第1117話 どエルフさんと従業員集合
【前回のあらすじ】
ダイナモ市の中でも一・二を争う大企業、イカスミ怪人工場。
そこには色んなタイプの従業員が働いていた。
職務に忠実な者もいれば、ちょっと不真面目でいかに手を抜くかを考えている者もいる。夢を持って今は黙々と金を貯めている者もいれば、迫り来る現実に追われて自転車操業のようにお金を稼ぐ者もいる。
その働き方は多種多様。それだけの人々を受け入れるだけの寛容さが、イカスミ怪人工場にはあったのだ。流石は一地方を代表する企業だけはある。
そして、そんなシステマティックな工場で働いている人材が、社長交代で狼狽えるはずもない。超優良大企業の社員は、いちいち経営に口だしするほど五月蠅くもなければ、経営陣のいいなりに遮二無二はたらくでも無く、ちゃんと自分が会社に提供する労働力と、それへの対価を天秤にかけて働ける賢い奴らだった。
そんな中――。
「……なんかきな臭くないっすかね、これ」
「……え?」
女エルフの突然の社長就任に、違和感を覚えた男が一人だけいた。
妙に尖った顎。いかにもカタギっぽくないギラついた顔立ち。独特の雰囲気。そして人と交わろうとしない匂い立つ孤高のオーラ。
まるでギャンブル漫画のような濃い空気をまとった青年の名は伊藤。
そう、下の名前がなんなのかは分からないが、とりあえず伊藤と言った。
いったい彼は伊藤何ジなのか……。
「いや、言ってる言ってる!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「きな臭いって? いや、何のことを言っているんだい伊藤くん?」
「おかしいじゃないですか。だって、昨日まで社長はピンピンだったんですよ。会社の業績も良好。何も辞める理由がない」
「それはそうかもしれないが。けど、事実社長は辞めているじゃないか」
「だから、それがおかしいんですよ。どうして辞めなくちゃいけないんですか。嫌になったからって何も会社を辞めなくたっていい。いくらでも、会社に席を残したまま業務から離れる方法はある」
ギラリと伊藤の目が輝く。
まるで獲物を前にした飢えた狼のようなキマッちまった野郎の目。
平穏な工場勤務のリーダーにはちょっと刺激が強かったのだろう。彼はヒッと喉を鳴らすと、尋常ならざる顔つきをして地面を眺める班員からそっと距離を取った。
そんなリーダーの反応を意に介さず、話を続ける伊藤と呼ばれた男。
コミュ障であまり喋らない性格かと思われたが、どうやらそういうことではないらしい。むしろ、喋りすぎるタイプのコミュ障の方らしかった。
話しかけるんじゃなかったと、少し後悔するリーダー。
その横で、何やら一人シリアスな空気を背負って伊藤は語る。
「社長を退任して会長におさまる。そんなのは、この手の会社じゃよくある話だ。ましてこの会社は、ドクターオクトパスくんが一代で築き上げた彼の城。そんな無理ができない会社じゃない。株式だって、彼がしっかりと握りしめて、経営権を奪われないようにしてきているんだ」
「伊藤くん。そんな難しい話をされても、僕らほら、ただのライン工だし」
「分かんないんですかリーダーさん。これはただの経営陣の交代じゃないかもしれないんですよ」
「いや、考え過ぎだって。何を根拠に」
「穏便な交代だったら、社長がその後どのように扱われるかちゃんと説明があるはずだ。退任の挨拶がないなんて、こんなの異常すぎる。そうだ、何もかもが急だ。これはきっと、何かが社長の身にあったに違いない」
「なにかって、あるわけないだろう、そんな話。漫画じゃ無いんだから」
あるのである。
漫画みたいなことが起こっているのである。
社長室では今まさに、漫画みたいにドクターオクトパスくんが倒されて、丸焼きにされーの、そうめんにされーの、たこやきにされーのだいこんと一緒に煮付けられーのして食べられてしまっているのである。
けど、普通はそんなことは思わない。そんなことを考えられる奴はいない。だってどうやったらそんな事態が発生するというのだろうか。
「もしかすると、既に社長はこの世にいないのかも」
「なに物騒なことを言っているんだ」
「いや考え過ぎなんかじゃない。さっきの新社長を名乗ったモーラとかいう女、彼女が社長を消したということは十分考えられる。社長は言うてタコだ。焼いてよし、煮てよし、生でよし、食べて処分してしまえば分からない」
「やめなさいよ伊藤くん。自分の会社の社長を食べるだなんて、そんな話。ちょっと想像しちゃって悪くないなとか思っちゃったじゃないか」
怖いくらいによくキレる伊藤の推理。この男、いったいどういう思考法をしていればそんな結論にたどり着くのだろうか。ちょっと気味が悪かった。
そして案の定、それを聞いたリーダーの反応は冷めたものだった。
真実でもこんな話を信じられる訳がない。
さぁ、もうこの話はおしまいだと、急に話をまとめにかかるリーダー。自分から話してみろと言ったのに、随分な切り返しだが、伊藤の話はちょっと突拍子もなさ過ぎてついて行けないのも仕方なかった。
それでもまだ何か吹っ切れない様子の伊藤。
彼はほの暗い工場の屋根を見上げると、ごくりとその喉を鳴らした。
「さっきの推理聞かせてもらったぜ」
「……誰だアンタ?」
声をかけられて驚いて視線を落とした伊藤。
気がつくとその隣に二人の男が立っていた。
どちらも中年男性。さきほどのリーダーよりも年配の男。けれども、伊藤と同じで平社員なのだろう、制服の袖にはリーダーを示すベルトもなにも巻かれていない。
伊藤に負けじと劣らない濃い顔をしたその二人は、業務時間中だというのを意に介さない感じで、普通に伊藤に話しかけた。
仕事をしろとリーダーの叱責が飛ぶがそれを軽く無視する中年男性二人。
「俺もお前と同じ意見だ。社長の身になにかあったに違いない」
「……お前もそう思うのか?」
「あぁ。おそらくだが、社長はあのモーラとかいう女に消されたんだ」
「お、俺もだ。俺もそう思っている。あのモーラという奴が、社長を……あんないい社長をやっちまったんだ!!」
中年男達がなにやら意味ありげに伊藤に視線を向ける。
それに伊藤も意味ありげな視線で応じる。
男達にしか分からない濃厚な視線での会話。言葉も無く見つめ合った三人は、それで何かを通じ合ったのだろう。ふっと一斉に笑い出した。
「俺は赤城。こっちは黒沢。どちらもアンタと同じ日雇いのアルバイトだ」
「どうやらお互い、まともな人生を歩んでいないようだな」
「あぁ、だが、人生の裏通りを歩いているからこそ分かることがある」
「……あぁ、俺にも分かるぜ。俺たちみたいな、はみ出しものが大金を手に入れるにはこういうチャンスをものにしなくちゃいけない」
「……行くか?」
「……あぁ」
「……もちろんだ。社長の仇を取りに行こう!」
肩を並べて歩き出す三人の男。
別に社長に特別な恩義がある訳ではない(一名を除いて)。
そして、ここで命をかける理由があるわけでもない。
それでも、戦わずには居られない、勝負せずにはいられない。そんな、根っこからのギャンブラー達。
突然舞い込んだ混乱の中で、遺伝子レベルで染みついたチャンスを求める心を抑えられない彼らは、まだ仕事の最中だというのに、それを放り出して社長室へと向かおうとした。そういう不器用な生き方しか、できぬ男達であった。
そして――。
「いや、君らなに訳のわからないノリで仕事サボろうとしてんの。さっさと持ち場に戻って。今日のノルマ、まだ達成してないんだから」
「「「……ハァーイ」」」
普通にリーダーに止められてラインに戻った。
ただの悪ノリだった。サボるための口実だった。工場勤め臨時アルバイト。こういうお茶目をたまにやらないと、やってられないくらいには社会人だった。
ここまで引っ張っておいてなんだが、女エルフの社長就任は、こんな感じで特に問題なく受け入れられてしまったのだった。
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