第1164話 地下都市と動く棺桶

【前回のあらすじ】


 戦艦に乗り込み女エルフ達が向かうのはイーグル市。

 その海底ドッグから彼女達は都市に侵入する手はずとなった。


 とはいえ、これから向かうは破壊神陣営の兵器を取り扱っていた都市。危険は改造人間たちで溢れていたダイナモ市よりも数段上。どのような危険な兵器が待ち構えて居るのか――。


「まぁ、そうは言っても、驚異となるのは機械鎧くらいでしょうがね」


「機械鎧?」


 戦艦の航行システムが女修道士たちに忠告したのは【機械鎧】の存在。

 先にキングエルフ達が乗っていた大鎧。これは、元々は破壊神がイーグル市で造らせていたものだった。イーグル市が再起動したとういことは、これもまた再生産&改良が施されていることだろう。


 キングエルフ達が駆っていた鉄の鎧。

 あれが自分たちに襲いかかってきたら。

 そんな想像をして震える女修道士シスターたちに安心してくださいと航行システムが優しく語りかける。


「機械鎧には機械鎧をぶつければいいのですよ。艦内には、旧式にはなりますが戦闘用の機械鎧が何台か収容されています。それを使ってください」


 古い戦艦に搭載された旧式の機械鎧モビ○スーツ

 男心をくすぐる展開に、炎の匂いしみついてむせる。

 はたしてどんな動く棺桶が女修道士たちを待っているのか――。


「いや。もう、言ってるようなもんじゃん」


◇ ◇ ◇ ◇


 視点変わって。

 ここはイーグル市の地下街。

 表層の都市中心部から30メートル地下にあるここには、都市機能からはみ出してしまったELFたちが集まり、独自の自治組織を形成していた。

 いわゆるスラム街である。


 兵器生産拠点として発展したイーグル市。その地下には、ドッグはもちろん広大な地下生産工場や実験施設があった。

 知恵の神との戦いが終わったことで、その一部――地下25メートル以下は稼働を停止し都市部のシステムから切り離されたされていた。都市が再起動した後も、この区画は都市部のシステムに再編されることなく、独立して稼働していた。


 そんな街には、女エルフ達がたどり着いた破棄された都市と同じく、イーグル市で眠りにつくことをよしとせず、あえて住み着いたELFたちがいた。

 朽ち果てるばかりだったら先ほどの都市とは違い、イーグル市が持つ莫大な資源と設備に恵まれたこの地下スラム街。うち捨てられてからの年月を経て、地下施設は荒廃しながらもその範囲広げ、稼働ELFの数を増やし、地下国家とも言える独自の文明を築き上げていた。


「よう、姉ちゃんいいケツしてんな」


「キャァッ!! なにすんだいこのでくの坊!!」


「オイル差すよ、オイル差すよ。地上から仕入れてきた天然物だよ」


「おうおうおう、どこに目をつけて歩いてるんだ、おっさん!!」


 流れ者達が築き上げた自由の都の秩序はしかし金と暴力と性で出来ていた。

 神に見捨てられた土地。日の光も届かぬ薄汚れた地下の世界で、ELFたちの心は荒んだ。滅びしか待ち受けていない未来に、彼らの行動・嗜好は破滅へと容易く流れていき、気がつけば無法の都がイーグル市の地下に広がっていた。

 さらにELFたちの暗い欲望は、無法の都に目には見えない境界を敷いた。


 現在、イーグル市の地下都市には三つの勢力が幅を利かしている。

 ドッグや兵器工場を抑え、そこから発生する電力や物資を牛耳っている支配階層。

 支配階層に対抗し自助という名の鉄の掟で組織化した民間組織。

 そして、支配階層と民間組織のどちらにも属さず、性風俗という強固な産業を母体にして活動する女性タイプELFの活動団体。


 これら三つの組織が、ここ数百年ほど時勢によって趨勢を繰り返し、地下都市の覇権を争っている。その争いはもはや都市に住む者達にとっては公然のものであり、日常であり、そして娯楽に近いものであった。


 今日もまた、街の片隅では組織の構成員達が血なまぐさい喧嘩を繰り広げている。


「オラァッ!! アタイがセクサロイドだからってバカにするんじゃないよ!!」


「ぐへぇっ!!」


 酒瓶で顎をしたたかに殴り抜かれた大柄のELF。往来に派手に吹っ飛んだ彼に、仲間のELFたちが群がる。機械油で汚れたツナギを着た彼らは、どこからどう見ても労働階級のELFだった。


 対して、彼を突き飛ばしたELFはといえば、黒いナイトドレスにごてごてと塗りたくられたおしろいと、みるからに水商売を生業とするELFであった。

 ドレスのくたびれた感じから、彼女が身なりにそこまで気を使わなくていい立場である事がうかがえる。おそらく個人で春をひさいでいる者のようだった。


 場所は酒場の入り口。


 大柄のELFの仲間以外は見向きもしない。女の同業者とおぼしきELFたちも見て見ぬ振りをする。それはよくある暗黒の街の風景に違いなかった。


「てめぇ、こんなことしてタダで済むと思ってるのか!!」


「それはこっちのセリフだよ。この酒場でアタシたちに舐めたマネしてタダで済むと思ってるのかい」


「たかが娼婦ELFが一人、どうなった所で誰も騒ぎゃしねえだろ。はったりかますんじゃねえ」


「……ほう、言ったね坊や。製造されて間もないのか、それともこっちに逃げてきて日が浅いのか知らないけれどいい度胸だよ」


 男の侮蔑に、ようやく酒場に居た女型ELFたちが腰を上げる。

 彼の発した言葉は目の前の女型ELFに対するものではない、この街に暮らし夜の仕事を生業とするELF達全てに対する侮蔑だった。


 個人の尊厳を彼らは守らない。

 けれども、帰属する組織を彼らはなにより尊ぶ。

 自らを守るために組織化した同業者コミュニティを無用の長物のように言われることは許しがたく、また、それに挑戦するような行いを彼らは許さなかった。


 すぐに、酒場の隅で爆煙が上がる。

 黒い煙の中から現れたのは灰色をした機械鎧。人の背丈と変わらないそれは、手に銃火器を携えてむき出しになったスコープを頭部につけていた。


 ひっと労働者階級のELF達が悲鳴を上げる。


「動く棺桶!! こんなもの隠し持ってやがったのか!!」


「あんたらみたいな無礼者がいるからね。あたし達も、自分達の身を守るためにこれくらいのことはするさ」


「くそっ、調子に乗りやがって……」


 それ以上は言わせないという感じに女型ELFが手を振る。その合図を皮切りに、機械鎧が持っている銃のマズルが火を噴いた。

 瞬く間に蜂の巣にされる労働者ELF。鋼の身体を打ち抜かれた彼らは、あっけなく酒場の床に倒れ伏した。


 鉛の玉に貫かれた情けないELFたちに、ぺっと女型ELFがツバを吐きかける。


「いきがる場所を間違えたね。ここは男型だ女型だなんて、つまらないモノが通じる場所じゃない。もっと、根源的な暴力が意味を成す場所なんだよ……」

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