第1116話 どエルフさんとリーダー

【前回のあらすじ】


 イカスミ怪人工場社長を食ってしまったことを、なんとかして誤魔化そうとする女エルフ達。逃げるにも逃げられず、館内アナウンスに問い詰められた女エルフが取った行動は、思いもよらない奇手だった。


「えぇ、すみません。私、先ほどドクターオクトパスくんから社長の座を譲り受けました、新社長のモーラになります」


「「「えぇっ!?」」」


 女エルフ社長になる。

 前社長ドクターオクトパスくんが不在なのを良いことに、大胆な乗っ取り工作に出たのだった。いや、死んでるからってそんなことしていいと思っているのか。


 テンパっているにしても、無茶苦茶なエルフである。


 さらにさらに。


「お前達はカスだ。私たち会社幹部の言うことを聞いて、歯車のように働いていればいいのだ。工場の歯車にも劣る役立たずが、いっちょ前にたてつくんじゃない。そういうのはな、会社人として我が社に貢献してはじめて口にすることができるんだよ」


 社長のくせに中間管理職のようなことを言い出す始末。

 この女エルフ、管理職がどういうものか分かっていない。

 そもそも社長なんてそう簡単に交代できるモノではない。こんな市内でも一二を争うような巨大な工場ならばなおさらだ。


 分かっているのかどエルフさん、それでも突っ走るのかどエルフさん。

 はたして、この騒動の顛末やいかに――。


◇ ◇ ◇ ◇


 視点は女エルフ達が居る社長室から離れて工場内。

 その製造ライン。怪人達の体内に埋め込む精密パーツを製造している一角。

 まだ交代時間ではないため、流れ作業を続けながら放送を聞いていたイカスミ怪人工場の社員達。その間に、静かなざわめきがたちこめていた。


 そう、本当に静かな――。


「今度の社長は、なんかやっかいな奴っぽいな」


「だな。あんな風に言う奴が上だなんて大変そうだ」


「どうせ口だけだろう。前の社長だって、あれこれ言う割にはそんなに社員に強制するようなことはなかったじゃねえか」


「管理職なんてエバってなんぼの商売だからな。まぁ、舐められないように就任直後にふかすのはしょうがない。これもきっとそういう芝居だろう」


 女エルフの傲慢な口ぶりに対して、それを浴びせかけられた社員達の反応はいささか冷めていた。諦観、あるいは侮り。

 骨の髄まで労働者が染みついた彼らには、管理職の言葉など話半分も届かない。


 同じ会社に属していながらも、管理職と従業員には恐ろしいほどの社員としての意識の差がある。従業員の彼らにとって大事なのは、会社の発展でも、立身出世でもなんでもない、ただ明日の自分たちの生活が守られることだ。


 たしかに女エルフは無茶苦茶なことを言っている。

 従業員たちの意思を軽視した、身勝手な発言のようにそれは思えた。しかし、そんなことさえも従業員達にはどうでもいいのだ。


 だって、それに逆らった所で、彼らの待遇がよくなるわけでも、悪くなるわけでもない。お賃金に影響してくることはないのだから。


「労働時間の改定だとか、土曜出勤だとか、そういうふざけたことを言い出すまでは放っておけばいいんだよ」


「そうだな。それにまぁ、どんなにイキっても所詮労働基準法には逆らえないし」


「正社員で就職したら、そこからクビを切るのは難しいからなぁ」


 従業員はそれほどバカではなかった。

 経営者達が思っているよりよっぽど強かだった。そして、あんまりキツいことを言い出すと、首をすげかえるほどに敵愾心旺盛だった。


 そういう従業員がそこそこ従順に働いているということは、女エルフより前にこの会社を切り盛りしていたドクターオクトパスくんは、そこそこのやり手だったのだろう。これもまた、ちょっと見かけからは想像できない話だった。


 さぁ、無駄話は終わりだと、リーダーらしき男が声を上げる。

 丸顔。なんかチンチロリンで荒稼ぎしていそうなそいつは、ふとラインの末端で作業している社員に視線を向けた。


「……伊藤くん、君もさぁ、そろそろ周りに馴染もうや。こういう時に雑談の輪に入らないからダメなんだよ」


「…………」


 黙々と、道具の検品にいそしむそいつは伊藤と言った。

 本名か偽名か、それともニックネームかは分からない。分からないが、特徴的な顎をしていた。あと、目の下になんか傷もあった。


 工場勤務にはさまざまな人間がやってくる。

 単純な労働力を求められる仕事場である。バックグラウンドについては目を伏せられる場合が多い。まぁ、流石に社員や幹部候補生となると、そこそこ悪い噂がないか精査はされるだろうが、作業員にそこまで多くを求めることはない。


 ましてバイトや派遣労働者なら言わずもがなだ。

 この伊藤と呼ばれた男もまた、そんな深く周りから追及されない男だった。そして、自分からそのメリットを最大限に活かしている男でもあった。


 ラインのメンバーと特に会話をする訳でもない。昼食も食堂を使わずにこっそりとどこかで済ましている。歓迎会も欠席し、アルバイトや派遣社員も参加可能なレクリエーションにも顔を出さない。そんなどこか排他的な雰囲気の男。


 この男に、ラインのリーダーと思われる丸顔の男は少し手を焼いていた。


「なぁ、頼むよ、もっと会話をしてくれ。うちらの仕事はチームワークが命なんだからさぁ」


「……っす」


「いや、そういうのはいいからさ。お話しようよ、伊藤くん。ダメだよ、流石にそんなんじゃさぁ。なんか会った時、気軽に相談とかできないじゃない」


 もちろん、これもリーダーの仕事の内。

 チーム内の人間関係を円滑にするのも立派な業務だった。もし仕事でなければ、こんな面倒くさい男にわざわざ声をかけることもない。


 仕事上の役割というのは辛いものである。

 それをおくびにも顔に出さず、親切面して近づけるのもまた才能だろう。このリーダー、思った以上に人の上に立つ才能があった。


 本人はそんなことをどうとも思っていなさそうだが。


「みんなはあぁ言っているけれどさ、君はどう思っているんだい?」


「……」


「社長が変わったことだよ。どう思う? まぁ、上が変わった所で、僕たちの生活が劇的に変わるということはないだろうと思うけれどね。けど、やっぱりなんか君も思うところがあるんじゃないか? バイトなりに」


「……まぁ、所詮バイトですから」


「いや、別に嫌味で言っている訳じゃないんだ。そんなトゲトゲしないでおくれよ、伊藤くん。仕事上の雑談じゃないか」


 言葉選びをミスったかなと少し身構えるリーダー。

 こういう細かい所にも気が回るのは流石ベテランである。

 しかし、そんな彼の警戒とは裏腹。


「……なんかきな臭くないっすかね、これ」


「……え?」


 伊藤と呼ばれた男は突然神妙な顔をすると、脂汗と縦線を顔に浮かべて不穏なことをひとりごちるのだった。


 そう、まるで――ギャンブル漫画のやけに理屈っぽい主人公のような面持ちで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る