第1195話 ど店員さんと泥棒猫
【前回のあらすじ】
突然はじまる昼ドラ模様!!
女店員とてっきりできているのかと思われた彼女の兄。義理の兄妹がテーマの恋愛は、ラブコメでも恋愛でも人気のあるやつ。ほくほくとその恋愛模様を楽しんでいた淑女の女エルフと女修道士。そんな彼女達の肝を冷やすような、とんだ刺客が急遽姿を現わした。
「やっほー、謙太!! こんな所で会うなんて奇遇だねぇー!!」
「……あ、杏美!?」
「そうだよ、君の愛しい奥さまこと、杏美ちゃんだよ。どうしたのさこんな所で。出不精の君にしては珍しいじゃないか」
女エルフ達がたどり着いた本屋。
そこで待ち構えいた、女店員の兄の奥さまを自称するゆるふわ女。
はっきり関係を否定しないあたり、どうやら兄は彼女に心当たりがあるらしい。
さらに彼女は、つっけんどんな扱いをする兄に対して意味深なセリフを放つ。
「酷い男だよね謙太ってさ。だって、こんなに可愛い子を、関係ないとか言って切り捨てちゃうんだもの。ほんと、とんでもないろくでなしだなぁ。あぁ、可哀想かわいそう。可哀想な僕ちゃん……」
可愛い子とは。
捨てるとは。
僕ちゃんとは。
まるで他人事のように言うゆるふわ女。
はたして、彼女と女店員の兄の関係は――。
「「え、えらいこっちゃ……修羅場やで……!!」」
野望の王国のおっちゃんみたいな反応を女エルフ達がしつつ――本日の本編はじまります!!
◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっとお兄ちゃん!! 杏美ちゃんとなにしてるのよ!!」
「さ、咲ちゃん!?」
「「なにっ!! ここで義妹が参戦するのか!?」」
男と女の危険な火遊び。彼女には言えない秘密の関係。
その真相を確かめようとした矢先に、その当事者が殴り込んできた。なんということ、まさかこんなにもあっさりと、そして速攻で逢瀬がバレてしまうとは。
さてはここまでこの義妹、考えていたのではないか――と、女エルフ達が息をのむ。どうやら彼女達は、ほんわかゆるゆる可愛らしい子供っぽい二股愛憎劇ではなく、もっとドギツイ恋愛心理戦に巻き込まれてしまったようだ。
ゆるふわ女に腰に手を回されたまま、お兄ちゃんが義妹の方を振り向く。「違うんだこれは……」とお決まりのセリフを吐いて慌てふためく彼に、ずかずかと少女は乱暴に脚を踏みならして近づいた。
そうこうしている間に、ゆるふわ女と義妹にサンドイッチ。
お兄ちゃんの逃げ場がなくなる。
「どういうこと? まさか、私に隠れて二人でデートって訳?」
「やだ、咲ったら。バイトを抜け出して謙太の後を尾行するだなんて、まるでストーカーじゃない。重たいのは体重だけにしておいたら」
「なんですって!! そういう杏美ちゃんこそ、どうしてこんな所にいるのよ!! モデルのお仕事はどうしたのよ!!」
「私は仕事帰りだもの。仕事帰りに、たまたま謙太と一緒になって、たまたま一緒にご飯を食べて、たまたまホテルに入っても――別に普通のことでしょ?」
「普通じゃないわよ!! 抜け駆け禁止って言ったでしょ!!」
「「抜け駆け禁止!?」」
胸元にゆるふわ女。背後に義妹。上下左右から挟まれて、身動きを取れずにとほほと泣く女店員のお兄ちゃん。二人の女の子がバチバチと火花を散らす。
口ぶりからどうも二人は知り合いの様子。女友達か、それとも純粋に恋敵か。「抜け駆け禁止」の文言から、なにかしらの協定が二人の間にはあるように思える。
そういう、恋愛だけれどフェアにやりましょうというノリは、実にラブコメ・恋愛モノらしい。こんな大変な状況だというのに、女エルフ達は肩をふるわせて三人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた。
もう、ほんと、修羅場デバ亀おばさんである――。
「お兄ちゃんと出かけるときは先に連絡入れること。どっちかがデートしたら、もう片方も埋め合わせにデートする。そういうルールだったじゃない」
「だからぁ、偶然だって言ってるじゃん。それだったら、仕事って理由で職場に謙太を呼び出した咲の方が、はじめにルールを破ってるんじゃない?」
「それは仕方ないじゃない!! だって、お客さんが困ってたんだし!!」
「だったら、私だって仕方ないわよ。たまたま帰りで謙太と一緒になったんだから」
「……ぐぬぬっ!!」
「……ふふっ」
どうやら口ではゆるふわ女の方が上手のようだ。ちょっと幼稚な責め方に、これは分が悪いかなと女エルフが女店員に同情する。このままお兄ちゃんをこの泥棒猫に奪われてしまうのか。
ぐぎぎと歯を食いしばって拳を握りしめる女店員。
すると――突然彼女はすっと怒りを顔の奥に隠す。そして、おもむろに兄からゆるふわ女を引き離すと、その手首をきゅっと捻り上げて自分の方に引き寄せた。
暴力はいけない。
そう思って女エルフが止めようとした次の瞬間。
「本当に杏美ちゃんてば悪い子なんだから」
「……さ、咲?」
「そんな悪い子には、お仕置きしないといけないね……」
狼狽えた少女から一転してS系王子様に変身した女店員。
ドキリと女エルフと女修道士の胸が高鳴ったかと思うや、その高鳴りに追い打ちをかけるように、彼女は泥棒猫に自分の唇を重ねた。
か細い女の子のくぐもった悲鳴が響く。
けれども、その程度で女店員はキスをやめない。いや、むしろもっと激しく、情熱的に、エロティックに目の前の少女の唇を求めた。
いったい何がどうなっているのか――。
はわわと肩を寄せ合って女エルフと女修道士がその光景を見守る。
「……ぷは。どう、これでちょっとは反省したかな、泥棒猫ちゃん」
「……はぁはぁ。酷いわ、咲。こんな人前で」
透明な糸を引きながら鮮やかな二つの花びらが離れる。てらてらと輝くそれを手の甲で拭うと、女店員は目の前の女の子に勝ち誇ったような表情を浴びせる。
一転して敗戦濃厚、いや、エロス濃厚となったゆるふわ女。まるで毒でも飲ませられたように彼女は荒い息を吐い目の前の女の子に体重を預けた。
女らしいその仕草は、もたれかかる相手を信頼していないとできない。
どういうことだと女エルフ達の頭の中を様々な考えがよぎる。
恋敵!? 元友人!? いや、この親密さはもっと深い仲じゃないと考えられない。しかも、現在進行形でないと――。
女エルフ達をおいてきぼりにして、女店員がゆるふわ女の肩を抱く。「寂しかったんだね」と優しくその耳元で囁けば、「あっ!!」とゆるふわ女が顔を赤らめて肩を竦める。
「待っててね。もうちょっとしたらお仕事終るから。そしたら、お兄ちゃんと三人でいっぱいいちゃいちゃしようね」
「……うん。それまで待ってるから、お仕事頑張ってね」
「……こ、これは。まさかの、三角関係ではなく」
「むしろ、もっとただれた、三人の恋人関係……!!」
愛の形はカップルによってそれぞれ、色んな形態があるけれども、こんな形が飛び出してくるとは想定外。女エルフと女修道士は、昼ドラの斜め上を行く展開に、熱いため息を吐き出した。
そして――。
「まぁ、僕らこんな感じなんですよ。いつも僕がおいてきぼり喰らうっていうね」
奪い合われていたはずのお兄ちゃんが「とほほ」と場を締めるのだった。
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