第1136話 仮面の騎士と魔女ぺぺロペ
【お断り】
今週は筆者多忙につき、未推敲バージョンでお送りします。
ちょっと粗くてもどうか許してください……。
【前回のあらすじ】
ムンゾ王国の皇太子である仮面の騎士を巡って策謀が渦巻く。
彼を匿っていた山賊たちを突如として王国軍が包囲する。包囲を解く条件として提示されたのは、山賊の頭領の出頭だった。仮面の騎士を逃がし、仲間達を守るために頭は潔く敵にその身を差し出した。
しかし、それを裏切るように山賊達のアジトに火の手が上がる。
炎の中に揺らめくゴーレムの影。それは自然発生で起こる事態ではない。誰かがこの災害の裏で糸を引いているのは明らかだった――。
そんな中、仮面の騎士が暮らしていた小屋に火の手が上がる。
中に取り残された養母と義弟を救うためそこに駆けつけた彼だったが、そんな彼を小屋の中で待ち受けていたのは異相の男。
――そして。
「ここで死ぬがいい皇太子キャスパル」
「いいや、死なせん!! 死なせはせんさ!! 我らが流した血のためにも!!」
「なに!!」
包囲する王国軍に投降したはずの山賊の頭領だった。
はたしてこの動乱の結末は。そして、なぜ仮面の騎士は暗黒大陸の走狗と化したのか。いよいよ、仮面の騎士の過去編クライマックスです――。
◇ ◇ ◇ ◇
再びエドワルドが目を覚ましたとき、彼は洞窟の中に寝転がっていた。
隣ではむせびなく義弟。そして、顔を上げた先――洞窟の入り口に立って辺りを見回す山賊の頭領の姿がそこにはあった。
どうやら、あの異相の敵から彼らは逃れたらしい。
しかしどうしてだろう。その胸からざわつきが消えることはない。
「……ラインバルト、村はどうなったんだ?」
山賊の頭領は少年に背中を向けたまま動かない。ただ、浅い呼吸を繰り返していた。ぽたりと何かが滴る水音。しかし、どこからか少年には判別がつかなかった。
「このまま、アルベルトを連れて洞窟を進め。少し行けば地底湖がある。そこから海に逃れることができる」
「なに言ってるんだラインバルト。お前も」
「俺はまだやるべきことがある」
「やるべきことって」
「盗賊団の頭としての務めが残っている。お前たちと一緒に行くことはできない」
少年はその言葉に全てを悟った。
今ここにこうして彼らがいる意味も。なぜ頭領が振り返らないのかも。
どこからともなく漂ってきた風には、煤と血の臭いが混ざっていた。
少年の義弟が温もりを求めて叫び声を上げる。彼を抱き上げた少年は、置かれていたカンテラを空いている方の手に握りしめて、静かに頭領に背中を向けた。
彼の言葉に、もう従うことしか彼にできることなどなかった。
「……ラインバルト」
「なんだ」
「……ありがとう」
親の仇にかける最後の言葉を迷いに迷って、少年は洞窟の中へと駆け行った。彼を追いかける足音は聞こえてこない。ひたすらに彼は暗い洞窟を駆けた。
頭領に説明された通り、ほどなくして少年達は地底湖に出た。
洞窟から伸びる通路を降りた所に、ちょうど人が二人乗れる手漕ぎ船が置かれている。急いでそれに乗り込めば、ぼうと水面に青白い光が浮かび上がった。
魔力に感応して動作する光源が等間隔に配置されており、それは闇の奥深くまで続いている。おそらく、これを頼りに進めば海に出ることができるのだろう。
だが――。
「出たとしてどうなるというのだ」
それで命が助かる保証はない。自分たちが逃げたことを察した、王国軍に取り囲まれることもあるだろう。遠い海の向こうの大陸に、こんあ小さな手漕ぎ船で到達出来るはずもない。
それでも逃げるのか。
なんのために。
腕の中でまた義弟が泣いた。
自分のために親を失い、故郷を失った義弟が、自分を頼って泣いていた。
「……生きねば、アルベルトのためにも。みんなのためにも」
櫂を手にして少年は暗い湖へとこぎ出す。漆黒の水面をかき分けて、彼は先も見えぬ暗闇の航路へと漕ぎだした――。
◇ ◇ ◇ ◇
結論から言えば、少年とその義弟の旅路は無惨な失敗に終わった。
王国軍の追撃を逃れ、人の目を逃れ、新天地に向かって漕ぎだした手漕ぎ船だが――やはり大海の荒波から逃れることはできなかった。
嵐に巻き込まれた少年は海へと投げ出された。
手漕ぎ船の中に残した義弟の安否はしれぬ。しかし、よほどの奇跡でも起こらぬ限り乳飲み子が無事であるはずがないだろう。
再び暗黒大陸の浜辺に舞い戻ったその時、少年は自分の無力さを嘆いて咆哮した。そして、暗黒大陸という呪われた土地に怨嗟の拳を打ち込んだ。
「どうして!! どうして神は俺から全てを奪う!! 母を!! 家臣を!! 養母を!! 義弟を!!」
父をと嘆いたその背中に冷たい視線が注がれる。
その心臓を貫くような鋭さに、身体を覆う怒りも恐怖も一瞬にしてかき消える。明確な死を匂わすその感覚に振り返れば、そこには一人の女が立っていた。
黒い布面積の少ないレザーメイルを身につけたそいつは、瞳をマスクで隠している。妖艶にその紫の唇の端をつり上げて、彼女はそっと少年に近づいた。
「なるほど。ムンゾの落胤どれほどのものかと思えば、なかなかの業を背負っている。腑抜けならば、鬼の呪いだけ殺して奪うつもりだったがいささか興味が湧いた」
「……誰だ、お前は」
「貴様が憎む神の使徒」
小僧。力が欲しいかと女――その魔女は問うた。
それはまた彼の臓腑を鋭利に切り裂く刃の如き鋭い言葉であった。その冷ややかさに血が凍り付き、その場に絶命してもおかしくない魔性の誘いだった。
これに少年が耐えられたのは王家の血のなせる技か、それとも鬼の呪いのなせる技か、あるいは――。
「欲しい!! もう誰にも、俺から何も奪わせないだけの力が!! 他者を蹂躙する力が!! 誰かに傷つけられることもなく、虐げられることもない強い力が!!」
「そのために、血で血を洗う闘争の中にその身を置くことになっても?」
「鬼と出会わば鬼も斬ろう、神と出会えば神さえも斬ろう!! もう二度と、こんな惨めな思いをするより――」
マシだと言って少年は倒れた。
荒れる海を漂ってその身体はとうの昔に限界を迎えていた。生きているのも不思議なほどの消耗。それを救ったのは鬼族の呪いに他ならない。
赤く膨れ上がるその身体――鬼へと少年が変じる姿を眺めて魔女は笑う。
「ならば、お前の命を救おう運命に翻弄されし王子――いやエドワルド。暗黒大陸の神の留守を預かるこのぺぺロペが、救いの手を差し伸べてやろう」
かくして少年は希代の魔女に拾われる。
後に、山賊の頭領の仮面を被り、彼が生国ムンゾを単身で滅ぼすことになるのは、またの話である――。
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