが決意したその時だった――。


『どらっしゃぁ!! じゃまくさい壁ね!! なんでこんな森の中に高い壁があるのよ!! しかも何処にも隙間がないし!!』


『マスター、これたぶん防衛用の隔壁だと思いますよ』


『あーん、防衛用? なにから? なんのために?』


 女エルフとELF娘乱入。

 隔壁をぶっ壊して、問答無用で領地内へと彼女達は侵入したのだった。


 ほんと――知性派後衛キャラとは?


◇ ◇ ◇ ◇


「ったく、この方向であってるのよねリリエル。どこまで行っても森なんだけど」


「さっきの逃亡者のELFたちの言葉を信じましょう。館の正面はゾンビELFたちがひしめいていて、とてもじゃないけれど突入できませんから、どのみちこういう裏道を使うしかありませんよ」


「そりゃ私も理屈は分かるわよ。分かるけれども……」


「ほらマスター!! ぼさっとしていると――正面二体、木の裏です!!」


 破壊した隔壁の前。

 一緒に避難していたELFたちが中に入る時間を稼ぐべく、開けた穴の前に陣取って戦う女エルフとELF娘。


 肉眼で見えない敵を察知できるのは機械の身体ならでは。身体のセンサをフル活用して敵の配置を読んでいく。そして、その指示に従って女エルフもすぐに動く。


 放たれる火炎の矢。得意の火炎魔法が木陰に隠れていたゾンビELFを焼く。炎に包まれたその身体は、数歩よろめいてうつ伏せに倒れた。


「電撃にも弱いけれど、熱にも結構弱いのね」


「精密機器ですから。オーバーヒートですね。ウィルスによる暴走ですから、物理的な破壊ができなくても、内部的な機構にダメージを与えるのも有効というもの」


「なに言ってるのかさっぱりわかんないけれど、得意魔法で戦えるのはありがたいわ。電撃魔法は、けっこう扱いも難しいのよね……」


 などと談笑しているとまたしてもゾンビ型ELFが飛び出してくる。

 今度は女エルフが後衛に回ってELF娘が前に出る。


 様々な暗器が収められた腹の中から飛び出したのはレイピアのような武器。それは青白い雷光をほとばしらせると、その先端から一直線に閃光を放った。腹を貫かれたゾンビELFたちが後ろにのけぞるように吹っ飛ぶ。

 彼女の身体の中に満ちている電気エネルギーを、一点集中して放出したのだ。内部破壊が目的だが、隔壁に背中からめり込んだゾンビELFは、どうやっても立ち上がってきそうになかった。


 えぐい技ねと女エルフが毒づく。


「モーラさま!! リリエルさま!! 無事にみな、中に入ることができました!!」


「はーい。そんじゃまぁ、私たちもさっきの壁を下に戻して撤収しましょうかね」


「マスター。修復魔法ってできましたっけ?」


「使えないけど。まぁ、氷結魔法で細かい隙間は埋めときゃ大丈夫でしょ」


「……ほんと、タフな主人に仕えちゃいましたよ」


 そそくさと女エルフとELF娘が隔壁の中へと入る。

 それから、内側に吹き飛ばした隔壁の一部に向かって、女エルフが杖の先を向けた。火炎魔法を繰り出すときよりちょっと長めの詠唱。単純な物理魔法を発動させれば、隔壁がまたひょいと宙を舞う。


 まるでボールでも蹴ったように宙を舞った瓦礫は、ほぼほぼ元あった場所と同じ所に落下した。


「さて、後は氷結魔法で隙間をふさいで……」


「お待ちなさい!! 貴方たち、勝手に領内に侵入することは許しませんわよ!!」


 きゃあと後ろから響いた悲鳴に女エルフが振り返る。先んじて隔壁を越えていたELFたちが、武装したメイド達に囲まれている。その戦闘には、赤いドレスを身に纏った縦ロールのお嬢さまの姿があった。


 何事だろうかと首をかしげる女エルフとELF娘。

 そんな二人の前で、メイド部隊が彼女達と一緒に来たELFたちに銃口を向けた。


「待ってください!! 私たちは鹿角館に避難してきただけで!!」


「ここに来れば助かると聞いてやってきたんです!!」


「どうして助けてくださらないんですか!!」


「そこにいるのは超硬ちょうかたいどりるさまですよね!! どりるさま!! どうして私たちに銃を向けるんですか!! 貴方はイーグル市を防衛する役目を担っている貴族のはずでは!! なぜその貴方が、私たちを――!!」


「おだまりなさい!!!!!!」


 お嬢さまの怒声が森の中に木霊する。イーグル市に住む者達なら誰でも知る貴族。優雅で気品に溢れELFたちの羨望を集めていた少女が、感情をむき出しにして咆哮する様に、その場にいるELFたちの誰もが言葉を失った。


 抜き差しならない剣幕を顔に浮かべたままお嬢さまが口を開く。

 震える手をぎゅっと握り込んで彼女は、助けを求めて逃げ込んできたELFたちに向かって静かに言い放った。


「ここまで命からがら逃げてきた、その気持ちは察するにあまりあります。しかし、既に貴女方の中にゾンビウィルスに罹っているものがいるかもしれません」


「そんな……!!」


「その者達を、この隔壁の中へと入れてしまい、むざむざゾンビウィルスを鹿角館で蔓延させてしまっては、ここで戦う意味さえなくなります」


「では、私たちはどうなるのです!!」


 無言でお嬢さまが背負っていたホルダーを取る。革製のホルスターに収められているのは、二連奏タイプの猟銃。その銃口を先ほど自分達の処遇を尋ねたELFに向けると、悔しそうに彼女は唇を噛んだ。


 お嬢さまに習って、メイドたちも同じように各々の武器を取り出す。

 逃げてきたELFたちの静かな悲鳴が森の中に響く中――。


「ここで貴方たちには眠って貰います。すべてが終り、事が落ち着いた時には、必ず私が貴方たちを直してみせます。ですから……」


「そんな!!」


「死んでくださいまし!!」


「はーい、ちょっと待った!! せっかく避難させたのになにしてくれてんのよお嬢ちゃん!! 仲間同士で殺し合いだなんて、そんなことさせないわよ!!」


 ひょいと女エルフが杖を一振りすれば、お嬢さまの持っている銃の口先がくにゃりと飴細工のように曲がった。


 上を向いた砲身。これではどうやっても弾は撃てないだろう。

 お嬢さまは驚いた顔をこの一連の騒動を仕掛けた張本人――女エルフへと向けた。


「貴方、いったいなにものでして?」


「あら。貴族とお見受けするけれども、名乗りもせずに人に名を尋ねるのね。こちらの世界のお貴族さまっていうのは、随分と横柄ですこと……」


 


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